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文句を言わない人間として死にたい。だから「納得」いくまで探る ノンフィクション作家・柳原和子 × 鎌田 實
国民負担を増やさずにがん医療が前進する方法

鎌田 一方、がんという病気に関しては今、日本で300万人が治療中で、多くの患者さんは不満足な治療を受けている。今や3人にひとり、もしかしたら2人にひとりががんになるという時代ですから、家族に必ずがん患者が出る可能性が高い。つまり、すべての国民に関係があるのだから、お金がもっと投入されていいはずなんです。国民総生産から考えても、日本はあと3兆円くらい医療に投入していいし、投入すればがん医療は必ずよくなります。
しかも、国民負担を増やして、いい医療を追求してはいけない。国民負担を増やさずに、がん医療が前進する方法は、いくらでもあると思います。たとえば、青森県の六ヶ所村で核燃料のサイクル利用をすることに、これから日本は19兆円を使うわけですよ。世界では、危険でお金がかかりすぎると、ほとんどが撤退したのに。そのお金をがん医療にまわせば、がん医療だけでなく障害者医療も老人医療も一気に改善する。19兆円あれば、1年3兆円としても、6年分ある。そして、6年間で大きく改善すれば、国民は一気にいい医療が受けられるようになります。
いい医療が受けられれば、老後の心配や大病したときの心配がなくなり、生活の充実にもっとお金が使えるようになるから、経済全体もよくなりますよ。1200兆円の貯金を持っている国民ですからね。それが政治の役割ですが、今、勇断をもって19兆円を投入する政治家は、出てこないですねえ。
柳原 だから、当事者が動くことも大事だと思うの。日本でも、患者が独自にお金を作り出すシステムが作れればいいな、と思っているんですけど。
標準治療を基礎にし患者個々に対応する
鎌田 今日聞きたかった第2点は、納得ということです。『がん患者学』からあなたが一貫して言っているのは、納得、納得だよね。
柳原 そう、同じことを言っている……(笑)。
鎌田 人間はいつか死ぬということを柳原和子はよくわかっていて、もちろん助かりたいし、元気でいい本を書きたいけど、死ぬのはまあいい。だけど、「なぜなんだ」ではなく、これでいいと思って死にたいんだよね。
柳原 そうなんです。思わせてくれればいい。私は文句を言わない人間として死にたいだけ。だから、そこを探るのがどうして悪い、と思っている部分があります。
鎌田 だいぶ近づいてきたよね。
柳原 そうですね。だから、今のキーワードは臨床医だと思っているの。先生も同意してくれると思いますが、これまでがん��関しては、研究者が臨床をやっていることが多く、「あらゆることをわかっているオレがいう。こうだ」というように言われるけど、患者の直観としてどうも違う、と感じるときがあるんですよ。
これからは臨床医、というのは、標準治療を基礎としながら、ひとりひとりの患者さんとの対応を積み重ね、そこに自分のオリジナリティを作って行く医師が必要と思うんです。がんという病気は、初発のある時期以外は、そればかりだと思う。そして、その中で患者に「先生なら、もういいよ」といわせることをふくめ、納得だと思うの。鎌田先生はそれをやっておられますが、私自身、思考停止に陥るくらい、「いいよ先生がそう思うなら」と言いたいの。
鎌田 選択や自己決定は大事にするけど、最後の最後に行き着きたいのは、まかせることだと。
柳原 私がいちばん楽だったのは、工藤先生になってからの1年半でした。「肝臓に出てくる分には、工藤先生が考えてくれるから大丈夫。だから、私は自分の時間を自分で生きる」、というように思えましたから。
最後は理屈じゃない。私はがんに似ている
鎌田 それに関連してひとつ。柳原和子はジャーナリストだから、自分の病気のことを調べ、治る確率がすごく低いことがわかっている。だけど。揺れて揺れて揺れながら、それでも何かに希望を託すように、結局は前向きの選択をするじゃない?
