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文句を言わない人間として死にたい。だから「納得」いくまで探る ノンフィクション作家・柳原和子 × 鎌田 實
医療の網目をつないで命がつながっていく

鎌田 今回、治療をやめようと思ったのは、どんなことを考えて?
柳原 工藤先生は最初、「治療は全身抗がん剤」といいました。抗がん剤がかなり効くから、やったほうがいいとね。だけど、私は「がんが肝臓にとどまっている分には、(肝臓がんの専門家である)工藤先生と一緒にやり抜くけど、あとはもういい」と思いました。
脱毛もいやだし、連綿と生きていたくはなかった。もう患者でいることに疲れたっていうのが正直なところでした。最初の再発で手術を受けたときから、「半年あれば、やるべきことができる」と思っていましたが、それがどんどんつながって、ここまで来たでしょう。
遺作のつもりで『百万回の永訣―がん再発日記』を完成させ、NHKの『がんサポート・キャンペーン』も終わって、がっくりきたところだったので、なおもういいかなと。
そうしたら、工藤先生が翌日電話してきて、「1日だけ時間をくれ」というんです。彼は1例だけ、同じような傍大動脈リンパ節の多発している例を、胃がんですが知っていた。その人は放射線と抗がん剤の微量投与によってがんが消え、そのあとに手術をしてもどこにもがんが見つからなかったそうです。
結局、工藤先生は婦人科、腫瘍内科、外科、放射線科の全部に、画像をもって聞いて歩き、どれがベストの組み合わせかを考えてくれて、翌々日、「傍大動脈と脾臓は卵巣がんの場合、第1期後発地域。
つまり、肝臓も脾臓も最初の転移だから、次の次に進んでいるわけではないと考える」、と電話をくれました。
ただ、ラジオ波による肝臓治療が過酷だったから、その疲弊で一気に出たという考え方もある。また、全身でがんが勝ってきたのかもしれない。ずいぶん議論をしました。最後は、彼の経験と情熱、誠意と確信にゆだねようという感じでした。
鎌田 ……すごいねえ。
柳原 医療にこれだけ文句をいいながら、医療の網目をこれだけつないで命がつながっていくことに、申し訳なく……(笑)。正直、驚きます。
鎌田 読者もそこが知りたいんだと思います。今は工藤先生スタイルの医療をやっているわけですね。
柳原 彼は本当に優れた医師です。能力も技術も高いし、研究者としても優れている。でも、それ以上に私が感動するのは、医療を信じていること。「個別」ということを徹底する。
鎌田 今回の脾臓や傍大動脈リンパ節転移に対しても、ほとんどデータがない中でやろうとするでしょ。そこがすごいよね。感覚が新しいと思う。
柳原 創造力が豊かですよね。いちばんすごいと感じるのは、わからないことについて敏感で鮮明な認識をもっていること。自分が何をわかっていないか、それをどう調べればいいかを、よく知っている。これは実はとても難しいことです。何か1つわかった、という経験がなければ鈍くなってしまう感覚なんです。つまり、なにがわかればいいかが、わかっているんですね。
彼は「自分は肝臓のプロとして相当の自信をもつが、そのほかに関しては素人」という認識を持っていますね。だから、患者に対しても、わからないということをはっきり告げるんですね。わからないことについては調べて共に歩む……。これでいいわけです。
玄米食と祈りと歩くことは、絶対にいいと思う
鎌田 一時玄米食にしていたけれど、今も生活にはかなり注意しているんですか。
柳原 初発のときは3年間びっちり玄米食もやったし、再発以後も丸1年はやりました。でも、治療はパラレルに続くでしょ。実際にはやりたくても難しい。現代医療の治療中は、私はともかく食欲を守るため、何でも好きなものを食べますから……。工藤先生になってから去年の再々々発までは、お酒も飲んだし、どんどん食べました。でも、食べると、やっぱりがんが出ますね。
鎌田 関係していると思うんだ。
柳原 玄米はいいと思う。実感として便通が違うし皮膚の状態も変わる。体重もコントロールできる。私自身の場合は関係していると思いますが、ただし、私は食いしん坊だし、みんなと飲めないと人間関係的につまらなくなっちゃうんです。
鎌田 ふふふ。
柳原 歩くことと祈ることも大事です。私自身はこの3つ。これをやると、「大丈夫」という感じがある。
鎌田 どのくらい歩くの?
