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がんは絶望すると悪くなり、気力が充実すれば克服できる、そう信じています 漫画家/詩人・やなせたかし × 鎌田 實
ばいきんまんを描くために宿命としてがんになった?

鎌田 泌尿器科の先生は基本的に外科医ですから、一般的に手術をしたがります。でも膀胱がんは放射線が効きます。放射線とBCGの併用療法はいいと思います。
それにしても、やなせさんはこの2月に90歳を迎えられましたよね。膀胱がんが10回も再発し、何回も内視鏡手術を受けた上に、放射線治療も受けていらっしゃるにしては、お元気でお若いですね。
やなせ 随分前になりますが、かみさんが乳がんで亡くなったときには強い衝撃を受けました。しかし、自分のがんにはショックはなかったですね。血尿が出るのだけはイヤでしたけれど。
鎌田 なぜそのように恬淡としていられるのか。ご自分ではどうしてだと思われますか。
やなせ そうですねぇ。周りの人に支えられているということでしょうね。私が入院すると、同じ病院に入院している子どもたちや若い人たちが喜ぶんです。入院中にアンパンマンのコンサートをやったら大好評で、これは10月の第3土曜日の病院の恒例行事なんです。小児病棟にアンパンマンをつれて慰問に行くこともあります。病院長がわざわざ面会に来て、「うちの小児科の壁画が古くなり、替えたいと思っているのですが……」などと言われるので、全部費用は私が出して張り替えました。大好評みたいですが、お金がかかって……(笑)。
鎌田 私の孫はアンパンマンの大ファンで、BSで放映されている「アンパンマンくらぶ」という番組を楽しみにして、毎日のようによく観ているようですが、私は正直のところ、アンパンマンのあまり良い読者、視聴者ではありません(笑)。アンパンマンには病院のシーンが出てくることはあるのですか。
やなせ 病気と闘う場面が出てきます。愛欲小説を書くには、多少なりとも作家本人がそういう人間でないと書けません。同じように、バイ菌と闘う場面を描くには、やはり病気と闘うのは宿命なのかなぁ、と半分あきらめています。
鎌田 ばいきんまんを描くには、病気のことを知らなければならない。
やなせ そういうことです。病気になってみると、現代医学がいかに進歩しているかがわかって、とても興味深いですね。以前は手術でお腹を切ると、手術後に糸で縫って、お腹がくっついてから抜糸していました。その後、医療が進歩して、腹の中で自然に溶けてしまう糸で縫うようになったことは知っていましたが、最近はホッチキス���ような金属で簡単に止めていますよね。
鎌田 ステープラーという皮膚縫合用ホッチキスですね。
やなせ CTも以前は時間がかかりましたが、今は螺旋状に撮影できるようになり、時間が短縮されていますし、MRIも以前は撮る前に注射をし、検査後に便が真っ黒になりましたが、最近は注射しなくてよくなりましたね。私は医療の進歩を身をもって体験していますよ(笑)。
善と悪が入り交じる敵役のばいきんまん
鎌田 ばいきんまんは最初から登場していたのですか。
やなせ いや、最初はいません。最初の頃は、アンパンマン、しょくぱんまん、カレーパンマンでした。しかし、これだけだと、何となくお話が引き締まらないのです。アンパンマン・ミュージカルを演っても、客席にインパクトがない。なぜなんだろうと考えて、ああ敵役がいない、ということに気がつきました。
鎌田 なるほど。でも、敵役としてばいきんまんを設定したのは秀逸ですね。
やなせ こちらはパンですから、食品の敵役は何かと考えればバイ菌です。バイ菌は目に見えませんが、シンボライズすれば形になるはずです。そこでできたのが、あのばいきんまんです。まあ、アンパンマンが光だとすれば、ばいきんまんは影です。影を作ったことによって、急に話が面白くなって、アンパンマンのストーリーが生きるようになりました。
鎌田 この世の中、何事にも光と影がありますからね。しかし、ばいきんまんは子どもに人気がありますね。
やなせ 例えば、ウルトラマンが怪獣を倒せば、そこで1つのストーリーは終わります。しかし、アンパンマンとばいきんまんの戦いは永遠に続きます。なぜなら、バイ菌にはビフィズス菌、酵母菌のように人間に役立っているものもあります。人間に必要なバイ菌をバランスよく摂取して、健康な生活を送っていれば、風邪やインフルエンザにかかることもなく、身体も社会も健康でいられるのです。つまり、ばいきんまんは人間社会に必要なのです。無菌状態ではかえって危ない。
鎌田 ばいきんまんは科学的な深い根拠があって作られている。
やなせ 人間は絶えずウイルスと闘ってきました。それが私たちの活力につながっています。バイ菌は完全に排除することはできませんし、排除してはいけないのです。最近流行の抗菌グッズも、かえって害があるのではという見方もあります。
ばいきんまんはそういう科学的な理論に基づいて作られていますから、アンパンマンの敵役ではありますが、善と悪が入り交じる、かわいらしさのある敵役に、子どもたちが好感を持つのは当然です。
アンパンマンと握手して元気になった小児がん患者

鎌田 がん細胞もばいきんまんみたいなところがあるんじゃないですか(笑)。
やなせ そうかも知れませんね。がんは恐ろしい病気ですが、自分の身体の中の細胞がそうなるわけですからね。そういう意味では、がんは精神力、気力である程度克服できるような気がします。
鎌田 実際、同じがん患者さんでも、悲観的になって暗い気持ちで過ごしている人より、希望を持って前向きに生きている人のほうが、がんを克服できると思います。
やなせ ある年の年末、順天堂大学病院に、あと1週間しかいのちが持たないという、小児がんの子どもさんがいました。担当医から「何とかアンパンマンに会わせてやってほしい」と頼まれ、着ぐるみのアンパンマンを連れて行き、握手してあげると、その子どもさんはとても喜んでいました。年が明けて、1月半ばに、小児病棟でアンパンマン・コンサートを開くと、その子どもさんが元気に車椅子で走り回っているではありませんか。アンパンマンと握手してから元気になり、手術ができるまでに回復したというのです。
がんは絶望すると悪くなり、気力が充実すれば克服できる。私はそんな感じがしますね。心理療法、音楽療法などには、そういう部分があると思います。
鎌田 やなせさんご自身にも、そういう部分がありますか。
やなせ 私が病気になっても助かっているのは、仕事を続けていられるからです。入院中でも仕事をします。仕事に向かう気力が私を助けてくれています。手術後の痛みはつらいですが、のどもと過ぎれば何とやらで、時間が経てば痛みは忘れます。気力は大事だと思います。
鎌田 こころと身体はつながっていますよね。
やなせ どこかでつながっています。身体の病を克服するには、気持ちの持ち方が大事です。いろんな方から、「90歳なのにお元気ですね。お元気の秘訣は?」などと聞かれますが、私はがんなんですよ(笑)。がんの手術を何回もしながら、何とか持っているのは仕事を続けているからです。
だから、入院しても落ち込まない。帯状疱疹になって痛くてたまらなくても、美人の看護師さんに手を握ってもらえると、嬉しくなって耐えられる(笑)。看護師さんの役割は大切ですよ。明るくて活発な看護師さんは、患者さんのこころの支えになりますからね。入院するたびに、看護師さんと仲良しになり、退院するときいつも、アンパンマンのぬいぐるみを寄付してきます(笑)。
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