がんの治療中はセックスをしてはいけないんですか? ノンフィクションライター・長谷川まり子 × 鎌田 實

撮影●板橋雄一
構成●江口 敏
発行:2011年2月
更新:2019年7月

生きるエネルギーと直結しているセックス

「がん患者さんが性の悩みを抱えていても医師がそこまで手が回らない現実がある」と話す鎌田さんとその悩みに直面した長谷川さん

「がん患者さんが性の悩みを抱えていても医師がそこまで手が回らない現実がある」と話す鎌田さんとその悩みに直面した長谷川さん

鎌田 病室でカーテンに隠れてチューはしたんですか。

長谷川 してます、してます。していると、忙しい看護師さんが入ってきて、突然、シャーっと開けるんです(笑)。

鎌田 一緒にベッドに入っていたこともあった。

長谷川 鎌田先生の『がんばらない』の中に、白血病でおじいさんを亡くした「たぬきのおばあさん」が、「いっしょの布団に入りたかった」と言った話が出てきますが、私、本当にそう思ったんです。

鎌田 一緒の布団に入るだけで幸せになる。

長谷川 空調が少し寒かったんです。それで人肌で、と思って(笑)。2人で横になっていたら、いつの間にか2人ともグーグー寝てしまって……。そこへ看護師さんが来て、カーテンをシャーと開けて、「あっ、失礼しました」(笑)。

鎌田 彼が元気になった理由はいくつかあると思いますが、1つの理由はその添い寝だったかもしれませんよ。

長谷川 介護する身近な人たちは何かしたいんですよ。医師でも看護師でもありませんから、大したことはできないんですが、何かすることで自分が救われる面もあるんです。何かしてあげれば、NK(ナチュラルキラー)細胞が増えると信じて。

鎌田 性行為は生きるエネルギーと直結していると思います。ただ、がんの患者さんも家族も、そして医師も看護師も、そんな体が消耗することをするより、1点突破主義で、がんと闘うことのほうが大事だと考えがちです。しかし、がんとの闘いで本当の勝利を得るためには、総合力で闘うことが必要です。たとえ何カ月かかっても、それが5年かかっても、くじけないで闘う力を得るためには、生の源であるセックスを大切に考えないと……。それをないがしろにする現在の医療の空気は、良くないと思います。

長谷川 先生にそうおっしゃっていただくと、すごく救われます。本当にうれしいです。

抗がん剤の治療中にセックスを求めら��て

鎌田 パートナーががん治療をしている間、どの時点で初めてセックスをしましたか。

長谷川 抗がん剤治療は全部で6回やりましたが、最初の2回は入院中に、3回目から通院で投与しました。その3回目のときに、彼が「まだしちゃダメかなぁ」と言ったんです。私は、「なにッ! このがんの治療中に!」と(笑)。胃が破れちゃったらどうしようと思って。実際は、もう胃が破れることはないぐらいの感じにはなっていたんです。副作用も強くなく、散歩もできるようになり、白血球の数値もかなり戻ってきていましたから。しかし、私の中には胃が破れてしまうという妄想が強く残っていたんですね。

鎌田 それは、がんが見つかってから何カ月後ぐらいですか。

長谷川 3カ月ぐらいでしたか。入院してからはできないだろうと、入院前日に「さあ、がんと闘いに行くぞ!」という感じでセックスをして……。

鎌田 やっぱり入院する前日にした。いいねぇ(笑)。それから3カ月経って、「まだしちゃダメかなぁ」と言われたときは、この人、何言ってるの! という感じだった?

長谷川 でも、うれしかったです。軽く「この人、変態かァ」と思いながらも、よしよしという感じでした(笑)。ただ、そのとき、彼の身体をチェックすると、陰嚢に紫色の斑点が見つかったんです。彼はまったく気づいていなかったので、指摘したとたん、萎えてしまいました。

鎌田 男ってそうなんだよね。

長谷川 彼としても、優先順位の1番はがんを治すことですから、そんな紫斑が出ていることを知ってショックだったんですね。私も驚きました。そこで、翌日、彼が主治医に連絡をとり、診てもらいましたが、何でもないと言われ安心し、その夜、再チャレンジしました。

鎌田 コトが終わって、彼は何と言った?