柳原 そう。それが当たるんです。先生あのね、私頭が悪いの。
鎌田 はっはっはっ。頭いいよ。
柳原 医師になる資質とまったく逆の人なの。ただ、直観力とか、動物的な本能はすごくある。だから、世間にとっていいか悪いかはわからないけど、これは私にとっていいか悪いかはわかるんです。理詰めで考えているつもりで、最後は理に乗り切れないんですよ。
鎌田 うん、なるほどね。
柳原 医療って前頭葉で成り立っている世界だけど、私は「はみご」(仲間外れ)の感覚が昔から強くて、自分の中には恐怖心と孤独感がすごくあるのね。だから、「答えは悪くても、自分を助けてくれるのはこっちだ」という感覚が、たぶん普通の人より強いんだと思います。それがぴたっ、ぴたっとハマってきたのだと思う。
鎌田 ずっと理詰めでデータを探したり、数字を大事にしながら、最後は全然数字じゃないところで判断してるものね。
柳原 だからね、それはがんに似てるから。
鎌田 (笑)はっはっはっ。
柳原 本当ですよ。がんを論理で追求できたら、世界の医学はもう克服できる。しかし、論理じゃない何か、たぶん生命体のある種の力とかエネルギーみたいなものがあるんだと思います。私もそれに似ているの、たぶん。
死はあきらめている。死まではあきらめない
鎌田 もうひとつ、柳原和子は究極のところはあきらめているんだけど、……なんて表現したらいいのか、あきらめていないんだよなあ。
柳原 私、それわかる。あきらめているのは死だよね。
鎌田 うん。
柳原 あきらめてないのは、死までなの。だから、死に方なんです。私は何度も「治らない」と聞いているから、そのことはわかってるといいたいわけ。そうじゃなくて、それまでのこと、私の過ごし方、私に何ができるのか、何もできなくても、いい感じなのか、とか、そういうことなんです、あきらめたくないのは。
鎌田 本の中に、あなたが「ドクター・ショッピングしている」と言われる場面が出てくるでしょう。でも、ぼくはあなたがものすごく潔くあきらめて立っている、と思った。だから、生きることに憐憫としている感じが、全然しなかったんだよ。
柳原 ああ、私、それ読んでくれたらもういい、っていう感じ! そこのところなんですよ、ずっとズレ続けたのは。みんな本を読んで、私が生きることに執着していると思うみたい。だから、「治りませんよ」と殊更にいったりするけれど、私そこはわかっているの。だから、こだわっているのは違うところなんですよ。
もちろん、私だって生きたいよ、先生。
鎌田 うん、それはそうだよね。
柳原 でも、生きたいと言ってはいけないって、最初にいわれているんだもの。希望はありません、というところから始まったのが、告知だったから。
鎌田 うん。だから、書評に書いた。がんの人が最後の希望を信じてこの本を買い、ハウツー本的に読んでもらってもいいけれど、ここには命とは何なのかが書いてあるから、実はがんじゃない人に読んでほしいと。
ぼくはハラハラしながら読んで、まるでサスペンスみたいと表現したよね。それは、柳原和子が命を凛としてくくっているところがあったからなんだよ。
憐憫としているのは、むしろまわりの医師、医療で、あっち行ったりこっち行ったりしているけど、柳原和子は違うところにきちっと着地をしていて、ただふらふらしているように見えるだけ。
まあ、1個1個揺れているところが、何とも人間らしくていいんだけど(笑)。
柳原 (笑)ふふっ。弱くてもろくて、だらしなくてね。
私が『がん患者学』のところから一貫してやってきたのは、どうして患者がだらしなくてはいけないの、ということなのね。世間の風潮は賢い立派な患者になり、医者より医学的知識をもって闘おうというものだけど、私はそうはいって来なかったと思う。
鎌田 だから、柳原和子がこうやって9年ちょっと、卵管がんで奇跡的に助かっているのは、賢くて強い女で、自分をさらけ出しているからだと思う人がいたら、ものすごく大きな誤りですと(笑)。

柳原 うん。助けて助けて、といい続けている。そういう人ですよ。
ただ、その強さはあると思います。前頭葉が正しいからわかる、というのは間違いで、人間にはもっといろんな形のわかり方がある。たとえば、科学と統計で死を突破できるなんて私は思ってないし、その恐怖も人から説得されるのではなく、自分の体が察知するものとしてあると思う。
だから、変に頭よくなるとだめなんです。人間の力、生き物の力を、見くびらないほうがいい。
鎌田 柳原和子にはそれがある。
柳原 うん。6カ月といわれたのに何年生きました、というくだらないレベルじゃなく、四苦八苦しながら9年がんばれたのは、そっちの力じゃないかと思う。
鎌田 今日は久しぶりに会えてよかった。深い話をたくさん、どうもありがとう。
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