新たにウイルス療法や免疫チェックポイント阻害薬など 悪性度の高い膠芽腫などの脳腫瘍治療に見えてきた可能性

監修●西川 亮 埼玉医科大学国際医療センター包括的がんセンター脳脊髄腫瘍科診療部長/埼玉医科大学教授
取材・文●半沢裕子
発行:2019年4月
更新:2019年5月


再発膠芽腫に「ウイルス療法」の可能性

そんな中、まったく新しいタイプの膠芽腫治療薬が医師主導治験で「非常に有効」との結果が報告され、3~4カ月後に製造販売承認申請が行われる見込みという。東京大学医科学研究所附属病院脳腫瘍外科教授の藤堂具紀さんらが開発した遺伝子組み換えのヘルペスウイルスを用いた治療で、世界に先駆け日本で開発されている。

がんのウイルス療法とは、がん細胞だけで増え、正常細胞では増えないウイルスを遺伝子組み換えによって作り出し、がん細胞に感染したウイルスが殖えることにより直接がん細胞を死滅させる。

藤堂さんらが開発したのは、単純ヘルペスウイルス1型(口唇ヘルペスのウイルス)の3つの遺伝子を改変した第3世代のがん治療用ヘルペスウイルス。初期治療後に残存または再発した、膠芽腫の中でも予後(よご)の悪い患者を対象に、「手術+放射線照射+テモダール」の標準治療にウイルス療法を上乗せする第Ⅱ相試験を実施した。

投与方法は開頭または穿頭により、脳の腫瘍に直接ウイルスを注入する。最大6回までの繰り返し投与で、2018年7月、治療開始1年を経過した13例で中間解析を実施。主要評価項目の1年生存割合は被験者13人中12人の92.3%だった。これは他の複数の臨床試験結果から算出された標準治療の1年生存割合(15%)と比較して飛躍的に高かった。副作用で最も頻度が高かったのは発熱だが、入院期間の延長が必要になったのは16例中2例の発熱のみと安全性も確認された。

西川さんは言う、「観察期間は治療終了後2年間で、続けて観察する必要はありますが、非常に有効と言えます。とくに、浸潤性の高い膠芽腫は手術などで取り切ることが難しいので、周囲のがん細胞に感染するウイルス療法は効果が期待できるのではと思います」

この療法は脳腫瘍以外でも治療できるそうだ。

アバスチンは浮腫対策に有効

このほか、比較的使われる薬剤に、がんの血管新生を阻害する分子標的薬アバスチンや脳内留置用剤ギリアデルなどがある。

アバスチンは二重盲検(プラセボ対照)ランダム化比較試験(AVAglio)で無増悪生存期間(PFS)が有意に延長したとの結果を受け、日本でいち早く初発膠芽腫に保険承認されたが、その後、全生存期間(OS)は有意に延長せずとの結果が出て、結局日本以外では承認されなかった。

西川さんは言う、「アバスチンは浮腫をとる効果が非常に高いため、浮腫を生じやすい膠芽腫でこの薬が使えるのは患者さんにとっていいことだと思います。ただ、膠芽腫の生存期間を長くする治療効果はないということを念頭においてください。使い方に注意することが必要だと思います」

ギリアデルはがんを切除した場所に留置して、取り切れなかった腫瘍に直接作用する薬だ(図5)。

「表面から5㎜くらいしかしみ込まないので、残った腫瘍が5㎜以上の厚みがあると効果がありません。国際的な第Ⅲ相試験でも有効かどうかは境界線で、浮腫などの副作用も意外と出ます。使いたがらない脳外科医も少なくありません。それでも、腫瘍がきれいに取れた場合には効果が期待できるので、使った場合と使わない場合の結果を比較する臨床試験がまもなく日本で始まるはずです」と西川さん。

さまざまな薬剤、投与法で、新たな可能性が模索される膠芽腫だが、西川さんはもうひとつ、PET診断に使うアミノ酸を保険適用してほしいと語る。がん診断に使われるPETの多くはブドウ糖に放射線をラベルしたものでだが、脳はもともとブドウ糖の消費量が非常に多いため、脳内で大量消費され、画像が真っ赤になる。脳腫瘍の検査には向かないのだという。

「私たちはメチオニンという物質に放射線をラベルしたものを自前で作ってPETを実施しています。これはアミノ酸なので、がん細胞で分裂しているところだけが光ります。現在、ある企業がメチオニンによく似た物質でPETの治験を行い、承認申請を行っていますが、なかなか認められません。悪性脳腫瘍の診断はMRIで血液脳関門が壊れている範囲を見ることに加えて、メチオニンPETで代謝を観察することによってより正確な診断がつきます。これから必須の検査なので、1日も早く認可してほしい」と西川さん。

