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セックスへの思いがあったから放射線の組織内照射に辿り着いた 日本将棋連盟会長・米長邦雄 × 鎌田 實
治療ミスがあったとしても病院を訴えないという覚悟
鎌田 治療する前に書いて教えてくれなかったですか。
米長 いや、私は放射線治療というだけで良かったのです(笑)。低線量率組織内照射は放射線が出る線源を体内に埋め込む方法ですが、私が受ける治療は埋め込まない方法だというくらいの知識は持っていました。正式名称は後から知りました。
鎌田 私は先頃、『言葉で治療する』(朝日新聞出版)という本を出したんですが、その中で前立腺がんのことにも触れ、次のようなことを書きました。ヨーロッパでは、前立腺がんの治療効果は、手術も放射線治療も同等だと評価され、治療成績もほぼ同数に近い。日本ではまだ手術が圧倒的に多い。医師がもう少し患者さんに言葉でよく説明し、前立腺がんの患者さん自身が治療法を自己決定できるようになれば、手術と放射線治療件数の差は縮まってくるはずだ。前立腺がんの治療において、手術と放射線が半々になったとき、この国の医療がまともになるのではないか――と。そういう意味では、米長さんが良い医師に恵まれて治療法を自己決定し、放射線治療を受けたというのは、良い選択だったと思います。
米長 ただ、この後、再燃したり、残っていたものが増殖してくる可能性はあります。あるいは治療中に、病院側の医療ミスということも皆無ではない。しかし、私は、「治療をお任せします」と言った以上、医療ミスがあったとしても、病院側を訴えるべきではない、というスタンスで治療に臨んでいます。病院に行くということは、まずその時点で、身体は健康なときよりマイナスな状態にあるわけです。そして、手術にしろ薬にしろ、お医者さんに治療を任せたわけですから、それが失敗に終わっても訴えるべきではない。
私の人生観の根底にあるのは、人間はいつか死ぬ厳然たる定めがあるということです。最後の死の宣告をされるときは、お釈迦さまから死を宣告されるようなもので、お釈迦さまを訴えることはできないのです。私は、お医者さんに治療をお任せするとき、お釈迦さまにお任せするような覚悟をしているのです。
鎌田 いやぁ、皆さんがそういう気持ちを持っていただければ、医療界ももっと元気になり、医療に全力投球ができると思います。
米長 今ほど人々がお医者さんを尊敬していない時代は、かつてなかったんじゃないでしょうか。
高線量率組織内照射の後怖かった男性機能の確認
鎌田 とにかく医師たちは疲れていますよね。『癌ノート』を読んで思い出したのは、医師の説明を受けて、説明がよくわからなかった患者さんが44パーセントいるという、ある調査結果です。『癌ノート』には、放射線治療の前に陰毛を剃られるとか、バルーンといって尿道から管を入れられるとか、治療の内容が具体的に書かれていて、それがちょっと恥ずかしかったり、痛かったりすることが、よくわかります。医師はそういうことは説明してくれませんから、『癌ノート』は前立腺がんの患者さんにはためになりますよ。
米長 患者の立場で書いた本ですから。私がこの本を書いた最大の理由は、前立腺がんの体験者として、PSA検査を広めたいということです。ただ、現在のところ、PSA検査をやるべきだ、やらなくてもいい、という意見が半々のようですね。
鎌田 やるべきだという意見が、やや多くなっていますね。天皇陛下の前立腺がんが見つかったのは、たしかPSAですね。何回か検査していると、数値の動きで要注意ということがわかりますから、毎年やるのが大事です。
米長 私は10年以上やっていました。毎年何の変化もなく正常値でしたが、2007年3月に、それまで4以下だった数値が4.40に上がりました。私は全然気にもしなかったのですが、お医者さんは「ちょっと気になる」と言っていました。それが同年10月に5.08、2008年3月に7.26に上がり、がんの発見に至ったわけです。
鎌田 そして、2008年10月から外部照射が始まり、12月15日に高線量率組織内照射を受けられた。そこで最初のセクシャルな話に戻りますが、治療後、男性機能が元気だと確認したときは嬉しかったですか。
米長 いちばん最初に確認するときは怖かったですね。ただ、知人から「廃用性萎縮に気をつけろ」と言われていました。廃用性萎縮とは、寝たきりでいると筋肉が衰えて再起不能になることですが、アレも同じで、使ったほうがいいと言うのです。しかし、生検のときにあそこから血が出るのを見ていますから、あそこに血がたまっているはずで、セックスをすると痛いんじゃないか、などと思うわけです。
高線量率組織内照射を行ってから、ちょうど1年になりますが、アレは以前より元気になったような気がします。今後、年とともに衰えていくのでしょうが、今は以前と同じように元気です。
セックスができることは仕事をする上でも大事

鎌田 セックスができるというのは、大事なことですよね。脳の視床下部に食欲、睡眠、性欲、攻撃性の中枢がありますが、この4つは人間が生きていく上でとても大事なものです。日本人は性欲についてはあまり触れたがりませんが、人間が生きているかぎり、性欲の中枢は何らかの働きをしているわけです。
米長 そうだと思います。セックスができること、セックスをしようと思うことは、とても大事なことだと思いますね。他の仕事をする上でも。
鎌田 フロイトは、性的なものが生きる力になっている、と説いていますよね。これから高齢化が進む中で、70歳になっても、75歳になっても、セックスができる、できなくともそれに近い形で悦びを感じることができるということは、とても大切なことだと思います。
だから、医療の面でも、社会的にも、セクシャルなことをもう少しオープンにしたほうがいい、という感じがします。そのほうが社会も明るくなり、元気が出てきますよ。
米長 ただ、女性の場合はどうなんでしょう。女性は歳相応に性欲がなくなってくるようですね。まったくなくなってしまう人もいる。
男性にもそういう人はいますが、女性のほうが多いのではないですか。
鎌田 やはり、日本の教育や家庭でのしつけが、女性がそういうものを感じることは恥ずかしく、はしたないことだという倫理観を押しつけてきたことがあるんじゃないでしょうか。そういう倫理観が取れてくれば、女性も70歳になっても、80歳になっても、セクシャルな悦びを求めるのではないかと思います。今でも、イケメンの介護士がつくと、とても元気になるおばあちゃんがいますからね(笑)。
米長 なるほどね。そのあたりの女性の体と心の研究を、もう少し進める必要がありますねぇ(笑)。性欲に関して、男は単純ですが、女性の場合はもう少し複雑なものがあるような気がします。
鎌田 米長さんに少し研究していただいて、また本に発表していただかないといけませんね(笑)。
米長 いやあ、それを始めると、あちこちの病院や施設から、嘱託や顧問をいっぱい頼まれる恐れがありますからね(笑)。
鎌田 この雑誌はがん患者さんやその家族が読者ですから、きょうの米長さんのお話は参考になったと思います。読者には『癌ノート』も併せて読んでいただきたいと思いますね。本日は貴重なお話を、どうもありがとうございました。
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