がん細胞から世界平和まで縦横に語り合う白熱の3時間 「知の巨人」立花さんが自らのがん体験を踏まえ、樋野さんに鋭く迫る がん特別対論・立花 隆(評論家) × 樋野興夫(順天堂大学医学部教授)

撮影:板橋雄一
構成/江口敏
発行:2008年11月
更新:2019年7月

がんの病理診断は経験に基づく感性で

写真:立花さん

立花 病理の先生にいろいろ聞きたいと思っていたことがあります。この患者はこのがんだ、という確定診断を下すのは、病理の先生が責任をもってやることですよね。

樋野 確定診断はがん細胞をもって診断します。がんがあるかどうかは画像でもわかりますが、最終的にはがん細胞を顕微鏡で覗いて診断しますから、病理の仕事です。

立花 病理の専門書も何冊か読んでみたのですが、その判断基準あたりを読んでいくと、境界領域の話が結構多くて、それが本当にがんなのかどうか、微妙な部分がありますよね。僕も膀胱がんの手術をしたものだから、いろんな人にがんのことを聞かれます。先日、子宮体がんと診断された女性の話を聞きました。最初、病理学者Aは「これはがんではない」と言い、病理学者Bは「グレイゾーンだけど、これはがんである」と診断し、そこで染色方法を変えたら、がんであることがはっきりした。
ただ、それは原発がんではなく、乳がんが転移したものだという結論になった。2人の病理学者が異なる診断を下したり、染色方法を変えたら違うものが見えてきたり、その微妙な部分は専門書を読んでもわからない。

樋野 がんは正常細胞から起こりますから、正常細胞とがん細胞には連続性があり、正常細胞に近いものを高分化がん、正常細胞から離れたものを低分化がんと言いますが、正常細胞から離れるほど悪性度が増します。正常細胞と高分化の間に悪性かどうか判断のつきにくい境界病変という段階があります。
病理学者はその境界病変を見て、悪性であるかどうかを、30秒で決めます。その判断の内容を詳しく説明しようとすると、2日かかりますね!(笑) とにかく30秒で判定を下すのです。それはもう経験を積んだ人間の感性ですね。将棋の名人がポンと次の一手を決めるのと同じです。

立花 その診断能力というのは、経験を積めば身につくわけですか。

樋野 確信を持った先生が「これはがんである」と確信を持って言う。その確信に触れて私たちも確信に入るわけです。ですから、確信を持った病理学者の下で学ばなければ、進歩はありませんね。がんは1つの細胞を見ただけでは、良性か悪性��判断できません。人間にも、悪人づらをしていても心のやさしい人、善人づらをしていても悪い人がいるように、がんも1つの細胞を見ただけではわかりません。また、再生している細胞は異型に見えます。それを「再生異型」と言いますが、その「再生異型」と腫瘍性の異型を区別するのも難しい。

生検に送られるがんはほんの数ミリの大きさ

立花 確信を持ったプロフェッショナルな病理学者は、日々、何人ぐらいの患者の細胞を診ているのですか。

樋野 一概に何人とは言えませんが、朝から晩まで、休み休みですが、顕微鏡を見続けますね。リンパ節転移ならリンパ節を、胃がんなら胃がんを見続けます。そういう日常の中で、自然に身体で覚えていくわけです。

立花 そういう眼力を養うまでには、どれくらい顕微鏡を覗くのですか。

樋野 だらだらやっていたのではダメですね。確信を持った先生について一生懸命やれば、数年でできるようになるでしょうね。

立花 確信を持った病理学者でも迷うことはありますか。

樋野 あります。その場合は、みんなと相談です。

立花 カンファレンス(会議)にかける。

樋野 そういうケースもあります。ただ、手術中にがんが送られてきている場合は、出来るだけ早く返さなければなりませんから、他の病理学者と相談してその場で結論を出します。だから、病理学者が1人しかいない病院は大変だと思います。

