元気になった姿を見ていただき、患者さんの気持ちの支えになりたい 歌舞伎役者・市川團十郎 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成●江口 敏
発行:2012年11月
更新:2019年7月

骨髄異形成症候群をミニ移植で克服

「大きな病気を克服させていただき、ここからの人生はおまけの人生ですから、お役に立てることなら何でもお引き受けしようと」そう謙虚に語る團十郎さん

鎌田 で、2007年3月には、海老蔵さんと親子でパリのオペラ座で初の歌舞伎公演を成功させ、もう大丈夫と思っていたところへ、こんどは再発とは違いますが、また体調が悪くなったんですね。

團十郎 2007年の秋から母校の青山学院大学で講義を行うことになり、夏頃から準備のため大学によく行っていたんですが、何となく息苦しく、景色が白っちゃけて見えるんです。検査してもらったら、血小板、ヘモグロビン、赤血球が減っていることがわかり、谷口先生に輸血をしていただいたら楽になりました。輸血をすれば元気になるので、名古屋でも日赤病院の先生を紹介してもらい、輸血をしながら舞台を続けていました。その先生には、「輸血を続けていると鉄分がたまるのが問題だ」と言われましたが、その年は輸血で何とか凌ぎましたね。

鎌田 鉄分が肝臓に沈着して、肝機能障害を起こしたりするんです。その時点で骨髄異形成症候群という病名の説明は、しっかり受けていたんですか。

團十郎 いや、まだ受けていませんでした。

鎌田 ただ貧血があるから輸血するという状態ですね。

團十郎 あとで聞いたことですが、輸血をいつまで続けるか、谷口先生も非常に悩まれたようです。やはり骨髄移植となれば、どんなに適合していても完璧ではないという部分があるようで、谷口先生ご自身がセカンドオピニオンを求められたそうです。その結果、移植しかないという結論になり、骨髄異形成症候群という病名を言われ、いい時期にミニ移植をしましょう、ということになったわけです。

鎌田 白血病が再発していないのに加えて、体力的な問題から、ミニ移植でいい。

團十郎 それで舞台のスケジュールが入っていなかった2008年7月に、ミニ移植の手術を受けました。

鎌田 妹さんから移植を受けられた。

團十郎 前もって家族が検査を受けてくれていて、幸いなことに、妹の型が適合していることがわかったんです。7月下旬に移植手術を受け、9月半ばには生着率は98%と安定していましたね。昨年、手術から3年経ったとき、「もう大丈夫でしょう」というお話をいただきました。

細胞の働きから学んだ人々の支えに対する感謝

鎌田 お話をうかがっていますと、現代医療の進歩とともに今の團十郎さんがある、という感じがしますね。

團十郎 いいタイミングで新薬が認可され、それを使うことができたというのは、ありがたいことだったと思います。それから、この病気は本当にお医者さんのさじ加減が大事だと、つくづく感じました。

鎌田 無理をするといのちが危ないですし、無理をしないと再発、再発の繰り返しになりますからね。白血病に関係するさまざまな病気を経験され、抗がん剤治療の苦しさも、幹細胞移植も体験された團十郎さんが、その体験談をあちこちでお話になれば、骨髄バンクに登録しようという人や、臓器移植のために献血をしようという人が増えると思います。

團十郎 手前みそになりますが、私も労を惜しまず各地に出掛けて、こんなに元気になったという姿を見ていただければ、皆さんの気持ちの支えにもなるのではと思います。年に何回か、患者さんたちを歌舞伎にご招待することもしていますよ。

鎌田 楽屋まで招待されたら、皆さん感動されるでしょう。團十郎さんから病気と闘うパワーをもらえば、治癒率も上がるんじゃないですか(笑)。

團十郎 気持ちで免疫力が上がりますから、ネガティブよりポジティブな気持ちでいたほうがいいですよね。

鎌田 そのとおりです。團十郎さんの中には、もともと社会貢献の資質があって、重病を克服されたのを機に、それが表に出てきたという感じを受けますね。

團十郎 そうかも知れません。銀河系宇宙には2000億個の星があるといわれますが、私たちの身体の中には60兆個の細胞が入っています。私たちは勝手に暴飲暴食をしたりしていますが、その裏では60兆個の細胞が文句も言わず、一生懸命働いてくれているんです。ですから、大病をしたあとは、少しは身体を大切にしようと思うようになりました。と同時に、それは社会でも同じで、私たちを支えてくださる人たちが大勢いらっしゃるわけですから、その人たちに「ご苦労さま」「ありがとう」と言える気持ちで生きていこう、と思うようになりました。

良質な日本精神を培う「市川家の荒事」の意味

鎌田 細胞ひとつひとつの役割に思いを馳せることが、歌舞伎を支えてくださる人たちへの感謝の気持ちとつながっている。團十郎的な考え方ですね(笑)。それが今後、團十郎さんの芸に活かされていく。

團十郎 そのことと直接関係があるかどうか、「市川家の荒事」というものがあります。それは勧善懲悪が土台になっています。「英雄が弱きを助け巨悪をくじく」という精神を根本としてやってきたのが荒事なんです。ただ、これはなかなか難しいことで、世の中はともすると、強きにへつらい弱きをくじくほうに流れがちで、最近、この勧善懲悪の精神が衰退しているように見えます。歌舞伎を通して日本人が培ってきた精神を取り戻してほしいとは思いますね。

鎌田 最近は歌舞伎に興味を持つ若い人たちが増えているようですね。

團十郎 興行ですからどうしても、陽が当たるときと下火になるときがありますが、世界中の古典芸能の中で、お陰さまで歌舞伎は興行として経営が成り立っています。ということは、歌舞伎でやっていることは、今の若い人たちにもある程度、理解してもらえるということです。歌舞伎は主に江戸時代に醸造された作品で、現代にも通じる内容でなければ、観てもらえないわけです。それが観てもらえるということは、現代にも通用する内容だということであり、そこは誇っていいと思っています。日本文化の良質な連鎖を守り、未来につないでいくのが、私たちの仕事です。

鎌田 昨今の日本は、経済は停滞し、大震災の復興もままならないうえに、領土問題が深刻化して、何となく暗雲に覆われている感じがしていますが、世の中を明るく、正しい社会にするためには、歌舞伎や芸能も大事な役割を担っています。團十郎さんには、いつまでもお元気に活躍していただきたいと思います。ありがとうございました。

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