幼き子を遺して逝く若き母親に思いを馳せ、NPOの立ち上げへ NHKアナウンサー・武内陶子/弁護士・髙井伸太郎 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成●江口 敏
発行:2011年12月
更新:2019年7月

娘に書き残した年間予定表胸に詰まる母親の思い

鎌田  あれはいつ頃だったっけ?

武内  8月です。先生から、愛実ちゃんのために何か書き残してあげたら、と自分で書き込む思い出の絵本をご紹介いただいたんですよね。でも……。

髙井  それは遂に書けなかったんです。病室にも持ち込んで、書くつもりになっていたのですが、最後に「これは書けない……」と言って。

武内  本人は書きたいと思っていたようですが、限られた時間の中で今何をやるべきかを考えるわけです。そんな中で、書く事はもう少し後でもできるのではないかと思っていたんだそうです。

鎌田  そう思うんだよね。

武内  身体が動くうちに、何か他にすべきことがあるんじゃないかと思っていたら、ガクッと体力が落ち始めて、「身体が動かない」「足が立たなくなってきた」「ペンを取るのがつらい」「どうしよう」と、すごく悩んだようです。そこで彼女が自分なりに考えたことは、愛実ちゃんのために1年のスケジュール表を書くことでした。

髙井   「お正月には初詣でに行きます」とか、「お雑煮にもいろんな種類がありますよ」とか、「七草粥を食べましょうね」とか、「この時期にお雛さまの準備をします」とか……。

鎌田  いやぁー、ちょっと胸に詰まるね。

髙井  姉は、愛実ちゃんが20歳になるまでの毎年の誕生日カードも書きました。

武内  毎年誕生日に届けるバースデーカードだけは、必死の思いで書いたんです。10歳、20歳の愛実ちゃんには会えないのに、成長した愛実ちゃんを想像しながら書くのは、つらかったと思います。

鎌田  母親として、最後の力をふりしぼって書いたんだね。

髙井  ペンを持つ力が弱くなり、文字が震えています。20歳のバースデーカードを書いたのは、亡くなる1週間前、19歳の分は3週間前です。

武内  19歳の分を書いてから、20歳の分を書くまでに、2週間かかったんですね。真理子さんは伝えたいことがたくさんあったんです。でも、どんな風に伝えていいのかわからない。相談するところを探したけど、小さな子どもを残してがんで逝かなくてはならない人たちや残された子どもをサポートする、開かれた施設や団体がないんです。

鎌田  病院はがん患者としての自分は看てくれるけれども、自分と愛実ちゃんとのことは見てくれない。

武内  彼女は、自分のつてでカウンセラーを探し、ご主人と愛実ちゃんのカウンセリングをお願いしたり、自分自身もカウンセリングを受けたり���て、いろいろ手探りでトライしました。愛実ちゃんに伝えたいことを映像や音声で残そうというアイデアもありました。しかし元気なうちだったらよかったのですが、その頃にはもう、「こんな弱った姿を、娘に映像や音で遺すのはつらい……」と。

同じ境遇の人たちのためNPO法人設立を立案

今年の6月23日、愛実ちゃんと一緒の真理子さん(ハワイで)

今年の6月23日、愛実ちゃんと一緒の真理子さん(ハワイで)

鎌田  8月半ば過ぎに一般病棟に入院し、亡くなる直前に緩和病棟に移ったんだね。

髙井  腹水がたまり、それが原因の吐き気に悩まされていましたから、腹水を抜いてもらえる一般病棟にいたんですが、もうこれ以上腹水を抜いたら危ないという段階を迎え、9月に入って緩和病棟に移ったんです。移って3日目に亡くなりました。

鎌田  真理子さんは体力と相談しながら、年間スケジュールを記したダイアリーと、20歳までの誕生日カードを残したわけですが、どの時点でそういう覚悟を決めたんだろう?

