治ると思ってがんに対峙するのと ダメだと思って対峙するのとでは全然違う 与謝野 馨 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2014年4月
更新:2019年7月


放射線治療の後遺症 出血性膀胱炎に苦しむ

鎌田 ただ、放射線治療の後遺症の出血性膀胱炎で6年間、すごく苦しまれたとか。

与謝野 繰り返し、繰り返し出血が続き、大変でした。

鎌田 2009年の総選挙のときは、公示前日に全身麻酔で膀胱炎の手術をして選挙戦に臨み、翌日宣伝カーの上で一瞬気を失って倒れられたそうですね。

与謝野 脱水症状と言って誤魔化しましたけれどね(笑)。手術中は点滴で栄養を補っていたと思うけど、宣伝カーに乗ったらそうもいきませんから。まあ、大事なことは、近代医学というか、お医者さんというか、最先端の医療を信じることですよ。友人からどこそこの温泉の水を飲むといいと言われて、そういうことを始めたんじゃ、もうどうにもなりませんよ。

鎌田 苦しんだ出血性膀胱炎も、東京医科歯科大の高気圧酸素療法でかなり良くなったんてすね。

与謝野 高気圧酸素療法は効きますね。出血は完全になくなりましたからね。医科歯科大へ行って、午前中1~2時間、高気圧酸素療法を受けながら昼寝するのは最高ですよ(笑)。

鎌田 私は東京医科歯科の出身ですが、私たちが学生の頃から、あそこは潜水病の研究が進んでいました。それが脳卒中や脳梗塞の初期の段階に血管を再開通させる治療に応用されたりしていました。それが最近の放射線治療の後遺症を軽減する高気圧酸素療法につながっているんですが、がんの専門医も高気圧酸素療法の存在をあまり知らないと思います。

ところで、与謝野さんは35年間、がんといい距離を保ちながら闘病されてきましたが、与謝野さんの悪性リンパ腫が完全寛解した平成6年に、大腸がんになった奥さまはかなり慌てられましたね。

与謝野 「あなたが選挙のようなストレスのたまるものをやるから、私ががんになったのよ。あなたのせいよ」って文句を言ってましたよ(笑)。

鎌田 少しは関係があるかもしれませんよ(笑)。政治家もその奥さまも、常に交感神経が過緊張を強いられ、ストレスがたまって、ナチュラルキラー細胞が減りますからね。政治家はあまりがんを公表しませんが、結構がんになる人が多い職業じゃないですか。

与謝野 詳しい統計をとったら、おそらく政治家は他の職業と比べて、がんになる割合は多いでしょうね。

鎌田 奥さまもご主人になりかわって地域を駆け回っていらっしゃったわけですから、ストレスはたまっていたはずです。

与謝野 女房ががんになったとき、助かったのは、女房の2人の妹が入れ替わり立ち替わり病院に���てくれたことです。イザというときに姉妹の絆は大きいですよ。

鎌田 与謝野さんは4種類のがんを経験されたわけですが、悪性リンパ腫、直腸がん、前立腺がん、下咽頭がんと、みんな別々のがんだったことはツキがあると書いていらっしゃいますね。このプラス思考は読者にもヒントになると思います。

与謝野 それからラッキーだったのは、私には糖尿病系の症状も、血管系の病気の症状もなかったということです。さらに、医薬品アレルギーがなかったことも大きかったと思います。

「大事なことは民間療法などに頼らずエビデンスのハッキリした最先端の医療を信じることですよ」と話す与謝野さん

日本は人が資源です 人間力を高める投資を

鎌田 今や日本は2人に1人ががんになる時代です。与謝野さんがあえて『全身がん政治家』を出されたのは、多くのがん患者さんに、「がんに負けるなよ」というメッセージを送るためだった、と私は解釈していますが、改めて今がんと闘っている人たちに言いたいことはありますか。

与謝野 みんな死ぬということが怖いんですよ。しかし、仏陀は弟子にこう言っていますよ。「おまえたち、死を怖れるな。私だっていつかは死ぬ。死にたくないと考えることが無駄なんだ」と。

鎌田 なるほど。でも、与謝野さんはその覚悟を持ちながら、35年間、やるべきことはしっかりやってがんと闘い、政治家の仕事に邁進された。やるべきことをきちんとやったら、余計なことは心配するな、ということですね。

最後に、冒頭の政治・経済のお話の中で、最近政治家の能力が劣化してきているという意味のことを言われましたが、日本の政治を見ても、本当に優秀な人材が政治の世界に入っていかない状況があるような気がします。どうしたらいいんでしょう。

与謝野 対症療法的には、力の分散を図ることです。具体的に言えば、二大政党制を志向して導入した小選挙区制をやめて、個々の議員がもっと自由な活動ができるような中選挙区制に戻す必要があると思います。

鎌田 それからやはり、福祉目的で消費増税を行うと国民に説明したのであれば、きちんとそれを実行してもらいたいですね。それがここへ来て、以前にも増してばらまき傾向が強まっている気がします。増税して増えた収入を、一部の政治家と官僚が国民との約束を反故にして勝手に再配分するのは、いちばんまずいパターンですよ。

与謝野 増税して得た収入はいいことに使わなきゃダメですよ。私が今、心配しながら注視しているのは、長期金利がいつ上がり始めるのかという点です。最近の経済指標を見ていてすぐに気がつくのは、輸出額から輸入額を引いた貿易収支が赤字になっているということです。2011年から赤字になったんですが、2013年は赤字額が11兆円を超え、今の統計を取り始めてから最大の赤字額となっています。長期金利の上昇にどう影響するか、注視していく必要があります。

鎌田 本当に日本経済を立て直すには何が必要ですか。

与謝野 日本は、アメリカのように国土が広く、資源もいっぱいある国とは違います。人の能力が資源なんです。ひとりひとりの人間力を高めるために投資をしなきゃいけない。「コンクリートから人へ」というような単なるお題目ではなく、能力はあるけれども資力がなくて大学に行けないような若い人材を、全国的に引っ張り上げて、その人たちの能力を活用していかなければいけないんです。

鎌田 与謝野さんの憂国の気持ちがよくわかりました。お身体を大切に、これからも大所高所から日本の政治・経済に直言していただきたいと思います。

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