日本初!免疫チェックポイント阻害薬の臓器横断的適応 高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)大腸がんにもキイトルーダ承認

監修●赤木 究 埼玉県立がんセンター腫瘍診断・予防科長
取材・文●菊池亜希子
発行:2019年3月
更新:2019年8月


ミスマッチ修復機能欠損とマイクロサテライト不安定性(MSI)

次に、遺伝子が傷つく(変異が入る)とはどういうことかを見ていこう。

遺伝子変異とは、「予期せず遺伝子が書き換えられる」とも表現できるそうだ。自然の営みの中でどうしても起こってしまうものもあるし、紫外線や煙草、発がん物質などによって引き起こされる場合もある。

人間の細胞は成長とともに細胞分裂を繰り返し、そのたびにDNAは複製されていく。その過程で、塩基配列に間違いが起こりやすい場所がある、と赤木さんは言う。

「ゲノムの中に存在する塩基の単純な繰り返し配列のことを〝マイクロサテライト〟と呼びます。マイクロサテライト部分ではDNA複製時に繰り返しの回数に変化が起こりやすく、たとえ1回の間違いでも、その後、タンパクに翻訳されるときには全く違うアミノ酸になってしまいます。そのため人間は本来、そうした複製時に生じるミスマッチを修復してくれる働きを持っているのです」

それがミスマッチ修復機構(mismatch repair:MMR)。たとえDNA複製時にミスマッチが起きても、ミスマッチ修復機構が正常に働いていれば、それらは元通りになる。ただ、問題はミスマッチ修復が機能しないときなのだという。

「ミスマッチ修復を担うタンパクは、主にMLH1、MSH2、MSH6、PMS2の4つです。この中のどれか1つでも機能が損なわれると、ミスマッチが修復されずに残ってしまい、そこから本来存在しない異常なタンパクが産生されてしまいます。それらの中に、がん抗原になるものがあるのです」

ミスマッチ修復を担うタンパクのいずれかに異常が起きて、ミスマッチ修復がなされなくなっていることをミスマッチ修復機能欠損(mismatch repair-deficient:dMMR)という。

「ミスマッチ修復機能欠損が起こると、マイクロサテライト領域のミスマッチが修復されず、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)が起こるようになります」

DNAが複製されるたびに、遺伝情報(DNA)の単純反復配列部分にミスマッチが多く発生してしまい、MSI-Hに陥ってしまうというわけだ。

「MSI-Hは、ミスマッチ修復機能欠損が起きていることを間接的に捉えている現象とも言えます」と赤木さんは指摘する(図3)。

アミノ酸は3個の塩基配列で決まるため、塩基配列が1個でも増減すると読み枠がずれてしまい、本来とは全く違うアミノ酸の配列になり、それまでに存在していなかったタンパクを作り出す。すると、免疫細胞は当然、「異物だ!」と認識し、攻撃を開始するのだ。そうした現象が、細胞分裂のたびに体中の至るところで起こる。つまり、ミスマッチ修復機能欠損が起こるということは、遺伝子変異によるアミノ酸の変化がたくさん起こり、異常なタンパクが増えていくということ。それは、免疫細胞から異物として認識されやすい。そして、免疫治療が効きやすいがん、ということに繋がるのだ。

ミスマッチ修復機能欠損しているかどうかを見極める検査

ミスマッチ修復機能欠損しているかどうかを間接的に知る方法として、マイクロサテライト不安定性の状態を調べるのがMSI検査。この検査でMSI-Hであれば、キイトルーダ適応となる。ちなみに、この検査は保険適用されている。

もう1つの方法として、ミスマッチ修復タンパクそのものの存在を直接確かめる免疫染色検査(免疫組織化学的検査)がある。MLH1、MSH2、MSH6、PMS2というミスマッチ修復を担う4つのタンパクを染色して、正常に機能しているかを見定める検査だ。現時点ではまだ保険適用されていないが、近い将来される可能性がある。

「これらの検査のどちらか一方でも陽性と出れば、ミスマッチ修復機能欠損が起こり異常タンパクを量産している状態。つまり、免疫の攻撃対象になるし、免疫治療が効果的である可能性が高いと判断されます」

これらの検査を行うには、手術や生検によって採取したがん組織が必要となるわけだが、そもそも、MSI検査はいつすればよいのだろうか。今回のキイトルーダ承認は、あくまでも「化学療法後に増悪した進行・再発のMSI-H固形がん」が対象。標準治療である化学療法が効かなかったときに初めて使うことができるのだ。

「標準治療後、すぐ免疫治療へ進むためには、標準化学療法が終了する1カ月前には、MSI検査を始めたほうがいいと思います」と赤木さんは言う。

検査のための腫瘍組織がない場合は生検が必要になり、それにかかる時間も合わせて考えておく必要があるからだ。

ただ……と赤木さんは続けた。

「大腸がんは化学療法を行う前に、がん組織を採取してKRAS、NRASやBRAFといった遺伝子を調べます。BRAF遺伝子に変異が見つかった場合は、予後不良のことが多く、またMSI-Hである確率も高いので、なるべく早めにMSI検査を行うことが大切です。さらに、検体が残り少ない場合なども、RAS検査を行った後、検査会社に検体が残っているうちにMSI検査に出すことを検討してもよいかもしれません」

遺伝カウンセリング外来で正しい知識と対処法を

冒頭で述べたようにMSI-Hとなる頻度は低いものの、大腸がんにおいては、以下のような場合はMSI-Hの可能性があるので、早めのタイミングでMSI検査を行うことを検討してほしい、と赤木さんは指摘する。

「若年(50歳以下)発症の大腸がん、高齢者の盲腸がん、上行結腸がん、横行結腸がんの方。とくに女性にMSI-Hが多い傾向があります」

加えて、1つ注意してほしい点があるという。

「MSI検査は従来、遺伝性腫瘍であるリンチ症候群を見つけるために行われてきた検査です。そのため、MSI検査でMSI-Hであるということは、キイトルーダの適応であると同時に、遺伝性のがんである可能性もあるということになるのです。とくに若年発症のがんでMSI-Hあった場合、その可能性はかなり高いことになります。そうした可能性も十分理解したうえで、MSI検査を受ける必要があります。

また、MSI-Hであった場合、リンチ症候群の可能性があるわけですが、それは家族の健康にとっても重要な情報ですので、可能な限り家族の中で情報を共有することが大切です。そして必要以上に不安がらず、遺伝カウンセリング外来などで、正しい知識と対処法をお聞きになってください。知ることで安心できることがあります」

最後に、今回の臓器横断的キイトルーダ承認を経て、今後のがん治療の展望について、赤木さんは次のように語った。

「がん治療全体の流れとして、免疫治療を早い段階に持ってくる方向に動いています。その流れは今後も加速するでしょう。ただ、免疫治療は効果がある人とない人が明確に分かれます。ミスマッチ修復機能欠損によるMSI-Hが、免疫治療が効果を現わす遺伝子特徴だとわかったことが今回の臓器横断的承認に繋がりました。

免疫治療が効く人は、MSI-H以外にもいるはず。そしてバイオマーカーはまだまだあると思うのです。免疫治療に反応する人を見つけ出して、早い段階から免疫治療を。そういう治療体系に今後は組み替えていくことになると思います。今はまだ〝化学療法後〟という規定がついていますが、近い将来、化学療法前にも免疫治療ができる日が来るはずです」

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