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がん対策基本法の理念は悪くない。しかし、この仕組みは1度、壊したほうがいい 作家/医師・海堂 尊 × 鎌田 實
中途半端になっているがん拠点病院システム

鎌田 最近、全国各地にがん拠点病院ができました。がん患者さんはそこへ行けば自分の病気が解決されると思って、がん拠点病院に殺到している状況があります。そのために、がん拠点病院では手術しきれないケースも出てきています。このままいくと、日本のがん医療の先行きは危ないのではないかという感じがします。
海堂 かなり危ないと思います。崩壊への道をまっしぐら、という感じです。例えば、出産前後の母子の医療を対象とした周産期母子医療センターを見れば明らかです。センターを作っても、産婦人科の崩壊は一段と進んでいます。センターは産婦人科の弱体化を誤魔化そうとしたにすぎません。産婦人科を立て直すには、弱体化したものを寄せ集めてセンターをつくることではなく、1つひとつの病院のグレードアップを図るしかありません。現状では、それは容易なことではありません。私はいま48歳ですが、私たちの頃は上の先生方の分厚いサポートのもとで、きめ細かな指導を受けられました。いま、そのサポートシステムは空洞化しています。復活は難しいでしょう。1回全部チャラにして、やり直すしかないと思います。がん拠点病院も、1つひとつの病院のグレードが下がったことを誤魔化すための彌縫策に過ぎません。
鎌田 がん治療はかなり細分化されていますね。それをセンター化して、優秀な医師を集めるという発想ががん拠点病院構想にはあります。それはがん患者さんたちの意向も踏まえたものであったはずです。しかし、各地に拠点病院をつくったために、当初の目的とはかけ離れたものになってしまっている。
海堂 がんの拠点病院が必要だというのが、がん患者さんの気持ちなら、おらが村にもがん拠点病院がほしいというのも、がん患者さんの気持ちです。これは両立しないのです。がん治療を集約する拠点病院をつくれば、おらが村から離れたところにできるのは当然です。両立しない、無い物ねだりをしたから、中途半端なものになってしまった。日本人のメンタリティとして、おらが村の近くにも拠点病院がほしい、という声は当然出ます。それにまた厚労省が乗るわけです。そのほうがラクだからです。本当は地方の1つひとつの病院に自力をつけさせることのほうが大事なのに、厚労省はラクな道を選び、いい加減な拠点病院をつくってしまったわけです。
���療再生のためには専門の「医療庁」が必要
鎌田 一見、拠点病院という新しい枠組みができたように見えますが、十分機能していないのが現実ですか。
海堂 厚労省の失政の1つだと思います。厚労省の政策で、半年後に適切だったと評価されたものは、とても少ないと思います。民間企業だったら、とっくに潰れていますよ。もう厚労省にまかせるのはやめたほうがいいと思います。医療は普遍的なものです。がん医療だけ良くなっても、他の医療が良くならなければ意味がない。その意味では、『イノセント・ゲリラの祝祭』の中でひとこと書きましたが、医療だけを専門に担当する医療庁をつくったほうがいい。厚生労働省という名前には「医療」がありません。これでは医療に責任を持って担当することはできませんね。
鎌田 先日、麻生さんが厚労省の分割を口にしましたが、すぐに腰くだけになった(笑)。
海堂 私も簡単にできるとは思っていませんが、あれは1国のトップとしてはみっともなかったですね。
鎌田 がん治療でよく問題になるのは、手術が治療のメインになっており、患者さんに負担を強いているのではないかという点です。抗がん剤や放射線治療によって治るケースがあるのに、抗がん剤、放射線治療は、いつまで経っても脇役に置かれていますよね。乳がんをはじめ、がん摘出手術でがんが治ったとしても、人並みの社会生活ができないのでは、患者さんの心は死んでしまいます。
海堂 私は元外科医ですから、外科医の心情は理解できます。外科医の本音を言えば、がんになったのは患者さんであり、がんを取ることが外科医のミッションです。手術で取れば治る、放射線、化学療法では取りきれないと判断すれば、外科医は取ります。患者さんの手術後の人生を思いやる余裕はない、というのが外科医の本音であり、そこまで外科医に求めるのは酷ではないかと思います。
理想的には、例えば乳がんの全摘手術の場合は、そのあとは形成外科で対応すべきです。形成外科などを含めて、トータルチームをつくってがん治療に対応すべきです。しかし、現状は深刻な医師不足で、それができない状況です。医師を増やすしかありません。
次代の若い医師たちは医療人生を全うできない?