立花 手術中に細胞を見る場合、病理学者が手術室に行くわけですか。

樋野 通常は、手術室から組織が送られてきます。それですぐに標本をつくって見ます。

立花 手術室から送られてくるのは、どれくらいの大きさですか。

樋野 数センチから数ミリの小さいものです。

立花 それはがんそのものですか、あるいはがんの周辺部ですか。

樋野 目的により違います(浸潤・転移の有無)。また臨床医の能力によってはバイオプシー(生検)で急所からはずれることもあります。

がんの壊死部分を見てもがんと判断できない

写真:樋野さん

立花 取る場所によって、診断の中身が違ってきますね。

樋野 違ってきます。がんがあるのに、がんではないという診断が出るケースもあり得ますね。壊死しているがん細胞の真ん中を取ってきて、がん細胞がないからがんではないと診断するケースもあり得ます。ですから、がんのどの部分を取るかも、臨床医の1つの能力ですよ。

立花 がんの真ん中の壊死した部分を取ると、がんとは判断できないわけですか。

樋野 壊死した部分はもう細胞の形がありません。がんの中心部には栄養が届きませんから、細胞は死ぬわけです。壊死したがんの中心部が送られてきて、病理医が「がん細胞がない」と言って慌てるケースも時にはあります。

立花 昔、石川達三という作家が『金環蝕』という小説を書きました。国の中枢機関が絡む大汚職をテーマにした作品です。石川達三は、国家は中枢から腐ってくる、金環蝕のように周辺は美しく輝いていても、真ん中は暗黒だ、と指摘したわけです。がんもそういう感じですか。

樋野 がんも真ん中は死んでおり、周辺が生き生きしています。それを現代の日本に当てはめれば、真ん中の東京は腐っていて、日本を再生するパワーは周辺部、地方から出てくるということです(笑)。

立花 文明ってたいていそうです。かのアーノルド・トインビーも新しい文明が勃興するのは辺境からだという「辺境文明論」を唱えていますね。

樋野 がんといえども、大きくなると栄養が十分行き渡らなくなって、真ん中は死んでいきます。しかし、血液が流れる周辺部は生きており、そこに生きのいいがん細胞がいるわけです。

立花 先日、ノーベル賞に最も近い物理学者と言われていた戸塚洋二さんが、肺がんで亡くなりました。彼は自分のがん闘病記をインターネットに書いていたんですが、その中に肺がんの写真がありました。それを見ると、肺がんの真ん中がスポーンと抜けるように空洞になっていました。それがいま言われたような状態なんでしょうね。

樋野 そうですね。がんというのは、大きくなれば中心は壊死を伴っています。

転移したがん細胞はなぜ拒絶されないのか

立花 がんをいろいろ勉強していると、人間を含めて生物が生きるというのは、いずれがんになるという運命のどこかの地点にいることだ、という感じがしてきますね。

樋野 がん細胞はより健康な細胞ですよ。ただ、先ほど触れたように、順番がちょっと狂っただけなんです。細胞としてはがん細胞のほうが全然たくましく、健康ですよ。

立花 健康とはどういう意味合いですか。

樋野 がん細胞は飢餓状態のような悪い環境でも生きることができます。正常細胞は栄養を補給するために必須アミノ酸などを摂るわけです。がん細胞も外から栄養を摂りますが、自ら余分なタンパクをつくる力を持っています。そして、そのタンパクを水車のごとく外に出して、また水車のごとく外から入れます。だから、がん細胞は正常細胞の例えば10分の1の栄養素でも、効率よく補給することができるのです。生命力が強い。また、がん細胞は移動して転移もできます。大腸のがん細胞が肝臓でも増殖できるでしょう。正常細胞はそんなことはできません。普通の細胞が移動すれば拒絶されるのに、がん細胞は拒絶されない。それだけ賢明なんですよ。「郷に入れば郷に従え」ということをわきまえています。

立花 がん細胞が拒絶されないのはなぜですか。

樋野 表面を変えて移動しているからです。中身は変わっていない。一見、顔かたちを変えているだけです。そうすると、排除できないのです。がん細胞の1つの能力です。

立花 その場合の表面とは。

樋野 膜です。細胞の膜。

立花 それをどのように変えるのですか。

樋野 要するに、異質と認識されないように変わり、アジャスト(調整)する。何らかのものを出して、周りからアタックされないようにしているのです。痛い、冷たいは急性変化ですが、がんは緩慢な変化です。痛い、冷たいは誰でもわかりますが、緩慢な変化は気づかない。だからこそ、がんは早期発見が困難なのです。


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