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苦しいことがあっても耐えて生き続けることに、未来がある 歌手/作曲家・加藤登紀子 × 鎌田 實
消費者サイドをやめて農業生産者サイドに立つ

鎌田 どの時点で結婚しようと。
加藤 72年4月21日に彼が刑務所に入り、その5月6日に結婚しました。私は彼が刑務所に入る前に、「やはり結婚しておこうよ」と言ったんですが、「3年も刑務所に入る男が、お父さんに結婚させてください、と言える立場ではない。それはやめておこうよ」と言って入所してしまったんです。入ったあとに、子どもができていることがわかって、結婚したんですけれどね。
鎌田 千葉県の鴨川に土地を買ったのは?
加藤 だいぶあとですね。74年9月に出所し、「大地を守る会」をつくったのが76年です。そして80年頃から鴨川に土地を買い、「鴨川自然王国」を始めたのです。その頃、ある日何かがあったんだと思いますが、突然、「消費者ってのは許せんな」と言い出したことです。「大地を守る会」は消費者サイドに立つ会で、生産者にとっては圧力団体なんです。それが許せなかったんでしょうね。「オレは消費者の側に立つことが許せん」と言って、農業の初心者として鴨川に拠点を構えたんです。
鎌田 いま次女の八恵(Yae)さんが音楽活動をやりながら、鴨川で過ごしている時間が多いようですね。
加藤 八恵がいちばん鴨川が好きでしたね。鴨川に行くたびに、鳥や爬虫類の名前をよく覚えましたね。そして歌手になり、父親が亡くなったあとに、ふっと鴨川に行く気になったようですよ。
鎌田 お父さんが鴨川に残してくれたものに接すると、癒されるんじゃないですか。加藤さんも鴨川へ行くと、ホッとされるでしょう。
加藤 鴨川へ行くと、いっぱい曲が生まれるんです。曲が生まれるということは、どういうことかと言うと、次の瞬間に対して真っ白になれるということなんです。曲というのは、向こうからふわっと降りてきたものに身を寄せることです。次のスケジュールで頭がいっぱいになっているときには、創作はできませんね。ふわーっとした瞬間に自分が生かされていると思えることがあるんです。風の音、虫の音、鳥の声などがわぁーっと聞こえてきて、私の心身を満たし、癒してくれるんです。そういうとき、曲が生まれるんです。
彼が万感込めて歌った「知床旅情」の思い出
鎌田 加藤さんのヒット曲、最初が「赤い風船」ですか。
加藤 正確には2枚目です。
鎌田 当時はま��東大に通っていた?
加藤 通ってはいなかったけれど、在学中でした(笑)。卒業したのは68年で、69年に「ひとり寝の子守唄」を出しました。
鎌田 藤本敏夫をイメージして作った歌ですね。
加藤 彼が半年以上の長い拘留をされていた時期に作った曲です。そして、その年に彼が留置所から出てきて、内ゲバを境に学生運動から離れていったわけですから、私にとってはとても思い出深い、大切な歌です。
鎌田 そのあとが「知床旅情」?
加藤 はい。ですが、これは藤本と出会った当時に、彼が朗々と歌ってくれた歌なんです。
鎌田 彼は上手いですか。
加藤 上手いです。「知床旅情」を万感込めて歌ってくれたときは、ちょっとショックでした。私は歌手なのに、返す歌がない。自分の気持ちを入れる歌がない。口惜しかったですね。それ以来、「知床旅情が口惜しい」みたいな気持ちを持っていたんですが、気がついたら、「ひとり寝の子守唄」ができていました。そのうちに、森繁さんと会う機会があり、森繁さんのレコーディングから5年後に、私も「知床旅情」を歌わせていただくようになったんです。曲ができてから10年後のことでした。
歌手である自分と私の全過去が結びついた
加藤 私、歌手になって47年になりますが、最初、歌手になるということは、まったく違う自分になることでした。でも、気がついてみたら、歌手をやるということは私自身をやるということだったんです。そこにつながったのは、「ひとり寝の子守唄」からです。私には、戦争があり、満州からの引き揚げがあり、高校時代の60年安保闘争があり、東大時代にエイヤッと歌手になったわけですが、歌手になったときには、いっさい過去は振り向かないという気持ちでやっていました。