髙井  6月ぐらいから、愛実ちゃんとの交換日記みたいなものを書き始めていました。あまり書けなかったようですが……。

鎌田  スキルス胃がんを告知されてから、武内さんたちの応援をもらって、真理子さんは一縷の望みは持っていたんでしょうか。それとも、厳しいということは納得していた……。

髙井  わかっていたと思います。主治医の先生は姉と同年代の女医さんで、愛実ちゃんと同じぐらいのお子さんをお持ちで、姉と心が通じ合っていて、姉にはきちんと説明しないといけないという考えの方でした。6月に小康状態を保っていた頃は、「5月の初めには、9月まではもたせてあげたいと思っていたけど、秋まではもちそうね」と言われました。

しかし、8月半ばに固形物が食べられなくなり、姉が「あと1~2カ月も生きられない」と弱音を吐いたときには、「そんなこと、わかんないわよ。あと1カ月で死ぬ人の顔には見えないわよ」と励ましてくださいましたが、本人は、せいぜい9月いっぱいぐらいだろう、と覚悟していたと思います。

鎌田  真理子さんが偉いと思うのは、自分と同じ状況にある若いお母さんたちに思いを馳せ、AIMSを立ち上げようとしたことです。

髙井  AIMSの設立を考え始めたのは、6月の終わり頃です。自分が死んだあと、愛実ちゃんを誰が、どう支えてくれるのか、いろいろ真剣に考えたようです。自分が死んだあとに、愛実ちゃんのこころのケアをしてくださるカウンセリングの先生や、音楽や日本の文化などに愛実ちゃんが触れるきっかけを作ってくださりそうな方も手配しました。

鎌田  ご主人は仕事で忙しいし、男親ではわからないことがあるだろうから、ということで自分が亡くなる前に、いろいろ愛実ちゃんの世話をしてくれる人を頼んだんだ。

髙井  そうなんです。そして、そういうことを必要としている方々が、他にもたくさんいらっしゃると思って、親を亡くした子どもたちに対するケアや、死を前にした親とその子どもに対するさまざまな支援を行う団体を、自分が生きた証として、また自分が娘を思う気持ちを形にしたいと思って、設立したいと考えたのです。AIMSの「AIM」は「目的」という意味の英語ですが、娘の愛実ちゃん「AMI」からとったものでもあるんです。

親を亡くした子どもたちにグリーフケアを提供する

鎌田  あと3カ月という限りあるいのちのなかで、彼女自身が構想したんだ。スゴイね。

武内  ステージ4の末期がんと告知されたあとに来た彼女のメールの中に、「限りある時間の中で、娘に何を残し、伝えたらいいのだろう」という文面がありました。その1点を考え続けているなかで、同じ境遇にいる人たちに思いが及び、AIMS設立につながったのです。

鎌田  彼女が書いたAIMSの設立主旨の中に、「日本では年間30数万人の方ががんのために亡くなっていますが、そのうちおよそ1万人が30代、40代です」と書かれています。そういう人たちには、真理子さんと同じように、小さなお子さんがいる可能性がある。

武内  災害や事故、あるいは自殺などで大切な人を亡くした人たちをケアする団体は、別にあるんです。しかし、がんで親を亡くした子どもたちのケアに特化した団体は、まだないのです。

鎌田  小さな子どもを残して、がんで亡くなっていく若いお母さんやお父さんが、心残りのないようにする相談場所をつくる、ということですね。

髙井  支援者の皆さまのご支援をいただきながら、私が姉の遺志を引き継いで、AIMSの代表を務めさせていただくことになりますが、AIMSの活動方針には2つの柱があります。1つは、「親を亡くした子どもたちに対して、その心のケア(グリーフケア)を提供し、健全な成長を見守りサポートしていくために、カウンセラー等の専門家の養成システムを確立し、多くの専門家(カウンセラー)を世の中に生み出していくこと」です。もう1つは、「子どもたちとその親に対して、専門家による支援の存在を紹介し、それを安心して活用できるための情報提供や、同じ悩みをもつ人たちのコミュニケーションの場を設けることなどを通じ、こうした家族に、幅広い支援を活用できる仕組みを作っていくこと」です。後者には、音楽などの情操教育的な側面も含めていこうと思っています。

