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現在使える薬剤はハーセプチンのみだが、タイケルブ、アバスチン…と続々 乳がんの分子標的薬の現在と将来

監修:佐々木康綱 埼玉医科大学病院臨床腫瘍科教授
取材・文:町口 充
発行:2008年3月
更新:2014年1月

脳転移の患者に有効性が期待される治療薬

どんな薬剤でも同様だが、抗がん剤を長期あるいは反復して使用すれば、効果がなくなってくる。いわゆる薬剤耐性の問題だ。その点で、分子標的薬は狙い打つ標的やその作用などが明確なので、抗がん剤と比べれば薬剤耐性のメカニズムも比較的容易に調べることが可能だ。

「ハーセプチン耐性のメカニズムの1つとして、HER2の変異が明らかとなり、それに対するアプローチも行われています。そこで、ハーセプチン耐性に対して最も有望な薬剤として期待されているのがタイケルブ(一般名ラパチニブ)で、海外ではすでに認可になっている薬です」

ハーセプチンには耐性とは別の問題もある。

ハーセプチンそのものが抗体薬という高分子製剤であるため、薬物が血中から脳内に移行するのを制限する血液脳関門を通過することができない。このため、ハーセプチン投与を続けている患者では脳転移を発症する危険性が高く、また、脳転移した患者には有効でない。ところが、タイケルブは低分子なので、血液脳関門を通過することが可能と考えられ、脳転移の患者での効果が期待されている。

わが国の施設も参加した国際共同臨床試験によると、HER2陽性の乳がんで、脳転移があり、なおかつ脳転移に対する放射線治療がうまくいかなかった患者群に対して、タイケルブを投与した。すると、タイケルブ単独では脳転移巣の縮小は6パーセントだったが、ゼローダ(一般名カペシタビン)との併用で40パーセント以上の症例で脳転移巣の縮小が認められた。

「つまり、タイケルブはHER2陽性でなおかつ放射線に対しても耐性のある乳がん患者さんの脳転移に対して、何らかのクリニカルベネフィット(臨床的有益)がある可能性が高いというのが現在の認識です。
また、日本での治験では、タイケルブを単剤で使ったところ、ハーセプチン耐性の乳がん患者さんに対して24パーセントの奏効率を示しています。これは欧米のデータと比べると比較的高いデータであり、もしかすると、タイケルブは反応性に人種差があるかもしれないといわれています」

ほかにも、HER2陽性の患者に対する術後補助化学療法として、タイケルブとハーセプチンを比較したり、併用効果を調べる大規模な国際共同試験が実施されている。

なお、タイケルブは米国ではすでに認可されているが、日本ではいまだ認可されておらず、昨年3月、乳がん患者を対象にした治療薬として認可申請が行われた。

その他、ハーセプチン耐性を克服する薬剤としてはペルツズマブという薬があり、これはHER2と他のHERタンパクとが結合できないようにすることで細胞内のシグナル伝達を阻害する薬。

また、トラスツズマブDM1という薬は、ハーセプチンに、細胞傷害活性を持つ化合物であるDM1を結合させたもの。

HSP90阻害剤は、がん細胞増殖のシグナル伝達分子に作用するタンパク質(HSP90)の働きを阻害する薬。

いずれも、日本ではまだだが、海外で臨床試験が開始されている。

血管新生阻害剤との併用効果

VEGFをターゲットにする薬剤も注目されている。現在、わが国では乳がんに対する薬としてはアバスチン(一般名ベバシズマブ)の臨床試験が行われている。がん組織に栄養と酸素を運搬する血管網の新生に働く因子であるVEGF内のタンパク質を狙い撃ち、がん細胞の増殖と全身転移に欠かせない血液の供給を阻害する薬だ。

佐々木さんによると、海外ではすでにタキソール(一般名パクリタキセル)単剤の投与群と比較した試験で、タキソール+アバスチンの投与群のほうが効果が高いというデータが出ているという。

