肺がん薬物療法最前線―― 分子標的薬と、オプジーボに代表される免疫チェックポイント阻害薬が、肺がん治療をここまで変えた!

監修●西尾誠人 がん研有明病院呼吸器内科部長
取材・文●菊池亜希子
発行:2018年2月
更新:2019年1月


自身の免疫機能で、がん細胞に打ち勝つ

2015年末、日本中を駆け巡った「新薬オプジーボ承認」のニュースを覚えているだろうか。1つの薬剤承認があれほど注目されるのは珍しい。それは、この薬がこれまでのがん治療薬とは根本的に性質が異なるからだった。

増殖しているがん細胞を死滅させようとする化学療法と、がん細胞が発信する増殖シグナルを遺伝子レベルで遮断しようとする分子標的薬、いずれも、がん細胞自体に働きかけて、その作用を食い止めようとするものだ。それに対し、「免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞ではなく、自身の免疫機能に働きかける薬なのです」と西尾さんは説明する。

免疫細胞(T細胞)は、本来、体内の異物を攻撃するのだが、実は、攻撃し過ぎて自己免疫疾患に陥らないよう、攻撃を制御する仕組みを備えている。それがT細胞にあるPD-1受容体。ここに「攻撃をストップせよ」というサインが送られると、T細胞は異物攻撃を止めてしまうのだ。がん細胞は、その仕組みをうまく利用して、T細胞からの攻撃をかわしていたことが判明した。

つまり、がん細胞がPD-1受容体に働きかけて免疫機能を遮断する前にT細胞にアプローチし、異物攻撃を止めないよう誘導するのが免疫チェクポイント阻害薬。「がん細胞を自らの力でやっつけることができるようになる薬」と言えるかもしれない。その第1号がオプジーボというわけだ(図3)。

図3 オプジーボの作用メカニズム

免疫チェックポイント阻害薬が適用になるのは、がん細胞にPD-L1という T細胞に異物攻撃を止めさせてしまう分子が発現している場合に限られる。ただし、1次治療としてはオプジーボは承認されておらず、化学療法などを経て、なお進行、もしくは再発した場合の2次治療以降に適用される。

一方、オプジーボの後に登場したキイトルーダ(2016年承認)は、1次治療での使用が承認された。よって、初期治療で免疫チェックポイント阻害薬を選択する場合は、キイトルーダになる。

ちなみに、オプジーボ、キイトルーダに続くアテゾリズマム(一般名)という免疫チェックポイント阻害薬が現在申請中。今年中には日本でも承認される見込みで、その後も新薬登場が続く見通しだそうだ。

薬選び��基準はどこに

こうなると、分子標的薬にせよ、免疫チェックポイント阻害薬にせよ、新薬が次々登場する中で、どれを選択すべきか、という話になってくる。

EGFR遺伝子変異に関しては、「イレッサとタルセバとジオトリフ、どれを使っても大差はないと考えます」と西尾さん。もちろん、臨床試験結果に細かい違いは出てきたが、「それは臨床試験を行う際の、患者さんの取捨選択の仕方などから生じた誤差と言っていい範疇(はんちゅう)でしょう」というのだ。

そうなると、判断材料は副作用の出方だろう。副作用の強さからいうと、〝イレッサ<タルセバ<ジオトリフ〟とよく言われるが、「実はこれも、そもそもの規定量による血中濃度の違いから生じている」とのこと。

イレッサの規定量による血中濃度は、タルセバの3分の1。つまり規定量の設定の違いによる副作用の差でもあると、西尾さんは指摘する。言い換えると、タルセバやジオトリフは規定量が多い分、減量することが可能で、用量調整がしやすい。それらを総合的に考え合わせた上で、どの薬剤を選ぶかを判断するそうだ。

「ただし、タグリッソだけは全く違います。タグリッソは、T790M変異が原因のイレッサ、タルセバ、ジオトリフの耐性に対し、T790M変異にピッタリ合うよう設計し、再びがん細胞の増殖シグナルを遮断することに成功した分子標的薬なのです」

ALK融合遺伝子については、最近、ザーコリとアレセンサの比較試験で、効果や副作用を総合的に判断してアレセンサのほうがよいとされた。問題はアレセンサの後だ。

「アレセンサに耐性ができたときの薬が、今年末か来年あたりには出てくると思います」と西尾さん。

アレセンサかジカディアかという検証はまだされておらず、現在、1次治療としては、アレセンサを選択することが多くなっている。ちなみに、ROS1融合遺伝子に承認されている薬剤はザーコリのみである。