柳原 7~8キロ。朝、1時間半かけて歩きます。
鎌田 マクロビオティックもあの通りにやると問題があるようだけど、がんばらない程度にやればいいと思うんだ。
柳原 それは先生、無理。私もそう思いますけど、徹底しないと、絶対にうまくいかない。
玄米は玄米食の筋道の中でないと安全でないし完璧になりません。ある意味、治る、治らないより、これを食べていれば大丈夫という、精神的な安心感も大きい。宗教的な力があると思う。私はそこが苦しくなるから、ときどき崩すんだけど、崩すとだめですね。
鎌田 自分を責めるの?
柳原 責めますよ、やっぱり。
大事なのは、心までがんに支配されないこと

鎌田 さっきいったキャンサー・フリーという言葉は、『百万回の永訣』の最後に出てきますが、「がんが消えることではなく、がんから自由になることだ」という、感動的な表現がされています。患者さんや家族にとっていちばん大事なのは、もちろん、がんが消えることだけれど、実はもっと大事なのは、心までがんにコントロールされてしまうことではなく、がんが消えようが消えなかろうが、がんによって自分という人間の存在がコントロールされないことが大事。つまり、自由がより大事だということを、この本で言いたかったのだと思うんです。
柳原 そのとおりです。でも、なかなか自由にはなれませんね。
鎌田 (笑)そうか。
柳原 ただ、自由になりたいと考えるとき、必要なものもいくつかある。ひとつは人。もちろん、仲間や家族も必要だけど、それ以上に患者に自由感を作り出してくれるのは、医師だと思う。
それから、私にとっては、今いった玄米食や歩くことや祈ること。自然。あと、人間の歴史ね。京都に住んでいて思うのは、街に惨殺や刑場の跡があったり、中世からのお墓がいろいろなところにあったりする。「ああ、人は生まれてきた数だけ、死んでいるんだなあ」と感じるんです。その死に方をひとつひとつ克明に思うような痕跡が、たくさんあるの。
私は世界中の過酷な地域を1人で旅してきたから、今の時代でもいろいろな人が死んでいて、その死に方の中で自分の死に方を考える目はもっているつもりです。それだけでも救いですが、京都では今の自分の死に方が、過去と比較しても見えてくる。それはさらに大きな救いです。
祈りは自分自身との対話を大事にする時間だし、自然は「どんなものも死んでいくけれど、いつでも私を待っていてくれる」と思わせてくれる。そうしたことが全部、今は失われつつある。それはつらいことだと感じます。
医師の苦しい状況を変えるのは患者
鎌田 自由感を作り出してくれるのは家族より医師というのは、どういうこと?
柳原 医師と患者は、他には成立しえない崇高な伴走者になりえますね。
現実にそうならないのを、かつて私は医師のせいだと思っていました。でも、9年間も過酷な日々をさまざまな医師と格闘してきて、今は少しやさしくなりました(笑)。医師も、いろんなことが苦しいのだと思います。そして、医師が苦しければ、私たち患者も苦しくなる。逆も言える。治して治らなくて、そして生きていくこの現場を、ともにできるのは患者と医師なのに、そこにひびが入っている。それをどう修復し、より深い絆を作るか。それが私のこの3年間の課題でした。
現在は、いい医師ほどバーンアウト(燃え尽き症候群)が多いけれど、それを救うのは患者かもしれません。だから、お医者さんたちの会合に呼ばれると、いつもいうんです。なぜ自分が理想としていた医療ができないのか、患者に向かって語ってください、患者を味方にしてくださいって。そのことで初めて、制度や政治の介入によってではなく、患者と医師が医療を作り上げることができるのではないか、と思うんです。
先生もおっしゃっているけど、医療はいまだに政治や経済の条件で決定されているし、それはとっても危険だと思うんです。
鎌田 多くの医師は今の医療の状況に、大きな不満をもっています。4月に厚労省から出された報告を見ると、とにかく労働条件が悪い。週40時間労働を目標にしているのに、週63時間くらいが普通で、ちょっと働く医師なら週80時間、若い医師では最大153時間ですよ。
柳原 うん、異常ですよね。
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