子どもが欲しいという想い、そして持たないという選択 特別対談・洞口依子(女優) × 高橋 都(東京大学大学院講師)

構成●半沢裕子
撮影●向井 渉
発行:2009年6月
更新:2019年7月

「私はもっと生きたい」決断を迫られたとき思った

写真:洞口依子さん

洞口 決断を迫られたとき、私は自分がもっと生きたいと思いました。エゴイストかもしれないけど、真剣に悩んで、子どもじゃなく自分を選びました。 えっ、だけどちょっと待って。これって、自分を選んだことになるんですか?

高橋 そうとは限らないんじゃない? そんなアルゴリズムみたいに、「こう来たらこう行く」と割り切れるものじゃなく、この時点で結論はこうだったし、そう決断したことは後悔していない。
でも、大好きな人と自分との間にできた子どもの顔を、見てみたかったなぁという正直な思いだってある。

洞口 そうなんです。

高橋 そう思うと、残念でちょっと悲しくなるときもあるし。

洞口 すごくあります。このへんに(お腹のあたりを手でふれるようにして)感じるんです。ないところから感じます。あ、やっぱり失っちゃったんだと、頭や心じゃなくて、私はここから感じるんです。だから、なるべく考えないようにしているの。考えても堂々巡りですから。

産めない私は、浮気されても仕方がないの?

高橋 昨日、ご本を読み返していて、ハッと思ったことがあります。彼が浮気をしたり、子どもを持ちたいと思ったとき、それを許してあげなくちゃいけない、と書かれていましたね。
がん治療を受けた女性の中には、そうおっしゃる方が少なからずいます。でも、男性が先に病気になるカップルも、いくらでもいるでしょう? 夫は妻に負い目を感じるのかな。私はそこが不思議で、負い目の本質って何だろうと考えるんですが、これまた答えが出ないんですよ。

洞口 女性は受身というか、どうしても「浮気をされても仕方がない」というように考えますね。男性は自分が勃起しないとか、子どもができないといったことで、妻に浮気をされても仕方がないと思うんでしょうか。

高橋 私、男性は必ずしもそうじゃない気がしますが、聞いてみないとわからないですね。ただ、EDの患者さんの話を泌尿器科の医師に聞いたら、男性がEDになると、「うちのかあちゃんに悪い」ということがあるそうです。でも、それもかあちゃん、つまり奥さん自身に聞いてみないと、わからない。かあちゃんは「セックスがなくなって、よかった~!」と思っているかもしれない。

洞口 もしカッパ君ががんになって、性的・生殖的にいい感じじゃなくなったら、私はどうするかと漠然と考えることはあります。私は健康だから浮気をするのかとか、離婚して別の相手を見つけるのかとか。でも、子どもをつくるために、そんなこと考えなくちゃいけないの!? という感じ。面倒でしょう。

私はもはやそういうところで生きていない気がする

洞口 今でも私は人知れず、子どものことでほわんと悩むときはあります。でも、本当に悩んでいるかというと、そうじゃない。私はもはや、そういうところで生きていない気がします。

高橋 そうなのそうなの。ふっと気持ちが出てくることはあるけど、深刻な悩みじゃないのね。だから、「子どもがもてないのはお気の毒」と第三者に決めつけられては、迷惑千万という気持ちはあります。

洞口 だから何かいうのも、むずかしい気がします。たとえば、私が独身だったらどうだったのか。温存できますよといわれて、何を選択したかと考えても、まったく答えは出てきません。けれども、自分としては手術にあたって、子宮・卵巣をとるという選択しかなかった気もするんです。あるいは、あのときに私が突き進んで「代理母出産やろうよ!」とか「温存しよう」といっていたら、みんなは私を本気でサポートしてくれたりしたのかな!? なんて思うんです。

高橋 本当のところはわからないけど、自分が子どもや孫がほしいということより、ヨーリー(夫君やお義母さんが洞口さんを呼ぶ呼び方)がそうしたいなら、サポートするよ、ということだったのでは?

洞口 ええ。だから、そこを掘り返してエッジをつくって、「あなたたちはこういいましたね」というようなことはしたくないんです。
それでも、考え始めると、いろいろなところに考えが行きます。うち(実家)はどうなんだろう。うちはたまたま弟に2人子どもがいるから、両親には孫が2人いるわけですけど、本当は私の子どもが見たかったんじゃないだろうかとか。

高橋 あの、ごめんね、そりゃ、大好きなわが子の子どもは、見てみたかったんじゃない? うちの場合は、ほかに子どもがいないから絶滅確定(笑)。

洞口 はははは。

高橋 悪かったなあとは思いますけど、しょうがありません。私の親は孫を、私の子どもを、見たかったに違いない。

洞口 言わないでくれるだけなんですね。

高橋 ときどき言いますよ(笑)。私も10年くらい前までは「ごめんね」と言っていましたけど、親も80歳を過ぎると、どうでもよくなっちゃうみたい。ほかにもっと気になる問題が出てくるんでしょうね。

子どもについて考えることも。でも悲壮感はまったくない

高橋 私も、大好きな人を半分受け継ぐ生きものがいたら、すごくかわいいだろうと思います。

洞口 私は妄想するときがあります。あ、あの子ちょっと似てる。あんな感じなのかな、とか。でも、あの子は私寄りだから、もっと彼寄りにするとこんな感じか、ふーん、みたいな。でも、それは自分のひそかな楽しみ。悲壮感はまったくないんです。

高橋 そういうとき「考えてもしょうがないでしょ」とカーテンをひかないで、「どっちに似ても、きっと下ネタ好きだよね」とか(笑)、ちょっと遊びにつきあってくれればおもしろいですよね。それだけのことなんです。

大切なのは、その夫婦が何に価値を置いているかということ

写真:洞口依子さんと高橋都さん

高橋 ご家族やお友だちも、やっぱり状況に慣れてきませんか?

洞口 おそろしいくらいに(笑)。時がいろいろなことをすごく普通にさせてくれます。手術をしてちょうど5年が過ぎましたが、ごく普通に接してくれていたまわりの人たちが、5年のことだけ特別にお祝いしてくれて、それがすごくうれしかった。指折り数えて待っていたのが私だけじゃなく、まわりもそうだったことがうれしかったですねえ。
その友だちも独身だったり、さまざまな事情で子どもがいないんですが、みんなで「いいよねえ」という話になります。違うところで、私たちは楽しく生きていけるもんって。

高橋 大多数の方は子ありライフですが、子ありライフの人が「子どもがいると楽しい」と思うのは健康的だと思います。それは、自分に与えられた人生に楽しみを見出していることですから。一方、子なしライフの人はマイノリティなので、その楽しさは世間に浸透していませんが、これも実はかなり楽しい。だって、子なしライフの私たちも、自分に与えられた人生に楽しみを見出しているから。

洞口 やっぱり、その人やそのカップルが、何に価値を置いているかというところに、戻ってきちゃいますね。

高橋 戻って来ちゃいますね。対談の締めくくりとしては、ちょっと申し訳ないですけど(笑)。


主婦会館クリニック「がん治療を受ける女性のサポート相談室」

高橋都さんが行っているがん治療を受ける女性のためのカウンセリング
毎週木曜日 午後5:00-8:00 予約制(自費カウンセリング)
予約受付電話 TEL 03-3265-8110
主婦会館プラザエフホームページ

同じカテゴリーの最新記事