「アバスチンは、血中を遊離しているVEGFに対するモノクローナル抗体です。タキソールにアバスチンを追加することによって、病態が悪化しないで生存期間が有意に延長されたというデータが出ています。現在、海外では、術後補助療法でのアバスチンの抗腫瘍効果の検討や、ホルモン剤とアバスチンの併用についての検討も行われています」

一方、VEGF受容体に対しては、受容体の働きを阻害するチロシンキナーゼ阻害剤として、スーテント(一般名スニチニブ)とネクサバール(一般名ソラフェニブ)という分子標的薬があり、腎細胞がんに対する抗腫瘍効果を認めるデータが出ている。わが国でも、つい最近、ネクサバールが転移性腎細胞がんに対する治療薬として厚生労働省から承認された。

ほかにもVEGF受容体阻害剤としてアキシチニブがあり、タキソテールとの併用で十分な効果を発揮した、との報告がある。

併用による効果は新しい形として分子標的薬同士の併用も試みられている。それがハーセプチンとアバスチンの併用だ。HER2が過剰発現しているケースでは、血管新生に働くVEGFの発現も高まることが知られている。そこで、両剤の併用による治療戦略が成り立つ。海外では、ハーセプチンとアバスチンを、転移または再発乳がんでHER2陽性の乳がん患者に併用投与する臨床試験が始まっている。

VEGFに対するそれ以外の製剤では、アフリバセプト(VEGFトラップ)というまったく新しい作用のメカニズムを持つ薬があり、埼玉医大で現在、乳がんを含む進行固形がん患者を対象に、タキソテール併用時の第1相試験が行われている。

アフリバセプトはVEGFの可溶性(血液中にある)受容体に免疫グロブリンの一部を融合させた薬剤。アバスチンと同様、血中を遊離しているVEGFを補足して効果を発揮する薬だ。

同大学ではほかに、パゾパニブの臨床試験も展開中だ。この薬は、スーテント、ネクサバールと同様のチロシンキナーゼ阻害薬で、血管新生阻害作用を持つ新しいタイプの薬。単剤およびタイケルブ併用の第1相臨床試験が行われているところだ。

トリプルネガティブへの有効性

このように分子標的薬は百花繚乱といっていいほどさまざまな薬剤が登場し、大いに期待が持たれているのだが、残された重要な課題もある。

それは、ホルモン受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体/ER、PR)陰性で、HER2も陰性の「トリプルネガティブ」と呼ばれる乳がん患者に対する有効な治療法の模索だ。

「このような人たちには今のところ、ホルモン剤も抗がん剤も効果が乏しいといった状況です。現在、アービタックス(一般名セツキシマブ)という薬が検討されていますが、これはEGFRに対するモノクローナル抗体で、大腸がんの治療薬として近い将来、認可になることが期待されており、海外では第3相の臨床試験が展開中です。さらに、グリベック(一般名イマチニブ)耐性の慢性骨髄性白血病(CML)に対して有効性が確認されたスプリセル(一般名ダサチニブ)という分子標的薬があります。これもトリプルネガティブの乳がん患者さんにも効果が期待されています」

いずれも、1日も早い臨床適応が待たれるところだが、今後の分子標的薬の展望について、佐々木さんは次のように話している。

「トリプルネガティブのような患者さんに対して、本当に分子標的薬が効果があるかどうかは非常に重要な問題ですが、同時に、分子標的薬同士の併用といった新たな治療戦略によって、さらなる治療成績の上乗せができるかどうか、あるいは薬剤耐性を克服するアプローチが成功するかどうかなど、注目すべきテーマは多い。その点ではタイケルブが登場することで、少なくともハーセプチン耐性の患者さんに対する大きな道が開かれたといえます。

いずれにしろ、あと5年ぐらいたつと、いろんなタイプの分子標的薬が集約されていって、新たな標準治療というのものがもっと明確に提示でるようになるのではないか、と思います」

なお、現在申請中のタイケルブが承認されるのは年内とみられているが、具体的な投与方法として、ゼローダとの併用が考えられているという。


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