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がん細胞から世界平和まで縦横に語り合う白熱の3時間 「知の巨人」立花さんが自らのがん体験を踏まえ、樋野さんに鋭く迫る がん特別対論・立花 隆(評論家) × 樋野興夫(順天堂大学医学部教授)
心のケアに欠かせない全人格的な対応

立花 樋野さんが研究を始めたころのがんは、どういう病気でしたか。
樋野 がんの宣告をするようになったのは、せいぜいここ20年ほどです。私ががんの研究に入ったころは、告知していなかった。医者はがんと診断したとき、患者さんには軽い病名を口にしていましたね。そのために、病状がどんどん悪化したとき、医者は患者さんを避けようとしました。だから、一見、医者は冷たいと見られたわけです。反対に、最近の若い医者はがん患者さんに対して、症状を重く言うケースが増えています。万が一の場合を想定して、大げさに言っておいたほうが責任が小さくて済むと思っているようです。「あなたはあと半年」と、簡単に宣告しますからね。
立花 常に責任逃れを考えている官僚的な発想ですね。
樋野 私たちは病理ですから、がん患者さんの予後は70パーセントぐらいの確率で類推できます。しかし、人間には個人差があります。私は、若い医師に「あと1年」と言われた患者さんから、「1年経ちましたが、なぜ死なないのでしょうか」と言われたこともあります。がんはあまり深刻に考えると、かえってダメです。医者から「あと半年」と言われたら、心配で心配で、本当に半年も保たずに死ぬことだってあります。認知症のがん患者さんが診断より長生きする傾向があるとの説もありますが、もしこれが本当なら、理由の1つは、がんであることを忘れているからでしょうね。深刻になっていない。がん患者さんの生存期間は、そういうことでも延びたり縮んだりする。自分は絶対にがんでは死なない、と思っていたら死なない。
立花 公開されている生存率や生存期間も、あくまで平均値であり、個別の患者に当てはまるとは限らないわけですね。
樋野 あくまで確率論であり、個別性はない。それをエビデンス(科学的根拠)・ベースで強調するあまり、治療が萎縮している面があります。
立花 医師ががんを重く宣告すると、患者が必要以上に早く絶望し、代替医療に走るという傾向もあるようですね。
樋野 アメリカの病院だと、がんと宣告されても、病院に心のケアをするチャプレン(牧師)がいますから、相���できます。日本の病院にはチャプレン的な人がいない。だから、日本ではがん患者の3割が、何らかの形でうつ病になっています。国立がん研究センター、癌研といった専門病院には精神腫瘍学の医師がいて、心のケアを行っています。また、ソーシャルワーカー、臨床心理士が「がん相談」として心のケアを担当している病院もありますが、基本的にはエビデンス・ベースで対応し、患者さんの話を聞くだけで終わっています。患者さんの苦悩を全人格的に受け止め、心のこもった言葉で患者さんを癒やし、勇気づける。それを私は「偉大なるお節介」と言っています。それをしなければ、本来の意味の心のケアにならない。「がん哲学外来」では「偉大なるお節介」をやっていますよ。
立花 心のこもった言葉というのは、たとえばどんな言葉ですか。
樋野 「あなたには死ぬという大事な仕事が残っています」とか、「勇ましき高尚なる生涯」とか、「目下の急務は忍耐あるのみ」とか、「人生いばらの道にもかかわらず宴会」といった言葉です。私がこれまでに出合った感動的な言葉を、自分も語っているわけです。こういう言葉を全人格をかけて語れば、患者さんの背筋が伸びます。
使命を持っている間は生きている価値がある
立花 僕はがんになって、完全に治るとは思っていないし、治る必要もないというか、いずれ死ぬのであれば、最後のところで苦痛がないようにしてもらえれば、それでいいと考えています。がんで死ぬ場合、最後まで頭はクリアな状態を保てると聞いています。抗がん剤を使うと、身体が相当ガタガタになるし、頭もガタガタになるでしょう。それはたまらんと思っているわけです。
樋野 そういう場合は、緩和ケア、ホスピスという手段があります。がんでもその苦しみを体験せずに、天寿を全うして死ぬ「天寿がん」が理想的です。ただ、末期がんの苦しみを味わっている人は悲劇的に見えるかもしれませんが、患者さん本人は、はたから見ているのとは違う見方をしています。私たちが気の毒に思うほどには、本人は自覚していない。そこが不思議です。
立花 天寿がん的に死ねればそれに越したことはありませんが、がんが生じた場所、転移の仕方によっては、相当悲劇的な状況を覚悟しなければなりません。それはくじを引くようなもので、どうしようもない面があるということでしょうか。
樋野 私は、いかに末期がんで寝たきりであろうと、その人が使命を持っている間は生きている価値があると考えています。寝たきりのおばあさんが、ぐれた子供や孫を更正させることや、家族の争いごとを仲裁することもあるのです。そういうのを見て、私は人間は生涯を生きることに意味があるのではなく、その時、その時に使命を果たすことに意味があるのだ、と思うことがあります。不治の病気になってはじめて自分の使命に気づく人もいます。
立花 僕ががんになってから、周囲の人がやたらやさしくなって、気味が悪いぐらいですし(笑)、僕のがんの進行度はT1と大したがんではありませんから、その意味ではハッピーながん患者なのかもしれません。
