がん対策基本法の理念は悪くない。しかし、この仕組みは1度、壊したほうがいい 作家/医師・海堂 尊 × 鎌田 實

撮影●向井 渉
構成●江口 敏
発行:2009年8月
更新:2019年7月

死因究明は医学。医療費以外で支払うべき

写真:海堂尊さん

鎌田 Aiの件で国会に呼ばれたんですか。

海堂 国会ではなく、「異常死問題を考える議員連盟」でお話しました。昨年暮れ、法医学会が「死因究明医療センター」を全国につくるべきだと提言しましたが、それに応じてできた議連です。ですから、その議連は法医学主導で、異常死体、犯罪死体を何とかしようという視点で動いており、Aiはサポート的に使おうという考え方でした。しかし、それを推進すると、医療現場がより崩壊していくことになりかねないわけです。そのことを議連でお話させていただきました。

鎌田 法医学会の提言の方向でAiを推進すると、医療現場が崩壊していくという点については、どう説明されたのですか。

海堂 結局、法医学で行う死因究明は医療ではありません。医療は生きている人のために治療することです。死因究明は医療ではなく、医学です。医学的なものに医療費を出すことになると、最後は、生きている人を優先するのか、死んでいる人を優先するのかで、バッティングします。当然、生きている人を優先することになりますから、そのシステムは成立しなくなります。ましてや、司法から犯罪遺体を調べてくれと言われたら、医療現場はどうしていいかわかりませんよ。ですから、Aiは最終的には医療従事者が担当しますが、その費用は医療費以外からきちんと払うシステムにする必要があります。

鎌田 私たちもときどき死体の画像を撮らせてもらうことがあります。その人がなぜ亡くなったのか、私たちも知っておきたい、というケースがあるからです。もし、最後の段階で違う治療を行っていたら救命できただろうか、という点を明確にしておきたいと思い、解剖がダメならCTだけでもと、ご遺族の了解を得て画像を撮らせていただくわけです。もちろん、その費用は病院が負担しますが、医療費が削減されるなかで、いつまでそんなことが許されるか、厳しい状況になってきています。しかし、画像を撮らせていただくことは、医療を反省し、医療の質を上げることにもつながっているのです。

きちんと整備すべき死亡時医学検索システム

海堂 いまの鎌田先生のご発言は、非常に重要な点を含んでいます。患者さんがお亡くなりになった場合、自分たちは正しい治療を行ったと思っていても、ひょっとして何かを見落として、まったく見��違いの治療をしていたかもしれない。そういうケースも皆無ではないということです。それを発見するためには、解剖や画像診断が欠かせないのです。

鎌田 ということは、患者さんが亡くなった場合、死因がはっきりわかっている場合でも、解剖や画像診断をやったほうがいいということですか。

海堂 当然、医学的にはやったほうがいいでしょう。例えばがんで亡くなった方でも、脳出血で亡くなったのかもしれません。死体を調べないで診断した死因は、推測に過ぎないのです。前日にCTを撮っていて、がんの転移で亡くなったのだろうと推測されても、それはあくまでも推測であり、真の死因ではないかもしれない。もしかすると、心筋梗塞で亡くなった可能性もあります。死因をはっきりさせるためには、死亡時医学検索をきちんとしなければなりません。本来、正確な死亡診断書を書くには、死亡時医学検索をしなければならないのです。少なくとも問題のある症例については、全例、死亡時医学検索をやるべきだと思います。

鎌田 そういう話を政治家にされたとき、反応はいかがでしたか。

海堂 アッという間に納得していただきました。ただ、政治家の方々には、解剖の重要性だけが刷り込まれています。私が主張している死亡時医学検索というのは、まず体表診断を行い、次に死亡時画像診断、さらに解剖を行うという段取りをシステム化しましょう、ということです。これは医師でなくても、一般の方でもご理解いただける話だと思います。

茶番のメタボ検診で他の検診にしわ寄せが

写真:鎌田實さん

鎌田 いまの日本は「死因不明社会」になっている。それを正す方法として、海堂さんはそうしたシステムづくりの重要性を説いているわけですね。それは現在の医療、医学の枠組みに対する批判にもなっています。小説の中でも、厚生労働省に対して、結構厳しい批判をされていますね。メタボリック・シンドロームは「メタボッタクリ」だとか(笑)。

海堂 そういうダジャレは湯水が湧くごとく出てきます(笑)。登場人物にイヤなあだ名を付けるとか。私は性格が悪いんでしょうか(笑)。

鎌田 厚労省は医療費を抑制してきたのに、突然、全国的にメタボ検診を行うなど、メタボにものすごくお金をかけています。私は『ちょい太でだいじょうぶ―メタボリックシンドロームにならないコツ』という本にも書きましたが、世界的に見ても、コレステロール値が多少高めで、少し太っている人のほうが、健康で長生きすると言われています。ウエストが男性で85センチ以上、女性で90センチ以上あったらメタボだ、という検診の仕方はおかしいですよね。
最近、地域の医師会の先生方が言うのは、メタボ検診が行われるようになってから、がん検診など他の検診が弱くなったということです。あまり意味のない検診をやらされることによって、かえって意味のある検診にしわ寄せがきている。これは日本人の健康にとって、マイナスではないかと思いますね。

海堂 メタボリック・シンドロームについては、最初から茶番だと思っていました。なぜ医師たちがそれに従うのか、理解に苦しみます。専門職である医師がこんなことをさせられて、異議を唱えて止めさせるならともかく、唯々諾々と従っているわけですから、厚労省も悪いですが、医師にも責任があります。

悪評の病院機能評価は厚労省OBのための制度

鎌田 メタボもさることながら、海堂さんは、厚労省所管の財団法人が病院を格付けするかのような、いわゆる病院機能評価についても、非常に厳しい見方をされていますね。機能評価がモデル事業としてまだ無料だった時代に、私の病院を評価してもらったことがあります。当時は、病院を評価するというのは新しい試みであり、受けざるを得ないような雰囲気が醸成されていました。たしかに評価を受けることによって、病院が良くなる面もあります。しかし、次第に、この事業が厚労省の天下りによってお金が吸い上げられるシステムであることがわかってきました。

海堂 病院機能評価のことを小説に書こうとしたきっかけは、機能評価はばかばかしい、何の役にも立たない、やたら書類を作らなくてはならない、それにお金がかかる、といった不平不満を何人かの同級生や後輩から聞いたことです。それなりの病院でモデル事業をやり、ここも評価を受けていますよ、あそこも評価を受けましたよと宣伝し、あわれな子羊たちに評価を受けるよう誘導したわけです。鎌田先生もそのお先棒を担がされたのかもしれません。
(財)日本医療機能評価機構がスタートしたあと、NHKのドキュメンタリーで、病院機能評価のことが取り上げられました。その後、「週刊朝日」が財団の役員構成について取材を申し込んだところ、「取材には応じられない」と拒否されました。その話を聞いて、うさんくさいと思い、いろいろ調べて小説に取り込んだわけです。

鎌田 機能評価では、病院の透明性を高めよと指導するくせに、自分たちの透明性については頬被りをしている。

海堂 役員構成など、全然隠す必要はありませんよ。それを隠すのは、怪しい(笑)。

鎌田 患者さんにしてみれば、この病院は病院機能評価のお墨付きをもらっているから安心だ、という目安にしますよね。

海堂 単純にそう受け止める人は、これからどんどん官僚に食い殺されていきますよ。情報を取る方法はいくらでもあります。自分の頭で考えて、情報を取捨選択する必要がありますね。

同じカテゴリーの最新記事