腎盂・尿管がんの最新治療 再発・進行がんに免疫チェックポイント阻害薬も標準治療に

監修●榎本 裕 三井記念病院泌尿器科部長
取材・文●半沢裕子
発行:2019年6月
更新:2019年6月


基本は手術で腎盂尿管全体を摘出すること

そこで診断だが、腎盂・尿管がんの病期(ステージ)はTNM分類に基づき、0期~Ⅳ期に分類される。Tは原発巣の拡がり度、Nは原発巣に所属するリンパ節への転移の有無、Mは遠隔転移の有無を表す。

最も早期のTaはがんが粘膜内に留まっているため表在がんと呼ばれ、粘膜下層に浸潤しているが、筋層には達していないT1以上は浸潤がんと呼ばれる。組織の壁が薄くて浸潤しやすく、事実初診時の約70%が浸潤がんという。

遠隔転移(他の臓器への転移)が認められない場合、治療の主体は手術となる。術前の画像診断などによって浸潤がんの疑いがある場合は、術前に抗がん薬を投与する術前化学療法を行ったあと、手術を行うこともある(後述)。

尿管の端を残すとそこにがんが発生しやすいことから、手術では片側の腎と尿管全体を摘出する。具体的には、腎盂が腎臓の中にあるため、片側の腎臓から尿管、尿管がつながっている膀胱の一部までをすべて切除する。標準術式とされているのは開腹手術だが、近年、腹腔鏡による手術の進歩がめざましく、T2までなら腹腔鏡手術は「長期予後(よご)に遜色なく、低侵襲手術に共通した利点があり有用な術式」とガイドラインにも記載されている。

榎本さんは「この10年で腎盂・尿管がんの手術が腹腔鏡手術にシフトしたのは事実。私たちの病院でも腹腔鏡手術のほうが多くなりました。しかし、癒着が起きている場合などもあるので、腹腔鏡にこだわり過ぎず、術前にどちらにするか見極める必要があります」と述べる。

リンパ節郭清(かくせい)は行うのだろうか。

日本泌尿器学会(JUA)ガイドラインにはTa~T1ではリンパ節郭清を省略するのが妥当とする2013年の欧州泌尿器学会(EAU)ガイドラインが紹介されている一方、リンパ節転移が疑われない症例でも行ったほうが、生存率が良好とする日本の例も紹介されている。

榎本さんは「膀胱がんで膀胱を全摘するときは、リンパ節郭清をしたほうが予後が良いとする成績が圧倒的に多く、リンパ節郭清をするのが標準的です。ですが、腎盂・尿管がんの場合は所属するリンパ節の範囲も広く、郭清して予後がよくなるかどうかの決着はついていません。どちらかというと行ったほうがいいとされていますが、どの医療機関でも行われているという状況ではないと思います」と言う。

患者としては残したいと思うところだが、「腎盂・尿管がんの場合���基本的に切除するのは片側であり、切除するのはかなり上のほうなので、リンパ節郭清を行っても足の浮腫(ふしゅ)などの副作用が出ることはほとんどありません」と続けた。

また、手術には腎温存手術という方法もあるとのことだが、これはあくまで「切除できない」患者のための術式。例えば、もともと片腎しかない人や、腎機能が悪くて切除すれば透析を免れない人などが対象となる。

榎本さんは「尿管に内視鏡を挿入してがんを切除したり、レーザー治療する医療機関もあります。しかし、多発する性質を持つ腎盂・尿管がんで、この方法は長期的な安全性が担保されていません。実際、全摘除した腎盂尿管を検査に出すと、あらかじめわかっていた病変以外のところにポツポツとがんができていることも少なくありません。

さらに、麻酔を必要とする尿管鏡でのフォローを定期的に行う必要もあります。患者さんの負担は大きく、しかも再発したら浸潤がんだったといった場合の不利益を考えると、残すのはリスクが大きいと言わざるを得ません。私たちの施設では、下部尿管がんで明らかにがんが限局している早期の場合で、患者さんが望む場合に下部尿管のみ切除という手術を行っています」と手術の現状を述べる(図4)。

化学療法は術前にという方向へ

腎盂・尿管がんに対する化学療法は、「同じ尿路上皮がんでも膀胱がんに対する化学療法には多くのエビデンス(科学的根拠)があるのですが、腎盂・尿管がんにはほとんどなく、『同じ尿路のがんだから』というのを根拠に、膀胱がんと同じ化学療法を用いることが多いです。実際に臨床経験としても効果が認められるので、私たちも同じように使っています」ということになるのだそうだ。

