複合がん免疫療法が、がん薬物療法の主力に! 免疫療法の個別化医療を目指す

監修●北野滋久 がん研究会有明病院先端医療開発センター副センター長
取材・文●菊池亜希子
発行:2022年4月
更新:2022年4月


抗がん薬が免疫療法を助けている可能性も?!

一方で、抗がん薬治療が、免疫療法をアシストしている可能性もあるらしい。

「免疫系は、がん細胞が壊れて、がん抗原がタンパクレベルまで小さくなって初めて、抗原提示細胞として認識することができます。つまり、がん細胞がアポトーシス(自死)でひっそり死ぬより、抗がん薬によって同時により多くの細胞が死んでくれたほうが、免疫系ががんを認識しやすくなる可能性があるのです」

もう1つ、免疫系ががん細胞を認識する目印となるのが「遺伝子の傷」。抗がん薬ががん細胞を叩くことによって、その目印となる遺伝子の傷を増やしてくれる、という期待もあるそうだ。

ただ、抗がん薬が免疫療法にもたらす可能性があるこれらの効果については、まだ理論上の話。可能性としては大いに期待できるが、現在、検証中とのことだ。

術前療法、術後補助療法としても

話を複合がん免疫療法に戻そう。

現状、転移・再発の初回治療として、従来の標準治療に免疫チェックポイント阻害薬を上載せした同時併用という形で臨床試験が進み、有効性が確認されたら新たな標準治療に承認されるという方式で、複合がん免疫療法は進化を続けている。

さらに最近の新しい傾向として、免疫療法をより早い段階、つまり周術期に入れる検証も進んでいる。術前療法、もしくは術後補助療法として、複合がん免疫療法が登場してきたのだ。

「直近で言うと、トリプルネガティブ乳がんの手術前に、キイトルーダと化学療法の併用療法を行ってから手術する第Ⅲ相試験『KEYNOTE-522』の結果が報告されました。近い将来、承認されるのではないかと期待しています。これが承認されたら、免疫チェックポイント阻害薬が本格的にトリプルネガティブ乳がんの術前療法に入ってくることになります」

食道がんでは、既に術後補助療法としてオプジーボが承認済み。

現在、胃がん、肺がんなどでも、術後補助療法として、免疫チェックポイント阻害薬単剤、もしくは併用療法での申請が行われていて、承認に期待がかかっている。

「術前、術後、つまり周術期に免疫チェックポイント阻害薬を入れるのは、治癒を目指していることを意味します。がんを治し切る最後の一手は、これまで化学療法がメインでしたが、近い将来、免疫療法もその一翼を担うことになっていくでしょう」

転移・再発がんが治癒を狙えるまでに

複合がん免疫療法の大きな可能性を示す結果が、先日、米国から報告された。

メラノーマに対するオプジーボ+ヤーボイ併用療法における6年半に及ぶ長期フォローアップ「CheckMate067試験」の結果が出たのだ。それによると、転移・再発メラノーマの生存率49%という驚異的な数字を叩き出した。

米国の臨床試験なのでそのまま日本人に置き換えるわけにはいかないが、免疫チェックポイント阻害薬以前の転移・再発メラノーマの余命が8カ月ほどだったことを考えると、その驚くべき有効性は明らかだ。

「これはつまり、全身に広がった固形がんに関して、これまでは〝延命〟でしかなかったものが、免疫療法によって〝治癒〟を狙える状況になってきたということです」と北野さんは、その意味について言及した。

がん薬物療法の第Ⅰ相試験に日々携わる北野さんが、いま進んでいる治験を見渡すと、複合がん免疫療法に繋がることを想定した組み立てが過半数を超えているそうだ。つまり、がん薬物療法の過半数は免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法ということ。「当面は、がん薬物療法の主役は免疫チェックポイント阻害薬といっても過言ではない」との先述の北野さんの言葉の意味は、ここにある。

免疫療法の有害事象はなぜ起こる?

最後に忘れてはならないのが、免疫療法にも副作用(有害事象)がないわけではないということだ。免疫チェックポイント阻害薬は細胞を攻撃するわけではないのに、なぜ有害事象が起こるのだろうか。

「本来、免疫系とは、自己と他者を区別して、自己でないものは排除するという仕組みです。ただ、人間は発生時、誰もが体内に自己の細胞(自己抗原)を認識して攻撃するリンパ球も持っていて、それらは基本的に胸腺(きょうせん)で排除されてからこの世に生まれてきます。ところが排除され切れずに、体内に残っている場合があるのです」

その場合、免疫チェックポイント阻害薬によって、自己抗原を認識するリンパ球も活性化し、自分自身の細胞や組織を誤って攻撃してしまうと考えられている。だから免疫療法の有害事象は、体のどの部位に現れるかわからないのだ(図4)。

「免疫療法を受けても何の有害事象も起きない人が多い一方、体のさまざまな部位に有害事象が現れる人もいるのはこのためです。これは、生まれてくるときの偶然であって、誰に起こるか、どこに起こるか、全くわからないのです」

皮疹、下痢、腸炎、肝障害、肺炎、神経障害など、その症状は多岐に渡る。症状に現れるものはすぐに対処できるが、注意すべきは症状に現れにくい、甲状腺機能障害、下垂体不全、副腎不全、1型糖尿病といった内分泌障害。

「そういった意味でも、免疫療法を受ける場合は、ぜひ、がん薬物療法に精通した腫瘍内科医が常勤していて、どんな有害事象が起きても対応できる各種診療科が揃った病院、もしくは連携できる施設を選択してほしいと思います」と北野さんは助言する。

免疫療法の個別化医療を目指して

有害事象という注意すべき点はあるものの、自身の免疫系でがんの治癒まで狙える免疫療法は、やはり大きな希望だ。その中でも、今後、さらなる期待が集まるのが複合がん免疫療法なのだ。

そして今、もっとも必要とされるのが、患者さん1人ひとりについて、どの治療が効を奏すかを読み取れるバイオマーカーだ。

今話題の全ゲノム解析ができるようになると、バイオマーカーの開発が進み、免疫療法のみで治療できる人、免疫療法に抗がん薬を組み合わせたほうがいい人、さらには免疫療法以外の治療法を選択したほうがいい人、が明確に分かるようになる可能性があるという。

「それはつまり、患者さん一人ひとりに、もっとも適切な治療法が提示できるようになるということ。免疫療法における個別化医療の時代が到来することを意味します」と、北野さんはその日を切望しつつ、日々の研究に邁進していると語った。

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