樋野 立花さんは自分で文筆の仕事を持っていらっしゃるから、ハッピーですよ。がん患者さんの中で悩む人は、仕事で左遷されたり、仕事を変えたりしているケースが少なくありませんからね。会社勤めをしていて重い病気になると、自分の意志で動けなくなり、会社に行けなくなりますから、これはつらいですよ。これからは、60~65歳で定年退職になったとしても、その後10年以上生きるわけですから、その10年の生き方を以前から準備しておかないと、イザというとき大変なことになります。会社の看板に頼って生きている人を、私は“看板かじり”と言っていますが、そういう人に限って、がんになるとうつ病になりやすいようです。
人間の身体には宇宙が内包されている

立花 現在のがん治療のメーンストリーム(本流)は、がんを叩いて絶滅するという考え方ですが、きょうは樋野さんの話をうかがって、それは必ずしも正しくないということがわかってきました。
樋野 がんは共存しかあり得ないと思っています。がんの成長を故意に遅らせて、がんを天寿がんにすることが、がん治療の本質だと思います。がん研究の道は、そのがんに介入して、その人の死を忘却させる方法を成就することです。
死を忘却させることが目的であり、がんはあってもいいのです。つまり、目の前のがん患者さんが、そのがんでは死なないと思えばいい。
立花 そろそろうかがっておかなければならないのは、そもそもがんは何が原因で起きるのか、という点です。
樋野 がんの原因は、遺伝性のものが5パーセント、たばこや大気汚染、食生活などの環境因子が70パーセント、何だかわからない因子が20パーセントです。
立花 そうなんですか。いまの話を聞いて思い出しました。たしかまだ10年経っていないと思いますが、「ダブリュウマップ」(WMAP)という宇宙背景放射探査衛星が、宇宙に関する因子を発見したことによって、宇宙とはそもそも何なんだという見方が、愕然とするほど変わりました。
それによってわかったことは、われわれがこれが宇宙だと理解していたものは、宇宙すべての5パーセントに過ぎないということです。あとはすべて見えない宇宙なのです。
その見えない宇宙が2つに分かれて、20パーセントを占めるのが、“ダークマター”(暗黒物質)と呼ばれるものです。残りの70パーセントぐらいが、“ダークエネルギー”と言われるものです。それが宇宙を膨張させているパワーの源だということはわかっていますが、実はそれがどういう物質なのか、あるいはどういう形のエネルギーなのか、まだ解明されていないのです。
それがいま物理学的な宇宙の学問の中で、いちばん大きな問題になっています。その宇宙の成り立ちの数字と、がんの原因の数字がよく似ていたものですから、面白いと思ったわけです(笑)。
樋野 私たちの身体と宇宙は対応しているのだと思います。私たちの身体のDNAをつなぐと、1200億キロメートルになります。太陽系の直径は100億キロメートルですから、私たちは宇宙を内包していることになります。
がんを予防する道は低カロリーだが
立花 生きることががん化への道であり、がんになったら共存するしかないにしても、がんを予防する道はありますか。
樋野 動物実験では、がんを予防する道は低カロリーです。しかし、低カロリーを続けていると、人間は元気がなくなります(笑)。がんを予防するためには、運動するのもいい。理由はよくわかりませんが、酸素の消費量が高まることががんの予防になるのかもしれません。
かといって、スポーツ選手でもがんになる。先ほどの、同じがん患者さんでも認知症の人のほうが長生きする、という説からすれば、がんのことは忘れたほうがいいかもしれない(笑)。
立花 僕もがんのことは忘れて、仕事に取り組んだほうがいい(笑)。
樋野 結局、がんになることは自分でコントロールできません。ただ、がんになったらどうするか、その反応は自分の意志でコントロールできる。そういうコントロールのできる人が強い。
立花 僕が東大病院に入院していたとき、付き添いの看護師さんが毎日付けていた記録があります。僕はずっと元気だったから、毎日「元気」と書かれています。食欲もあり、よく間食していたから、「間食」とも書かれている。元気がなく食欲のない患者がダメになっていくんでしょうね。
樋野 立花さんの「文藝春秋」の手記を読むと、非常に学術的です。自分の病気を客観的に見て、自分をコントロールできている。医者の中にも、家庭環境、職場環境など、自分個人の日々の一喜一憂に左右される人がいます。そういう医師にあたった患者さんは不幸です。
逆に、自分の人生がいかにいばらの道であろうとも、患者さんに接するときはそれを忘れ、自分自身をコントロールしながら、誠心誠意患者さんのために努力する医師がいます。そういう医師に接することができた患者さんは幸せですよ。そういう医師に限って脇が甘く、付け入るスキがありますが、ふところが深く、患者さんに感動を与えるのです。そういう医療を実現していくためには、医療従事者は謙虚にがん細胞に学ばなければなりません(笑)。
立花 最後にまた「がん哲学」に戻ってきましたね(笑)。
樋野 日野原重明先生は「避けがたい戦争を避けるという難問を引き受けるものはだれか、と問われれば、すべての民族に同じように血液が流れているということを、だれよりもよく知っている医師以外にはない」というオスラー博士の言葉を紹介されていますね。がんは世界共通語ですから、「がん哲学」が世界平和への道を開くというわけです(笑)。
立花 いやぁ、「がん哲学」の奥の深さに驚嘆しました。僕も勇気づけられました(笑)。
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