武内  私は親友として真理子さんの思いをしっかりと受け止め、愛実ちゃんにお母さんの思いを伝えると同時に、愛実ちゃんがママの遺したいろいろなものをどのように受け止めて成長していくかも見届けたい。できるかぎりの協力をしたいと思います。

鎌田  真理子さんの宿題を真摯に受け取った人たちがいるわけですね。

武内  そういうことなんです。

鎌田  今後の具体的なスケジュールは?

髙井  年明けくらいに設立総会を開催し、そこで来年のスケジュールなどをご報告したいと考えています。いま、1週間に1回の割合で、その準備の会合を開いています。また、年内にNPO法人の申請をする予定です。

武内  真理子さんの葬儀には1000人弱の人たちが来てくださいました。その際、AIMSの簡単な資料をお配りしました。

髙井  それも姉の発案でした。ご会葬者の皆さんにお配りするようにと……。とにかく、自分が死んでも、AIMSは成就してほしい、というのが姉の遺志でした。

武内  多くの人が「協力したい」とおっしゃってくださいました。また、いろんなアイデアも出していただいています。

親を亡くした子どもをぎゅっと抱く大切さ

「AIMS、いいスタートを切りたいですね」と話す鎌田さんと武内さん、髙井さん

「AIMS、いいスタートを切りたいですね」と話す鎌田さんと武内さん、髙井さん

髙井  具体的な活動としては、最初は、海外の団体の活動内容などを研究・紹介しながら、こういう団体が必要だという啓蒙活動から入って、主に医療関係機関やがん患者さんの団体にアピールしていくつもりです。同時に、病院に属していない、臨床心理士のようなカウンセリングのできる人を組織していきたいと思っています。

鎌田  それはいい狙いですね。最後に、お母さんを亡くした愛実ちゃんはどうですか。

髙井  8月に姉が、「ママはもう治らない病気なの」と伝えました。そして、緩和病棟に移って、亡くなる1日前に、10分間だけ起きて、愛実ちゃんに「ママはいなくなっちゃうの」という話をしました。愛実ちゃんは泣きながら、「わかった……」という表情でうなずいていました。姉が亡くなってからは、「ママの写真におやすみなさいのご挨あいさつ拶しよう」って言うと、「ママ、いないもん」と言ったりすることもあります。ママがいなくなったことを理解しつつ、我慢しているようです。

鎌田  親を亡くした子どもは、結構、傷ついていることが多いですよ。昨日、南相馬市の3つの保育園の子どもたちに集まってもらい、『ぼくをだいて』という絵本の読み聞かせをしてきました。「風よぼくをだいて」「草よぼくをだいて」などの最後に、「お母さんぼくをだいて」という言葉が来るんです。お母さんに抱かれるのがいちばんなんですね。

私は、聴いている子どもの中に、もしかして震災でお母さんを亡くした子がひとりでもいるかもしれないと思って、「おじさんは君たちの頃、お母さんがいなくなったんだよ。でも、友だちや周りの人たちが、みんながぼくを抱いてくれて、救われたんだ。もし、君たちの周りに、お母さんを亡くして悲しんでいる友だちがいたら、ぎゅっと抱きしめてやってごらん」と言ったんです。すると、みんなとハイタッチをして別れるとき、1人の女の子が抱きついてきて、ぎゅっと抱きしめてくれました。愛実ちゃんのことも、色んな周りの人がぎゅっとしてあげることが大事だけど、AIMSという真理子さんの宿題に真摯に応えることが、そのことにつながると思います。私も宿題をいただいた気持ちです。協力します。AIMS、いいスタートを切りたいですね。

武内・髙井  よろしくお願いします。

AIMSのHP : http://aims-japan.org/
問い合わせ : info@aims-japan.org

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