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第2世代の薬剤も登場。分子標的薬の長所と短所をきっちり把握しよう 分子標的薬――より効果的な使い方を求めて

監修:佐々木康綱 埼玉医科大学国際医療センター腫瘍内科教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2009年11月
更新:2019年7月

期待される併用療法

さらに、より効果的な治療を目指して現在研究が進行しているのが分子標的薬同士、あるいは既存の抗がん剤との併用療法です。実際には「何を基準にして、分子標的薬の併用戦略を進めていくか」が問題になっているといいます。たとえば、大腸がんではアバスチンとアービタックスの併用試験が行われましたが、残念ながら1+1は2とはなりませんでした。併用したほうが副作用が多く現れ、効果は低かったのです。

[大腸がんにおけるベバシズマブ+セツキシマブの効果]
図:大腸がんにおけるベバシズマブ+セツキシマブの効果

出展:N Engl J Med 2009; 360: 563-72

一方、乳がんに対するハーセプチンとタイケルブの併用は現在臨床試験が進行していますが、うまくいく可能性が高いと佐々木さんはみています。

「HER2という同じターゲットを別の角度から攻めていること、そしてタイケルブがハーセプチン耐性の乳がんを対象に開発された薬だからです」

ハーセプチンとタイケルブは、いずれもHER2を標的としていますが、働き方は異なります。HER2は細胞膜を貫通しているので、細胞の表面にある部分と内側にある部分があります。ハーセプチンは細胞表面のHER2に結合してその働きを阻害する高分子の抗体薬です。

一方、タイケルブは小分子化合物で細胞の内部に入り込み、内側のHER2の作用を阻害します。つまり、2剤の併用は細胞の内外HER2に作用し、その働きをより確実に阻害してがんの増殖を妨げると考えられるのです。

[乳がんに対するトラスツズマブ+ラパチニブの併用効果]
図:乳がんに対するトラスツズマブ+ラパチニブの併用効果

出展:O,shaughnessy J, et al. J Clin Oncol ASCO Annual Meeting Proceedings
2008;26(Suppl.): Abstract 1015 and oral presentationを一部改変

さらに、タイケルブはハーセプチン耐性の乳がん治療薬として開発された薬で、実際にハーセプチンが効かなくなった人にも効果が出ています。この2点を考えると、併用で有効だろうと考えられるというのです。

佐々木さんによると、分子標的薬の併用には、3つの戦略があるといいます。(1)ハーセプチンとタイケルブのように1つのターゲットを2つの方法で阻害する(2)EGFRなどが作用する経路の上流と下流を阻害する(3)EGFRとVEGFなど、2つのルートを抑える。「理論上の戦略であって、実際にうまくいくかどうかは、これから検証されていくでしょう」と佐々木さんは語っています。

[耐性を超えて効く乳がんにおけるトラスツズマブの効果]
図:耐性を超えて効く乳がんにおけるトラスツズマブの効果

出展:J Clin Oncol 27: 1999-2006

では、既存の抗がん剤との併用はどうなのでしょうか。

腎細胞がんや肝細胞がんは、これまで化学療法が全く効かなかったがんです。こうしたがんでは、「単剤で効果のある分子標的薬が出てくる可能性が高く、併用も分子標的薬同士の可能性がはるかに高い」といいます。

一方、すでに化学療法で効果があり標準治療があるがんの場合は、「化学療法の効果を拡大し、修飾するものとして分子標的薬の併用がある」と佐々木さんはいいます。その代表がアバスチンです。アバスチンは、抗がん剤と併用して効果がある薬で、単独ではかえって予後が悪くなることが大腸がんで報告されています。

そして、最近注目されているのが、耐性による増悪を超えて効くハーセプチンの特異な併用効果です。HER2が過剰出現している乳がんをハーセプチンとタキソール(一般名パクリタキセル)で治療、耐性ができてがんが増悪してきた場合、これまで2次治療としてゼローダを使うのが標準的でした。

ところが、この時ハーセプチンを残してゼローダと併用すると、奏効率、全生存期間、無増悪期間中央値、いずれも併用群のほうがよいことがわかったのです。つまり、1次治療でハーセプチンに耐性ができた場合、ゼローダとタイケルブ、あるいはゼローダとハーセプチンという2つの選択肢があるわけです。

なぜ、耐性になったハーセプチンが併用するとまた効くのか、これはまだわかっていません。ただ、イレッサの場合もじわじわと効果が薄れてきた時、イレッサを中止するとガクンと悪くなることがあります。PD(進行)といっても、薬が効いていて進行している場合と全く効かずに進行している場合がある可能性も考えられるのです。

ブレークスルーの薬剤開発

分子標的薬の難点はコストが高い点です。「わずかに延命期間が延びるというだけで認可するべきなのか、評価の基準ももう少しつめて検討するべき」と佐々木さんは言います。たとえば、アメリカでは膵がんにジェムザールに加えてタルセバを使うのが標準ですが、これは延命期間がわずか2週間長いという根拠によるものです。

佐々木さんが、分子標的薬として本当に評価するのは「固形がんではハーセプチン、血液がんではグリベックです。他はブレークスルーというほどの効果ではなかった」といいます。

今後、ますます分子標的薬はターゲットも種類も増え、併用療法も進んでいくでしょう。

その中で、きちんと日本人の効果や副作用を検証し、効果と限界を明らかにした上で、各分野の専門医が副作用に迅速に対処する体制を整えて治療を受けられる、そうした方向で分子標的薬の効果が生かされることを望みたいものです。


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