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「人間は暗いところから生まれ、死ねばまたそこに帰って行く」という空海の哲学を知り、死の恐怖が消えた 小説家/脚本家・早坂 暁 × 鎌田 實
いまだに腑に落ちないキリスト教的「受容」
鎌田 キューブラー・ロスという女医さんが、200人の末期がんの患者にインタビューを行いながら、「死にゆく過程」を5段階にまとめた有名な本ですね。
早坂 末期がんを宣告された患者さんが、このように死んでいくというデータが、こと細かく分析されています。患者さんの態度には「否認、怒り、取り引き、抑鬱、受容」の5段階があると書かれていて、なるほどなぁと思いながら読みました。ただ、キューブラー・ロスさんはキリスト教の女医さんですから、長い抑鬱の後に受容という段階を経て、天国に召されると説いているわけですが、僕は宗教を持っているわけではないので、そこが腑に落ちないわけです。いまだに最後の瞬間をどう迎えたらいいのか、僕はわからない。
鎌田 5段階の心の変容に関して、日本人は真ん中の「取り引き」の部分が理解しにくいようですが、早坂さんはいかがでしたか。
早坂 わかりました。病室の窓辺にやってくる鳩に、毎日エサをやっていると、何かいいことがあるんじゃないかと思う気持ち。それはわかります。
鎌田 お百度参りをしたり、成田山に願掛けに行くのも、1つの「取り引き」ですよね。
早坂 御利益のためにやる。信仰というより自分の利益のためにやるわけです。
鎌田 最初の段階の「否認」はしましたか。
早坂 しました。がん? 違うんじゃないかなぁ、という気持ちはありましたね。
鎌田 「怒り」は?
早坂 僕はわりと気性がいいというのか、怒ってはいけないと装っていた。
鎌田 かっこつけていた。あり得ますよね。「抑鬱」状態はありましたか。
早坂 手術に入る直前は、そういう気持ちになりました。
鎌田 早坂さんは大体5つの段階を踏んでいますね。ただ、最後の「受容」だけが腑に落ちないわけですね。
早坂 僕としては、キリスト教的な「受容」というものが、そうかもしれないと思いながらも、ストンと落ちない。納得がいかないのです。それは本当の宗教心を持っていないからだと思います。僕は四国の生まれですから、お大師さん、空海さんには親しんでいます。空海さんは61歳ぐらいで亡くなっていますが、すごい死に方をしています。何月何日に死ぬと��子たちに宣言し、その日に向かって着実に死んでいくわけです。
台風の目に入って起きた?弘法大師空海の祈りの奇跡
鎌田 そういえば、早坂さんは「空海」という映画のシナリオも書かれていますね。北大路欣也さんが空海を演じています。
早坂 やりました。病気から生還したあとです。
鎌田 死に直面した大病を乗り越えたことと、そのときに勉強されたことが、空海の映画化に結びついたわけですか。
早坂 そういう部分もあります。しかし、魂を描くことは難しいですね。空海を描くにしても、あまり奇跡っぽいことは描きたくない。
唐から帰国する途中、空海さんが乗った船が海上で大嵐に遭う。そこで空海さんが舳先に立って祈り倒し、三鈷という金属製の法具を空に向かって投げると、嵐は収まり、船は無事日本に着くことができ、そのとき投げられた三鈷は後に高野山の松の木の上で見つかった。そういう言い伝えがあるわけです。いかに空海さんでも、南シナ海から投げた法具が、高野山まで飛んでくるわけがない(笑)。
しかし、空海さんが祈ったことによって嵐が収まったことを、納得できる形で描かねばなりません。そこで考えたのは、自分自身が風になれば、風は怖くないということです。台風の目に入ってしまえば、嵐は避けられる。空海さんの祈りは台風の目に入る祈りだったのだ、と考えたわけです。
鎌田 空海さんは台風には無風状態の目があることを知っていたのかもしれませんね。
早坂 私は昔、ドキュメンタリーの仕事で石垣島に行ったとき、巨大台風に遭遇したことがあります。カメラマンが台風を撮ると言って、身体を飛ばないように縛りつけて挑戦しましたが、うまく撮れませんでした。そのうちに台風の目に入ると、大きな雲の壁がそそり立つ上空に、大きなお月さまが浮かび、無数の蝶や鳥が舞う幻想的な光景が現れました。
鎌田 蝶も台風の目とともに移動するのですか。
早坂 目の中にいれば安全であることを、本能的に知っているのでしょうね。だから、空海さんの船も台風の目に入って助かったように描いたのです。
死は怖くないと教えられたリアリスト空海の死生観

鎌田 空海さんは死ぬ日を決めて死んで行かれたということですが、最期の場面はどのように描かれたのですか。
早坂 空海さんが御影堂で倒れられたとき、弟子たちが集まって、「師よ、お言葉を!」と、最後の言葉をせがむわけです。それに対して空海さんは、「自分の後を追うな」と言うのです。当時は師の後を追って弟子が死ぬことが少なくなかったからです。そして、「自分の跡を継いでくれ」と言い、「南無大師遍照金剛」と唱えよ。そうすれば直ちにお前たちと一緒に歩いてやる」と、弟子たちを励ますのです。
鎌田 四国八十八カ所巡りの巡礼者が、「同行二人」と書かれた笠や杖を持って歩いているのは、空海さんと2人で歩いているということだそうですね。
早坂 そうです。そして空海さんは最後の最後に、人間の生死についての言葉を残すのです。それが「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し」という有名な言葉です。私は最初、どういう意味だろうかと考えました。考えているうちに、空海さんはあの世をのぞき、実況中継してくれたのではないか、と思ったのです。
人間は暗いところから生まれ、死んだらまたそこに帰ってゆく。ああ、人間は皆、死んで元の胎内に帰って行く。これなら怖くはないな。そう思ったことを憶えています。私は空海さんは史上最大のリアリスト、その空海さんがそう言うのだから、死は怖くないと安心しましたね。
鎌田 私はこの春、イースター島からタヒチ、ポリネシアを見てきました。去年は北極へ行き、イヌイットの人たちに会ってきました。太古の日本人はもちろん朝鮮半島を経由して北から入ってきた人たちもいますが、南から渡ってきた人たちもいたと思います。こんどは南の島の先住民の人たちに会いたいと思って、南太平洋の島々に行ったわけです。
タヒチで原住民の人たちに会ってきました。タヒチといえば、ゴーギャンですが、彼がタヒチで描いた晩年の作品に「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」という作品があります。いま空海さんの話をうかがって、ゴーギャンのその絵を想起しました。ゴーギャンの疑問に空海さんが応えている(笑)。
早坂 母親の胎内は暗いけれども、決して居心地の悪いところではない。むしろ人間の一生の中で、いちばん気持ちのいい状態だったと言ってもいい。そこを出てからが人間はしんどいのです。死ぬと、そのいちばん気持ちのいいところへ帰って行く、と空海さんが言うのですから、死は決して恐れなくていいのです。
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