「拷問」と感じる患者の立場、淡々と管を挿入する医師の立場思いもかけない腸閉塞で事態は急変

監修●幡多政治 横浜市立大学大学院医学研究科放射線医学准教授
文●川本敏郎
イラスト●佐藤竹右衛門
発行:2010年8月
更新:2013年7月

身の置き所がない状態に苦しむ

病床に戻って30分後、主治医のS医師とY医師がやって来て「1週間、管で腸液を抜けば、むくみはとれるでしょう」と、こともなげにいいます。鼻の管が1週間も入りっぱなしになっているかと思うとゾッとしました。鼻から喉に管が入っていると、じっとしているのがつらいというか、できないのです。まさに身の置き所がないという言葉がぴったりで、同じ姿勢を維持していられず、あっちを向いたりこっちを向いたり、楽な姿勢になるようにベッドを上げても身を委ねられません。ましてや、本など読んでも、ちっとも活字の意味が頭に入って来ず、数行も読み進めません。

先の大矢さんは「1週間もすれば、慣れてきますがね……」と教えてくれましたが、そのときのわたしには、とても1週間など耐えられないように感じられました。

それから30分後、またY医師が来て便通はあったかと聞きます。ないと答えると、「管を入れるときの造影剤で、腸が刺激を受けて便通があるものですが……。腸の働きが悪いなぁ」といいました。便が出たのは、それから30分後でした。軽くいきむと、途端に管を通って腸液が出てきました。じつにきれいな黄色でした。

大矢さんによると、昨日の緑色の胃液は腸閉塞によるもので、胃液にしても腸液にしても色は胆汁によって付くとのこと。黄色とばかり思っていた胃液は、健康な人の場合、無色透明なのだそうです。

管を抜くに当たって究極の選択

翌朝、いつものように新聞を買い求めましたが、数行の記事を読み通すことが出来ません。鼻に管が入っているだけで、それほど集中力がなくなるのです。

その日の夕方、Y医師が来て、「今日のレントゲン写真を見るとかなりよくなっているので、思ったよりも早く治るでしょう」と期待を持たせる言葉をかけてくれました。左腹部のドレーンの跡から出る液も、随分減っているそうです。

わたしは喉が痛いので、のど飴をなめてもいいかと尋ねたところ、渋々、いいでしょうと答えてくれました。

鼻から小腸まで管を入れて3日目の午前、Y医師とI医師が来て、「大分よくなりました」と告げました。そして、本来なら管を入れたまま流動食を食べて様子を見て、それで大丈夫のようなら管を抜くのだそうですが、わたしの場合、あまりにも苦しそうだから、この段階で管を抜きましょうといってくれました。そのときの心境は、飛び上がらんほど嬉しかったのですが、すぐに言葉が続きました。

「良くないようだったら、また管を入れますが、いいですね」

わたしにとっては究極の選択のように思えましたが、まずは目先の安寧に浸りたい気持ちのほうが勝りました。

管をスルスルと抜くと、それは1メートル以上ありました。その気持ちのいいこと、すっきりとした開放感といったらありません。急に元気になった気がしてきました。

再度、1からやり直して徐々にクリア

翌日は「水分制限なし」です。朝、I医師が来て腹部を触診しました。まだ張っているといいます。手術後、腸の動きが遅い人がいるそうですが、わたしはそのタイプのようです。腸閉塞のむくみがとれて腸が動くようになるまで時間がかかりそうなので、ゆっくりやっていきましょうと諭すように言いました。夕方にI医師がまた来て、「しばらくは、水だけでいきましょう」といいます。

Y医師がてきぱきとことを運ぶのに対して、I医師はのんびり構えるタイプのようです。同じチームでも、医師の性格によって細かい治療方針は違うのでしょうね。

その日、遊歩道を散策しました。じつに1カ月ぶりで、吸い込んだ外の空気の新鮮なことといったらありません。桜もきれいに咲いていました。

翌日、今日も水だけかと思っていると、看護師が「昼から流動食が出ます」と教えてくれました。流動食は、重湯、じゃがいものポタージュ、桃のジュースでした。

また、1歩ずつ、回復への階段を歩むことになり、午後には遊歩道を歩き、スクワットを50回ほどやって、衰えた筋肉を鍛え直しはじめました。

2日後、Y医師が腹部を触診して「問題ないな」とつぶやくように言い、「1週間遅れましたが、明後日、耳鼻咽喉科の診察を受け、その後どうするか相談して下さい」とのことでした。

その日は、ずっと体に繋がれていた点滴が夕方には取れるといわれ、シャワーを浴びることができるそうです。

元気になってきましたが、5分粥の食事は、前回のことがあるので気持ちが慎重になっているせいか、昼食は3分の1ほどしか食べず、夕食も食べ過ぎないように胃に相談しながら半分ほどと控えめにしました。食後は、どちらも胸焼けがしました。

翌日、Y医師は腹部を触診してこういいました。

「張り気味ですね。食事を止めるまでではありませんが、当面、半分ほどにして水を多めに摂ってください。点滴の針はそのままにしておいて下さい」

結局、点滴の針が完全に取れたのはさらに翌日(手術後20日目、腸閉塞を起こしてから9日目)、ようやくテープのかゆみから開放されました。お腹の張りはそ の後も続きましたが、レントゲン写真を見る限り、問題ないとのことで、晴れて4月20日に耳鼻咽喉科に転科することになりました。

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