腎盂・尿管がんに対して行われるのはM-VAC(エムバック)療法とGC療法。M-VACとはメソトレキセート(一般名メトトレキサート)とエクザール(一般名ビンブラスチン)、アドリアシン(一般名ドキソルビシン)、一般名シスプラチン(商品名ブリプラチン/ランダ)の多剤併用療法で、GC療法とはジェムザール(一般名ゲムシタビン)、シスプラチンの2剤併用療法だ。

榎本さんは、「もともと尿路上皮がんにはM-VAC療法しかない時代が20年も続きました。その後、M-VACと比較して成績が劣らない治療としてGC療法が、膀胱がんの治療として登場しました。成績的には『非劣性(劣らない)』というだけですが、副作用が少ないため、今はGC療法が膀胱がんのファーストラインとして使われることが多いです」と言う。

M-VACの副作用はかなり強く、吐き気や白血球が減少(骨髄抑制)し、治療が続けられない患者もいるという。また、GC療法は、日本人では血小板減少が起こりやすいとのこと。GC療法については、10年ほど前にシスプラチンより副作用の少ないパラプラチン(一般名カルボプラチン)が承認されてからは、ジェムザールとパラプラチンの2剤併用が使われることもあるという。

「シスプラチンは体表面積で投与量を決め、パラプラチンは腎機能で投与量を決めるので、手術で腎臓を片方失っている腎盂・尿管がんの患者さんに、パラプラチンは明らかに使いやすいですね」

化学療法は、手術前または術後どちらがいいのだろう。

「膀胱がんではどちらが有効か長い論争がありました。膀胱全摘の場合には術前のほうが予後がよいという結果が出て、最近は『化学療法をやるなら術前』という方向になっています。腎盂・尿管がんはここでも膀胱がんにならう形で、現在、術前に行うことが多いですね。術前なら腎臓も残っていて腎機能が保たれているため、投与しやすいということもあります。なおかつ、腫瘍が小さくなれば、完全切除できる確率も高くなります。一方で、術前化学療法で効果が認められなかった人は、手術が遅れるという不利益をこうむる可能性があります」

そして、免疫チェックポイント阻害薬キイトルーダ登場!

「それ以外」の薬剤が長く待たれていた腎盂・尿管がんだが、2017年12月、免疫チェックポイント阻害薬キイトルーダ(一般名ペムブロリズマブ)が、セカンドラインの治療薬として使えるようになるという大きなトピックスが届いた。

尿路上皮がんの患者で、プラチナ製剤(シスプラチン、カルボプラチンなど)を含む化学療法を行ったあとで、がんが再発または進行した人を対象とするものだ。

根拠となったのは、国際共同第Ⅲ相臨床試験(KEYNOTE-045試験)。有効性と安全性が確認された。主要評価項目でキイトルーダ群は化学療法群[タキソール(一般名パクリタキセル)、タキソテール(一般名ドセタキセル)、ビンフルニン(一般名)]と比べて死亡リスクが27%減少し、全生存期間(OS)中央値はキイトルーダ群で10.3カ月、化学療法群で7.4カ月という結果だった。副作用もキイトルーダ群は60.9%で、化学療法群90.2%より少なく、その内容も掻痒症、疲労、悪心などだった。

榎本さんは、「免疫チェックポイント阻害薬は、やはり効く人には非常に効き、効かない人には全然効きません。効く人は長く効き、投薬を止めても効果が持続すると言われています。患者さんのQOL(生活の質)は明らかによく、髪も抜けません。まだ承認されて1年半、つまり、長く使っている人で2年未満ですが、いつまで続ければいいのか、いつ止めても大丈夫なのか、今も手探りの状態です。一方、免疫系の副作用はそれなりに見られます。あらゆる自己免疫疾患が起こる可能性があり、私たちとしても気が抜けません。しかし、キイトルーダはすでに腎盂・尿管がんにおけるセカンドラインの標準治療といっていいと思います」

尿路上皮がんに対する免疫チェックポイント阻害薬の登場は、数10年ぶりのパラダイムシフトとも言われているという。他の薬剤との併用の治験なども続々行われている。新たな併用療法が登場する可能性は高い。その可能性の実現を待つためにも、腎盂・尿管がんの患者は治療後、どんなことに気をつければいいのだろうか。

「手術を受ければ必ず片腎になるので、腎機能が低下するのは避けられません。ですから、慢性腎臓病が進行しないようにすること、つまり、生活習慣病にならないよう気をつけることが大事です。体重や血圧をコントロールし、食事に気をつけましょう。腎機能の程度によっては食事制限も考えます。そして、もし高血圧や糖尿病などの生活習慣病があれば、早めに治療を受けることです」と榎本さんは留意点をあげている。

また、前述したように、腎盂・尿管がんの治療後は2~3年以内に膀胱がんを発症する確率が高いことで知られている。それも含め、定期的な検診を欠かさないことが大事と言えるだろう。

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