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新しい分子標的薬はより標的を絞り、より副作用を抑える

監修●笠原寿郎 金沢大学附属病院呼吸器内科臨床教授
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2014年6月
更新:2019年7月


細胞内部の遺伝子にも着目

図3 主なEGFRチロシンキナーゼ阻害薬

がん細胞では、細胞膜上に突き出している受容体の下にあるRasやRafと呼ばれる遺伝子の異常が見られることもある。受容体が刺激されると、細胞内のRasタンパクが活性化、それがMEKなどの酵素の活性化につながり、がん細胞の増殖が促される(図3)。この作用を抑えるのが、selumetinib(セルメチニブ:一般名)だ。

「この分野では、これまでもいろいろな薬が試されましたが、うまくいきませんでした。しかし、selumetinib(セルメチニブ)は抗がん薬のタキソテールとの併用試験で、タキソテール単剤よりもPFSが3倍に伸びました(図4)。OSでも差が開いています。効き目という点では有望視されていますが、副作用が強く、下痢43%、吐き気43%などが確認されたのが難点です」

図4 Ras変異によるがん増殖の模式図

タキソテール=一般名ドセタキセル

別ルートの阻害薬も開発中

がん細胞の栄養源となる血管新生を阻害する薬剤の開発も行われている。nintedanib(ニンテダニブ:一般名)は、受容体のVEGFR(血管内皮増殖因子受容体)、PDGFR(血小板由来成長因子受容体)などを標的とするTKIで、タキソテールなどとの併用で有効な臨床試験成績が出た。

また、がん細胞の増殖や生存の促進に重要な役割を果たすHSP90というタンパクを阻害するganetespib(ガネテスピブ:一般名)という開発中の薬もある。これまでのHSP90阻害薬とは異なる構造を持ち、非小細胞肺がんを始め、乳がんや胃がんなどでも臨床試験が行われている。

個別化医療を目指し、一丸となった新薬開発を

笠原寿郎 金沢大学附属病院呼吸器内科臨床教授

肺がんの新薬開発が盛んに行われていますが、肺がんという疾患は、実は研究がしにくい分野なのです。

理由の1つは、胃がんや大腸がんでは内視鏡を挿入すれば、がんが見えますし、生検もしやすい。しかし、肺の場合は、肺の内部をとろうとすれば気管支からカメラを挿入しなければなりません。胃カメラとの違いは、胃はモノが通るところですが、肺はモノが通らない臓器ということです。枝分かれもしています。

胃カメラなら複数回検査する患者さんもいますが、肺の場合は、そう何回も出来ません。患者さんの負担が大きいからです。そのようなことでモニタリングがしにくく、標的を定める腫瘍細胞を採取しにくいのが特徴です。そのような訳で、肺がん領域では胃がんなどよりも新薬の開発が難しい環境のはずですが、肺がんの研究が進んでいるように感じるのは、薬剤が多彩だからです。

免疫療法との組み合わせも

分子標的治療は、がんをよく見極めてその特徴からどのような遺伝子変異があるのか、どのように抑えればいいか、と狙いをつけることが主眼になります。

しかし、それだけではコントロールは出来ても、がんは治りません。それを補う方法の1つに抗がん薬があります。有効かつ患者さんに負担が少ないものを選んでいかなければなりません。

現在開発が進んでいる免疫に作用する治療法も有効な場合があります。分子標的薬だけでなく、いろいろな方法を組み合わせて、一番良い治療をパッケージしていくのが個別化医療です。この患者さんは腎機能が悪いとか、肝臓が弱いなど、総合的に考えて全体の治療パッケージを考える時代です。
どれか1つでは難しい。

それを考えて、最初の治療はこれ、次はこれ……と、医師と患者さんが相談していくことが大切です。そのために、1つひとつの治療法を研究していくというのが、医療界のあるべき姿だと思います。

日本全体で高まる新薬への意欲

肺がんにおいて新しい薬の開発が進めば、それはほかのがん種にも応用が利くはずです。

肺がんの治療薬の開発は難しいにもかかわらず、スピードは上がっています。特に非小細胞肺がんについては、日本ではEGFR遺伝子変異の患者さんが多いので、医師や研究者、医薬品メーカーの開発意欲はとても高いものがあります。日本発のエビデンス(科学的根拠)を出したいという意識が高いのだと思います。開発のライバルである欧米でも、それを理解していると思います。

ある肺がんの患者さんが治療に訪れて、「日本でまだ承認されていない最新の薬を探して並行輸入したい」と言ったことがありましたが、「日本が一番進んでいるのでその薬はアメリカにはありませんよ」とお答えしました。

これからも医療界が一丸となって、頑張っていかなければなりません。

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