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有効な分子標的薬がなかったEGFRエクソン20挿入変異陽性肺がんに ついに承認された二重特異性抗体薬ライブリバント

監修●安田浩之 慶応義塾大学医学部呼吸器内科准教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2025年1月
更新:2025年1月

「EGFR変異陽性をEGFR阻害薬で治療していると、MET遺伝子が増えて耐性の原因になることがあります。METも標的とするライブリバントは、そうした患者さんにも効くのではないかと期待されています」と語る安田さん

EGFRエクソン20挿入変異は、EGFR遺伝子変異の一種ではあるものの、タグリッソやイレッサなどのEGFR-TKIがまったく効きません。新薬開発は苦戦が続いていましたが、ライブリバントが化学療法との併用でついに承認されました。ライブリバントは二重特異性抗体で、EGFRとMETの両方を標的としています。現在の適応は、EGFRエクソン20挿入変異陽性で、手術できない進行・再発非小細胞肺がんですが、将来的にはもっと広く使われるようになるのではないかと期待されています。また、近年はEGFRエクソン20挿入変異陽性肺がんの治療薬の活発に進められており、新たな薬剤の承認も待たれています。

EGFR阻害薬が効かないEGFR変異がある

進行・再発非小細胞肺がん(NSCLC)の治療では、まず遺伝子検査を行って、ドライバー遺伝子の有無を確認します。ドライバー遺伝子とは、がんの発生・増殖に直接関わっている遺伝子のこと。さまざまな種類がありますが、何らかのドライバー遺伝子が見つかり、それに対する分子標的薬がある場合には、その薬剤が治療に使われます。

非小細胞肺がんで最もよく見られるドライバー遺伝子はEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異です。EGFR変異陽性の非小細胞肺がんの治療には、イレッサ(一般名ゲフィチニブ)、タルセバ(一般名エルロチニブ)、タグリッソ(一般名オシメルチニブ)などの薬剤が使われます。EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)と呼ばれる分子標的薬です。

ただし、EGFRの変異には多くのタイプがあり、そのすべてにEGFR-TKIが効くわけではありません。効かないタイプのEGFR変異があるのです。慶応義塾大学医学部呼吸器内科准教授の安田浩之さんは、次のように説明してくれました。

「EGFRの変異にはさまざまな種類があります。最も一般的な変異は、EGFR遺伝子のエクソン(exon)19という部分の一部がなくなっている『エクソン19欠失変異』と、エクソン21の塩基の並びが一部変化した『L858R変異』です。L858Rは、EGFR遺伝子の858番目のアミノ酸が、ロイシン(L)からアルギニン(R)に変わっているという意味です。この2種類の変異で、EGFR遺伝子変異の8~9割を占めています。これらを含む多くのEGFR遺伝子変異にはEGFR-TKIが有効ですが、まったく効かないとされていたタイプの変異もあります。それが『エクソン20挿入変異』です。EGFR遺伝子変異の5~10%程度を占めています」

EGFR変異があっても、それがエクソン20挿入変異だった場合には、タグリッソなどEGFR-TKIの治療対象とはならないため、ドライバー遺伝子変異がない非小細胞肺がんと同じ治療が行われていました。ところが2024年、エクソン20挿入変異陽性の非小細胞肺がんを対象とした治療薬ライブリバント(一般名アミバンタマブ)が承認され、治療で使われるようになっています。エクソン20挿入変異を持つ肺がんの患者さんにとっては、待ち望まれていた治療薬がようやく登場したことになります。

エクソン20挿入変異の治療薬開発は難航した

治療薬開発がどのように進んできたのか、エクソン20挿入変異の研究に携わってきた安田さんに教えてもらいました。

「EGFRのエクソン20挿入変異があることは、2004年頃にはわかっていたようです。ただ、2009年と2011年に発表された論文では、第1世代と第2世代のEGFR-TKIがまったく効かなかったことが報告されています」

イレッサとタルセバが第1世代、ジオトリフ(一般名アファチニブ)が第2世代のEGFR-TKIです。これらを使うと、エクソン19欠失変異やL858R変異では70~80%程度の奏効率が得られていますが、エクソン20挿入変異の場合は奏効率が0%でした。もう1つの論文でも、エクソン20挿入変異に第1世代・第2世代のEGFR-TKIを投与したときの成績は、奏効率が0%、無増悪生存期間(PFS)は1.4カ月でした。効果がないことが確認されたのです。

「2011年に、私は米国ボストンのハーバード・メディカルスクールとベス・イスラエル・ディーコネス医療センターに留学しました。そのときにEGFRエクソン20挿入変異の患者さんを担当したのですが、イレッサを使ったところ、なぜかよく効いたのです。この意外な症例を経験したことで、エクソン20挿入変異について研究することを勧められ、取り組むことになったのですが、その当時、エクソン20挿入変異の研究はまったく行われていませんでした。完全に忘れられた遺伝子になっていたのです」

実はエクソン20挿入変異にはいろいろなタイプがあり、全部で100種類ほどになります。研究に取りかかった安田さんは、遺伝子変異のデータベースに当たり、どのような変異があるのかを1つ1つ拾い上げていきました。3カ月ほどかけて調べて論文にまとめると、権威ある医学誌である『ランセット・オンコロジー』に掲載が許可されました。

その後、安田さんは、イレッサがよく効いた患者さんのがん細胞から細胞株(生体から切り離した細胞が一定の性質を保持したまま培養できる状態になったもの)が作れたので、その遺伝子変異を詳しく調べてみました。そして、結果を『サイエンス』の姉妹誌である『サイエンス・トランスレーショナル・メディシン』に発表しています。

「エクソン20挿入変異は、変異のタイプが100種類ほどあるのですが、その患者さんの変異は非常に特殊なタイプだったことがわかりました。イレッサやタルセバが効くのは、たぶんこのタイプだけなのです」

その後、安田さんは、エクソン20挿入変異によってEGFRの構造がどのように変化するのかを解析していきました。

「その頃から、EGFRエクソン20挿入変異陽性肺がんの治療薬の開発が、世界中で進められました。しかし、なかなかうまくいきませんでした。いくつもの臨床試験が行われましたが、負け戦が続くことになったのです。私たちも、EGFRエクソン20挿入変異陽性に対するタグリッソの臨床試験を行いました。一般的なEGFR変異陽性肺がんには非常によく効くので、エクソン20挿入変異にも効くのではないかと考えたのです」

しかし、この試験は残念な結果に終わりました(図1)。奏効率は0%で、無増悪生存期間は3.8カ月だったのです。

次に、ポジオチニブ(一般名)という薬剤の臨床試験が行われましたが、よい結果は得られませんでした。モボセルチニブ(一般名)という薬剤の臨床試験も行われています。奏効率が32%までいきましたが、結局、よい成績は得られませんでした。EGFRエクソン20挿入変異に対する臨床試験は、負け戦が続いていたのです。

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