アバスチン=一般名ベバシズマブ ギリアデル=一般名カルムスチンを用いた製剤

脳の悪性リンパ腫で標準治療化しつつあるR-MPV療法

「脳腫瘍診療ガイドライン」に取り上げられているもう1つの原発性脳腫瘍、中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL:以後、悪性リンパ腫)。8〜90%はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫で、脳のどこにでもできる悪性の脳腫瘍だ。60歳以上の男性に多く、近年患者は増えている(図6)。

治療は病理診断を確定したのち、高用量メソトレキセート(HD-MTX)療法と、その後、全脳照射する化学放射線療法。しかし、初期治療でこれらを行っても再発率が高い。

そんな悪性リンパ腫治療におけるトピックは、HD-MTXを含む多剤併用薬物療法。ガイドラインでも推奨グレードBとして紹介されているが、とくに、「分子標的薬リツキサンに大量メソトレキセート、ナツラン、オンコビンを併用するR-MPV療法は、数年前『非常に成績がよい』と米国で報告され、日本でも急速に広がっています。先進的な医療機関では、すでに常識になりつつある治療といってもよいと思います」と西川さん。

リツキサンはB細胞リンパ球の表面に現れるCD20というタンパク質に選択的に結合する抗体薬。近年、全身性のびまん性細胞型B細胞リンパ腫でもCHOP療法にリツキサンを加えたR-CHOP療法が標準治療となっている。悪性リンパ腫では当初、その効果が疑問視されていた。脳細胞には毒物などの物質の流入を防ぐための関門(血液脳関門)があり、リツキサンはこの関門を透過しにくかったためだ。

悪性リンパ腫は膠芽腫よりさらに浸潤性が高いがんで、関門を透過できない治療薬では効果が得られない。ちなみに、メソトレキセートはこの関門を透過するため、大量投与療法が普及した一方、びまん性細胞型B細胞リンパ腫に効くCHOP療法が悪性リンパ腫で効かないのも、これらの薬剤が関門を透過できないためと考えられている。

ところが、早期の悪性リンパ腫では、病巣の腫瘍塊内部では関門が壊れているため、リツキサンが透過できるとの期待から、リツキサン併用化学療法の第Ⅱ相試験が米国などで行われ、有効性と忍容性(副作用が少なく、続けられるということ)が示された。

主な臨床試験は、米国メモリアル・スローンケタリングがんセンター(MSKCC)が行った臨床試験だ。R-MPV療法を5サイクルまたは7サイクル行って完全奏功(CR)が得られた症例に対し、減量した全脳照射を行い、大量キロサイドの維持療法を行ったところ、全52例中30例(60%)で完全奏功となり、減量照射を行った。この減量照射例での2年無増悪生存期間中央値は77%で、無増悪生存期間中央値は7.7年だった(MSK-01-146試験)。

西川さんは言う、「例えば、非常によく効いて腫瘍が消失した場合、この療法を7クール行い、放射線をかけないこともあります。それで治ってしまう患者さんもいます。薬剤が多くて驚きますが、どの薬剤も普通に脳外科でも使うことができるもので、特段の注意を要する強い薬剤ではない点も、急激に広がった理由だと思います」

そのほか、盛んに臨床試験が行われているのは、やはり免疫チェックポイント阻害薬。まもなく報告が出てくる予定という。

もうひとつ、膠芽腫の標準治療薬テモダールは悪性リンパ腫にもよく効くと言われ、初発の患者に対し、従来の標準治療である「HD-MTX療法+放射線」にテモダールを追加した群と追加しない群を比較する第Ⅲ相試験が進行中という。中間解析結果が今年(2019年)の末にはでるとのことだ。

なかなか有効な治療が出てこない膠芽腫と悪性リンパ腫ではあるが、それでも開発は多方面で進められ、期待のもてる治療も登場しつつある。

西川さんは言う、「効果的な治療が思いがけず近いうちに登場する可能性もあります。希望をもって治療を続けてほしいと思います」

メソトレキセート=一般名メトトレキサート リツキサン=一般名リツキシマブ ナツラン=一般名プロカルバジン オンコビン=一般名ビンクリスチン CHOP療法=エンドキサン(一般名シクロホスファミド)+アドリアシン(ドキソルビシン)+オンコビン(ビンクリスチン)+プレドニゾン キロサイド=一般名シタラビン

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