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1人ひとりの遺伝子と免疫環境で治癒を目指す! がん免疫治療が進んでいる
がん細胞の巧妙な動きとは?
ところが、免疫系をすり抜けてきたがんは、私たちの想像を遥かに超えて巧妙でしたたかです。
「がん細胞の多くはT細胞に簡単に見つかるようなわかりやすい遺伝子の傷(遺伝子変異)を持ち合わせていません。免疫系がこのようながん細胞を攻撃対象と見なせなければ、免疫応答、特にT細胞応答は作動しないので、ICIで免疫抑制分子にブレーキをかけようにも、かける相手がいないため、がんは痛くも痒くもありません」と西川さんは話します。
「T細胞が認識して反応するがん抗原は、95%以上が付加的な遺伝子変異(パッセンジャー遺伝子変異)に由来していることがわかっています。そもそも、がんの発生に直接関わる重要な遺伝子変異(ドライバー遺伝子変異)が免疫系に見つかりやすいものならば、そのようなドライバー遺伝子変異に依存しているがん細胞は発がんの途中で免疫系に見つかって淘汰されているでしょう。そこをすり抜けてがんになるわけですから、がん細胞が持つドライバー遺伝子変異のほとんどは、免疫系が反応しづらいものなのです」
一方、T細胞も決してがんの巧妙さに屈しているわけではありません。がん細胞内の付加的なパッセンジャー遺伝子変異をT細胞レセプターを介して認識して、攻撃に繋げようと懸命に反応しています。
しかしながら、EGFR遺伝子変異などのドライバー遺伝子変異、つまり1つの遺伝子変異でがん化させられる遺伝子変異を持つがん細胞ではパッセンジャー遺伝子変異が少ないため、T細胞ががん細胞を異物と認識できず、がんを攻撃するはずのT細胞が、がん組織にほとんど存在していないのです。
がんに対する私たちの理解が不十分なの?
免疫系とがんの関わりを見ていくと、がんの遺伝子変異に基づく「発がん」に対する私たちの理解が不十分であることに気づかされます。
「がん細胞は〝無秩序に増殖する異常な細胞〟と考えられています。しかし、がん細胞が無秩序な増殖を繰り返しているだけならば、いずれどこかで免疫系に見つかって排除されます。実はがん細胞が持つドライバー遺伝子変異は、同時に免疫調節もしているのです」と西川さんは語り、さらに続けました。
「例えばEGFR遺伝子変異は、がん細胞にケモカイン(化学メディエーター)というタンパク質を作らせ、その作用によってTregを引き寄せるとともに、キラーT細胞を遠ざけています。また、びまん性胃がん(スキルス胃がん)に頻繁に見られるRHOA遺伝子変異は、がん細胞に脂肪酸を作らせることで、脂肪酸を消費するTregの生存を助け、増殖させています。つまり、がん細胞は無秩序な増殖を続けながら、免疫抑制細胞を自身に引き寄せたり、活性化させることでT細胞の攻撃から身を守っているのです」
「さらに言うと、キラーT細胞よりTregのほうが多い免疫環境下では、抗PD-1抗体薬でT細胞を活性化させるとTregのほうが優位に活性化してしまい、免疫抑制を増強することでがんを悪化させてしまいます」と西川さんは警鐘を鳴らします。つまり、免疫系は必ず攻撃と抑制の両作用を備えており、抑制に傾いている環境下でのICIの使用には注意が必要なのです。
がん免疫治療の将来は?
がんに対する理解を広げたところで、再び免疫チェックポイント阻害薬(ICI)に話を戻します。現状、ICIの奏効率が2、3割に留まっているのは、1人ひとりの免疫環境が異なることによります。
「今、患者さん1人ひとりの免疫系の環境を把握したうえで、それぞれの状態に合った形でICIを使用する方向を模索しています」と西川さん。
具体的には、キラーT細胞が多くTregが少ない人には、ICIの抗PD-1抗体もしくは抗PD-L1抗体単剤で効果を期待できます。TregのほうがキラーT細胞より多い人には、まずTregを標的とした治療をしてから抗PD-1抗体もしくは抗PD-L1抗体へ。抑制性マクロファージ(TAM:タム)が多い人にはTAMをコントロールしてから抗PD-1抗体もしくは抗PD-L1抗体を。中には免疫細胞ががん組織にほとんどない人もおられるので、その場合はCAR-T療法などにより外部で抗腫瘍免疫細胞を作って患者さんに投与し、その後、抗PD-1抗体もしくは抗PD-L1抗体を行うといった方法が考えられます。
「Treg除去治療はまだ研究段階です。一方でEGFR遺伝子変異がある場合、前述のようにEGFR遺伝子変異はがん細胞にケモカインを作らせ、その作用によってTregを引き寄せているので、EGFR阻害薬によってTregががん組織から減少することがわかっています。日本では現在、特異的な遺伝子変異を持つがん細胞を攻撃するために分子標的薬が使われますが、実は分子標的薬は免疫調節もしていることが多いのです」と西川さんは指摘し、こう続けました。
「これまでの化学療法は対症療法で、がんの縮小を目指してきました。もちろん急いで救命しなくてはならない場合は対症療法が必要です。しかし、完治を目指すなら考え方を根本から変えて、発がん過程でどのような免疫系の反応が抑制されたのか、もしくはそもそも起こらなかったのかを明らかにし、患者さん自身の免疫系を活用してがんを治癒させる方向に持っていくことが、本来、適切ながん治療だと私は思っています」
がん免疫療法を適切に実施するには、がん細胞が持つ遺伝子変異、そして、それぞれの患者さんのがんがどのような免疫環境を持っているかを知ることが必要です。現在、個々の免疫環境を表すバイオマーカーに基づいて必要な薬を選択することは臨床現場ではほとんど行われていません。バイオマーカーが確立すれば、患者さんにとって不必要な薬剤投与を避けられ、本当に必要な薬剤にたどり着く近道になるでしょう。がん免疫療法でもプレシジョン医療を進めるためにもバイオマーカーの開発が急がれます。
がん免疫プレシジョン医療が進んだ先に、西川さんは何を見ているのでしょうか。
「私たちが目指すのは、がんを治癒させることです。免疫ゲノムプレシジョン医療の流れを、多くのがん種に広げていき、最終的には膵がんや膠芽腫まで到達したいと考え、現在、懸命に取り組んでいます」
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