長谷川 「生きてるって感じ」って言いました。

鎌田 いい言葉だなぁ。

長谷川 やって良かったぁ(笑)、あと3回、抗がん剤治療やるぞ! という気分でした。

鎌田 がんと闘う気がさらに盛り上がってきたんだね。やっぱり性は生につながるんだ。

医師からのひと言を患者や家族は待っている

鎌田 私は今、週に1回、緩和ケア病棟を回診していますが、病室へ行き、このご夫婦、2人で一緒の時間を過ごしたいだろうなと思うときには、「2時間ほど来ませんから。緊急のことがあったら、ボタンで呼んでください」と言って、病室を出るんです。

長谷川 あっ、その一言がほしいです!

鎌田 その2時間の間に、ゆっくり2人でお茶を飲んでもいいし、添い寝をしてもいい。セックスをしても構わない。そういうことって、大事なことかなぁと思います。

長谷川 彼が念願の個室に入ったときも、看護師さんが突然、ドアを開けて入ってきますし、個室のドアに「OK」「NO」の札を掛けたいぐらいでした(笑)。6人部屋のときも、ボランティアの人が「本は要りませんか」とか、「洗濯をしましょうか」などと、ひっきりなしに入ってみえます。ボランティアの人たちは偉いなぁと思いましたが、あまりにもあわただしいですよね。人恋しくさせといて、と思いました(笑)。

鎌田 1日の中に1時間ぐらい、誰にも邪魔されない時間があるといいね。高度の医療の病院って患者さんの心理を考えれば、わかりそうなもの。がん専門医はがんを治せばいいと考えて、人間を見ないで、臓器だけ診ている。大学病院とか、がんセンターほどそうです。

長谷川 医師が患者の立場になったとき、愛する人とチューをしたいと思わないのだろうかと思いますね。

鎌田 『がん患者のセックス』には子宮がん、乳がん、前立腺がんなどをはじめ、がん患者さんにヒントになる話がいっぱい入っています。この本を書くためにいろんな取材をして、いちばん感じたことはどういうことですか。

長谷川 私たちがん患者やその家族は、メスを執ることも、薬を処方することもできません。私たちは基本的に、がんに対して無力で無知なんです。私たちにできることは前向きの気持ちを持つこと、治ると信ずることです。そういう私たちに対して、医師から「大丈夫ですよ」のひと言があれば、私たちが無知であるがゆえに制限していることが、随分できるのではないかと思うのです。そういう意味では、私たちも勇気を出して、医師に「これはやっても大丈夫でしょうか」と訊いてみたほうがいいと思いますね。

生の源である性について医師と患者が話し合う

「病室で1日の中に1時間ぐらい誰にも邪魔されない時間があるといい」と話す鎌田さんと長谷川さん

「病室で1日の中に1時間ぐらい誰にも邪魔されない時間があるといい」と話す鎌田さんと長谷川さん

鎌田 子宮を摘出した女性が、腟の潤いがなく痛みが出るために、夫の欲求に応えられないと、鬱々とする話も書かれていますよね。それで夫の浮気も認めてしまう。すごく悲しいですよね。

長谷川 誰かひと言、「潤滑ゼリーがありますよ」と言ってあげれば、救われるんです。また、その悩みを誰かに相談するだけで、随分らくになると思うんです。誰にも相談できず、誰からもアドバイスをもらえないところで、鬱々と悩むのがいちばんつらいですよね。離婚に至ってしまうケースもあります。

鎌田 医師がひと言、アドバイスしてあげれば、夫の浮気を認めることも、離婚に至ることもなかっただろうなと思いますね。男性の勃起機能障害にしても、それがちゃんと表に出てくることによって、勃起機能の神経を温存させるために、手術の質をいかに高めるかという努力につながっていくのです。性は生の源です。人間が生きるためにいちばん大事な部分を、医師と患者さんがお互いに協力し合って考えていくことが大事です。勃起機能を失って、生きる力、人間の誇りをなくす男性もいるわけですから。

長谷川 基本的に、女性は男性を知らないし、男性は女性を知りませんよね。そこを医師に訊くことができればと思います。

鎌田 きょうはプライベートなお話をストレートにお話しいただき、私も大変参考になりました。カメラマンのパートナーにもよろしくお伝えください。


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