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がん緩和ケアのコンセプトが未だに理解されていないのが問題です 特別対談・岸本葉子(エッセイスト) × 向山雄人(癌研有明病院緩和ケア科部長)
緩和ケアには延命効果も
向山 当たり前のことですが、緩和ケアによって患者さんのQOL(生活の質)は改善し、より快適に元気に当たり前に近い日々を過ごせるようになります。急性白血病や悪性リンパ腫など一部のがんを除けば、多くのがんはのんびりと進行するものです。抗がん剤が効かなくなった患者さんでも、適切な緩和ケアを行うことで、一定期間をがんと共生して過ごすことが可能です。実際、私のところでもそうして日々の暮らしを楽しんでおられる患者さんがたくさんいます。また、緩和ケアの効用はそれだけではないようなのです。
岸本 どういうことでしょう。
向山 これはアメリカのデータなのですが、緩和ケアによって、高用量のモルヒネを投与して痛みが緩和されている患者さんは、モルヒネを使わず痛みに苛まれている患者さんに比べて、生存期間も有意に延長されているんです。
岸本 素晴らしいですね。緩和医療はQOLの向上のみならず延命にもつながるということですね。
向山 もちろんこのデータはレトロスペクティブな(うしろ向き)研究なので何らかのバイアスがかかってはいるでしょう。しかし、私自身は、これはもっともな結果だとも思っています。オリンピックに出場した選手が骨折しながら優勝を果たしたように、人間の心と体は常に対話しています。緩和ケアで苦痛が消えて気分がよくなれば、食欲も出て、良く眠れ、体の働きも活発になるからでしょうね。
岸本 おっしゃるとおりですね。私たち人間は機械ではないですから、ドクターや看護師さんから伝えられた言葉ひとつで、元気になったり、逆にショックを受けて落ち込んだりもします。それが体調にもストレートに影響することは、がん患者としての経験からも言えます。
私はいまがん患者の仲間といっしょに「希望の言葉を贈りあおう」というネット上の企画を進めているんです。がん体験者やそのご家族には、医師や看護師さんをはじめとする、周囲の人から贈られた言葉で、希望を持つことができたという人が少なくありません。そんな言葉を集めて、広く紹介しようというものです。医療スタッフの方々にもご覧いただければ幸いです。この企画で、緩和ケアに携わる先生方や看護師さんたちにも感謝の気持ちが伝わって、モチベーションにつながれば、こんなにうれしいことはありません。
向山 それは素晴らしい。そうした患者さんからの働きかけは医師の意識を前向きに転換させるうえで、とても大切な意味がありますね。
生への希望を与える医療
岸本 もうひとつ、個人的な問題かもしれませんが先生にお聞きしたいことがあるんです。緩和ケアには薬物によるケアだけではなく、いわゆる心のケアも含まれますね。その心のケアによって患者さんは死を受容できるとも言われますが、本当のところはどうなのでしょう。死を受容することが、患者の心のありようとして望ましいようにいわれますが、もっと生きたいと思うのも自然なことだと、私自身は考え続けています。
向山 それは難しい問題ですね。
死の受容は簡単にできることではないでしょう。ただ敬虔なクリスチャンの方など一部の患者さんには、死を受容される人がいたことも事実です。がん患者さんには身体的な痛み、精神的な痛み、社会的な痛み、そしてスピリチュアルペインと呼ばれる4つの痛みがあります。そのなかで最後のスピリチュアルペインに苦しんでいる人のなかには少数ですが、永遠の安寧を求め、死を受け入れる人もいました。ただ、その場合も新たな世界への希望から死を受け入れられていることが多いように思います。
岸本 緩和医療はそうした死の受容にも影響を与えるものなのでしょうか。
向山 がん緩和ケアは生きることに希望をもたらす医療ですが、死の受容に影響を与えることもあると思っています。もっとも医療従事者のなかにも、勘違いしている人がいます。先日も当科の患者さんを紹介した他県の医師から「紹介された患者さんが死を受容していない。緩和ケアを行ったのになぜですか?」と問い合わせがあり、困惑しました。死の受容やスピリチュアルペインは、その患者さんの人生観、価値観、死生観などで全く異なった苦痛になります。これは永遠の課題となるでしょう。
岸本 私自身が「死の受容」という言葉が先走りする傾向を危険視していたものですから、先生のお話を聞いて安心しました。これからも緩和ケアの力を借りて快適で健やかな生を願い続けたいと思います。1人でも多くのがん患者が希望に満ちた人生を送るために、先生のご活躍に期待し、応援しています。
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