鎌田 私はがん対策基本法ができたことは、それなりにすごいことだと思い、あまり批判はしていませんが、問題点が見えてきているのもたしかです。がん対策基本法には、がん登録、緩和医療の重視、放射線治療の推進という3つの柱があります。ただ、緩和医療の重視を謳ったのはいいのですが、患者さんが拠点病院に集中して、現場は緩和医療どころではなくなっている。拠点病院でがん難民をつくっているのが実情ですね。そして、医師、看護師は疲れ切っている。たしかに、拠点病院の恩恵を受けている人たちもいますが、がん対策基本法をつくり、拠点病院化したことによって、日本の医療の足腰が弱っている一面があることは否めません。
海堂 その背景には、やはり医師不足という問題があります。医師不足が認識され、医学部の定員増員も決められましたが、それはまだ動き始めていません。現実に医療の人材が増やされてはいないのです。それに、医療費が増やされたのかといえば、相変わらず削減傾向にあります。人材面にしても、予算面にしても、もともとピーピーしているところへ、ある部分に特化し、そこに人材、予算を集中させたら、他の部分が弱るのは当たり前の話です。がん対策基本法の理念は悪くないと思います。しかし、法律をつくるのは官僚ですから、医療サイドは官僚に勝てないのです。この仕組みは1度、壊したほうがいいかもしれません。私は50代寸前ですから、もう医師として苦労することは少ないと思います。しかし、これからキャリアを積み上げていく若い医師たちが、医療人生を全うできるかといえば、そういう未来は見えないのです。私たちの世代が現状維持でがんばればがんばるほど、若い医師たちがしわ寄せを受け、大変な思いをするのです。
鎌田 それは結局、政治や厚労省の力不足ということにもなりますね。
海堂 それと国民の思いですね。立法、行政といえども、国民の思いを無視してやるわけにはいきません。みんなが医療はこのままでいいと思えば、このまま未来のない医療が続きますよ。
医療を変えるには医療人も国民も変わらねば
鎌田 国民総体は現在の医療に対して従順に見えますが、1人ひとりは、海堂さんの作品に登場するように、治療に文句を言うクレイマーなんですか。
海堂 クレイマーです(笑)。
鎌田 私は医師になって35年になりますが、住民と一緒に医療をやってきたという実感を持っています。私たち病院側も住民が脳卒中にならないよう、寝たきり老人にならないよう、赤字覚悟で努力してきました。住民の皆さんも、それをボランティアで支えてくださいました。いまも私の病院は20もの地域のボランティアに支えられています。その意味では、住民はクレイマーではなく、サポーターです。その関係が地域医療を変えたと思っています。
極北の地で医療が崩壊していく『極北クレイマー』を読み、その極北つまり反対側に何があるかと考えたとき、私は医療人が変わらなければならないと同時に、地域の人たちも変わらなければならないと感じました。両方が変わらないかぎり、日本の医療の再生はないと思います。
海堂 私は1988年に医師になり、始めの頃はあちこち転々としましたが、どこに行っても、クレイマーの雰囲気はありませんでした。鎌田先生の諏訪中央病院は、病院と地域住民が一体となって医療に取り組むという先進的な試みをされていましたが、一般的な病院でも地域住民が病院側に感謝してくれているという状況があり、私たちも「がんばろう!」という気持ちになったものです。
病院や医師が感謝されている時代に研修を受け、医師になれたことは、自分にとって幸せだったと思います。
いま、あの当時の状況は「見果てぬ夢」と化しています。この状況を、1度壊さないといけない。クレイマーたちは情報過多に陥り、世界の頂点の最先端医療を自分も受けられると思っていますが、それは無理なのです。ある部分であきらめていただかないと……、アッ、鎌田先生は『あきらめない』という本を書いておられる(笑)。訂正訂正(笑)。
鎌田 最近は『へこたれない』という本も出しました(笑)。
海堂 鎌田先生のご本は失意の底にある人たちに癒やしと救いを与えますよね。何だか私とは正反対のアプローチのような気がします。鎌田先生は優しい方なのだと思います。ただ、今は厳しいことを言える人材が医療界には必要なのかもしれません。
鎌田 最新刊の『極北クレイマー』。是非、多くの方に読んでもらい、日本の医療について考えてほしい。
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