免疫チェックポイント阻害薬に関しては、臨床試験の結果から、1次治療薬として承認されているのは、いまのところキイトルーダのみ。前述の通り、オプジーボは2次治療以降での選択肢となっている。

化学療法と血管新生阻害薬の役割

ここで忘れてはならないのが、従来の化学療法だ。分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の華々しい登場で追いやられがちだが、いやいや、やはり化学療法は薬物療法の要であり、外すことはできない。

なぜなら、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬だけでは、すべての肺がんを網羅することはやはり無理だからだ。ピンポイントに作用する分子標的薬は、遺伝子変異検査で陽性にならなければ使えない。免疫チェックポイント阻害薬も、がん細胞にPD-L1が発現していなければ適用しない。それに比べ、増殖している細胞すべてに直接作用する化学療法は、遺伝子変異検査すべてに該当しない場合でも、効果が期待できるのだ。

がん細胞と正常細胞の違いは、増殖しているか、していないか。つまり、増殖細胞すべてに当てにいく化学療法は、すべてのタイプのがん細胞を対象にしているからこそ、昔も今も、絶対に欠かせない。かつ、もし遺伝子変異検査で分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が適用になったとしても、いつかは必ず耐性が訪れる。そのとき頼りになるのは、やはり化学療法なのだ。

肺がんにおける化学療法は、プラチナ系製剤を含む併用療法が主である。同時に、2009年に登場したアリムタを中心に据えたプラチナ製剤併用も増えたという。アリムタはがん細胞が増殖するために必要な葉酸の代謝過程を阻害し、細胞死を起こす抗がん薬。腺がんに効果が出やすく、単独で維持療法にも使われる。

さらに、化学療法に欠かせないのが、血管新生阻害薬のアバスチンだ。アバスチンは血液をがん細胞に届かないようにして栄養を遮断し、がん細胞を兵糧攻めにする薬だが、「それだけではない」と西尾さんは強調する。

「アバスチンは、血管の透過性をよくして、抗がん薬が効率よくがん細胞に行き渡るようにしてくれるのです」

つまり、アバスチンは化学療法と併用することで化学療法の効果を上げ、かつ、がん細胞を兵糧攻めにする働きも併せ持つ。化学療法には欠かせないパートナーと言えるだろう。現在、分子標的薬や免疫チェック阻害薬との併用も検証されており、よい結果が出れば、さらなる治療の進化が期待できる。

昔は、薬物療法と言えば、初めにこれを使って、次はこれ、という一本道だった。しかし今は、化学療法、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、血管新生阻害薬、という4種類が同じテーブルに載っていて、どれとどれをどう組み合わせるか、その組み合わせは限りなく広がっている。これが現在の薬物療法なのだ。

「10年前は〝進行性肺がん〟というと絶望的なイメージでしたが、今は明らかな手応えとして全然違います。〝がんとの共存〟も詭弁ではなくなったし、〝個別化治療〟も現実になりました」

最後に、免疫チェックポイント阻害薬登場による今後の可能性について聞いてみた。

進行性肺がん患者に対するオプジーボの検証は現在も続いていて、特記すべきは、生存率の長期カーブが最終段階で水平になっていることだという(図4)。

「これまでの薬はすべて、生存率カーブが緩やかにはなっても、最終的にはゼロになりました。ところが、オプジーボは現時点で水平になっています。これは、進行性肺がんが治癒するかもしれない、という可能性を示唆しています」

近い将来、進行性肺がんが治る時代がやってくる――そんな期待が現実になる日を、現代医学はすでに見据えているのかもしれない。

【分子標的薬/EGFR阻害薬】 イレッサ=一般名ゲフィチニブ タルセバ=一般名エルロチニブ ジオトリフ=一般名アファチニブ タグリッソ=一般名オシメルチニブ

【分子標的薬/ALK阻害薬】 ザーコリ=一般名クリゾチニブ アレセンサ=一般名アレクチニブ ジカディア=一般名セリチニブ

【免疫チェックポイント阻害薬】 オプジーボ=一般名ニボルマブ キイトルーダ=一般名ペムブロリズマブ

【抗がん薬と血管新生阻害薬】 プラチナ系製剤=シスプラチン(商品名ブリプラチン/ランダ)やパラプラチン(一般名カルボプラチンなど) アリムタ=一般名ペメトレキセド アバスチン=一般名ベバシズマブ

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