しかし、68年以降、私の全過去と歌手である自分が、見事に結びついたのです。森繁さんと出会ったのも、私のハルビンで生まれ育ったこととのつながりがある。そして、すごいなぁと思うのは、私が自分の人生と抜き差しならない関係の歌を歌ったときに、その歌がヒットするということです。「百万本のバラ」も、ロシア民謡をバックにした歌で、ヒットしないだろうと思われて、なかなかレコード化できなかったのです。でも、出してみたら、大ヒットした。私が子どもの頃、ハルビンでロシア人たちと一緒に暮らしていた、というバックグラウンドがあったからだと思います。人間は嘘をつけないなぁと思います。神さまはご存じなんですね。聞くほうの側が実は見抜いている。そういう意味では、三波春夫さんとは別の意味で、「お客さまは神さまだ」と思いますね。
鎌田 いやぁ、奥深い話ですねぇ。さて、加藤さんと私がふたりで出した「ふくしま・うた語り」というCDに触れておきたいと思います。去年、加藤さんが恒例の全国ツアーをされたとき、私に「できたら何か詩を書いてよ」と言われた。どんな詩を書いたらいいのかなぁと思っていたときに、ふっと浮かんできたのが、藤本さんの「人間は地球の上に土下座して謝らなければならん」という言葉です。
昨年の大地震で大津波が起き、原発事故を誘発しましたが、私は藤本さんはこの事態を予言していたのではないかと思ったんです。それで私は、汚された海も悲しいだろうし、汚されたほうれん草も口惜しいだろうし、牛も大地も草もみんな悲しいだろうな、と思いながら、藤本さんのフレーズも少し入れた詩を、加藤さんの事務所に送ったら、歌にしようということになった。
加藤 最初は朗読してもらおうと考えていました。しかし、詩をつらつら眺めているうちに、曲を新たに作ろうと思った。そして、いろいろ曲を作ったんですが、初めて演奏する日の朝、別の曲をはめ込んでみたら、まったく偶然ですが、ピッタリはまったんです。それが「海よ、大地よ」という歌です。
とにかく生きるということが答だ
鎌田 大阪の梅田芸術劇場でしたね。開演2時間ぐらい前に、ホールへ行きましたが、加藤さんのギター伴奏で、私が朗読するんだとばかり思っていた。
加藤 まさか曲がついているとは思わなかったでしょ(笑)。
鎌田 ちょうどリハーサル中でしたが、私の詩を加藤さんが歌っている。あぁーッという感じでした。ビックリと感動がゴチャマゼ。
加藤 私は、詩と曲の関係がはっきりしている朗読が好きなんです。今回の「ふくしま・うた語り」は、鎌田さんの朗読がすごく良かった。私もステージで泣きそうになりましたよ。
鎌田 それはうれしいなぁ。
加藤 若松丈太郎さんの詩「神隠しされた街」も、最初は歌の詩とは思っていないので、曲をつけることなど無理だと思っていましたが、その日の朝、試しに歌ってみたら、できたんです。和合亮一さんの詩「貝殻のうた」も、鎌田さんから入れたほうがいいと言われ、伊藤康英さんにいただいたCDの中のこの曲を選びました。すべて切羽詰まってからでしたが、密度の高い作品ができたと満足しています。
鎌田 若松さんの「神隠しされた街」は17年ほど前に作られた詩ですが、まさに今日の福島を予言していますよね。
加藤 このCDの収益金は福島の子どもたちのために使われますが、鎌田さんとこんなふうに共同作業ができるとは、夢にも思いませんでした。
鎌田 発売して1カ月ぐらいですが、すでに3,000枚は買っていただいたようです。福島の子どもたちのための共同作業が支持されて、ありがたいことだと思いますね。
「ふくしま・うた語り」は、藤本さんの考え方から言えば、「地球へのラブソング」でもあり、がん患者さんも、きっと癒されると思います。
加藤 私、先日のコンサートでも言ったんですが、いままで地球上にさまざまな戦争や災害が起きたけれども、いのちが絶えることはありませんでした。歴史を連続させたのは、いのちと歌なんです。いのちが続いてきたから、歌も残ってきた。いのちと歌は切り離せないものです。だから、どんなに苦しいことがあったとしても、ここを耐えて生き続けることに、未来があるということです。
鎌田さんが、福島の女の子から、「私は子どもを産んでいいんですか」と尋ねられたというエピソードを書かれていますが、私は、とにかく生きるということが答だと思います。子どもを産み、育てることが大事だと言いたいです。人間はそうしていのちをつなぎ、時代を超えてきたわけですから。
鎌田 きょうはご主人の生きざまやがんの話から、歌手の心構えの話、人類の生き方の話まで、非常に多岐にわたり含蓄のあるお話を聞かせていただきました。ありがとうございました。
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