がんになっても快適に暮らすヒント Vol.15 がん患者の心を救うサイコオンコロジー

山崎多賀子●美容ジャーナリスト
発行:2017年10月
更新:2017年10月


カウンセリングを基本に運動療法も治療に

山崎 精神腫瘍科にかかるメリットはどのようなものでしょう。

保坂 がんになれば誰でもショックを受けますし、泣くこともあります。どこまでが正常反応で、どこからが病的なのか、その境目の見極めは専門医でないとできません。初診時にほぼ半数の方に、「正常反応です」と伝えます。正常反応を超えているときは安定薬や睡眠導入薬を使ったり、毎週カウンセリングをして治しましょうと、初診の段階で正しい診断がついて早く適切な治療に進めます。納得されるのか、1回の診察でもかなり症状が軽減されことが多いです。自分で乗り越えようとするよりも、ずっと短期間で治るのがメリットです。

山崎 病的なときはどのような治療が行われているのですか?

保坂 僕のところは、カウンセリングをベースに運動療法も積極的に取り入れています。というのも以前、「これはうつ病です。でも3カ月で治りますよ、良かったですね。薬を処方しましょう」と言ったら、泣かれてしまったことがあって。彼女は「私の体はもう抗がん薬でボロボロなんです。その上にまだ抗うつ薬を飲むんですか」と。それで、ハタと考えてしまって。医師は薬で治療することに慣れてしまっているけど、それではいけないと思い、うつ病の非薬物治療を調べたんです。それで運動療法がいいと思った。なぜなら、僕は日本体育協会のスポーツドクターでもあり、精神医学とスポーツの融合を考えていたからです。

山崎 そうだったんですか!

保坂 はい。アスリートたちのメンタルヘルスと、運動を精神科の治療に使うという両方向の研究をしていました。それからはがん患者さんに、「薬でも治りますが、運動でも治ります」、と積極的に言うようになりました。

山崎 ジョギングや水泳のような有酸素運動と筋トレのような無酸素運動、どちらでもいいのですか?

保坂 どちらでも効果があることは、たくさんのRCT(ランダム比較化試験)で立証されています。運動をすると快楽ホルモンのセロトニンが脳内に分泌されるんです。それに体力もつくし、お腹が減って食欲も復活する。

手術の傷口に影響を受けない運動で、例えば水泳が得意なら「水泳を週3回、1回30分以上泳ぐ」、というのが処方箋になります。運動が苦手ですという方にはスクワットを1日3回、10回ずつやるように、方法を指導します。それでも渋々という人には、「森光子さんもやっていましたよ」というマジックワードを言うと、「じゃあやります」となりますね(笑)��

山崎 ご高齢の場合は散歩でもいいですか?

保坂 散歩でもいいですが、インターバルウォーキング(早歩きとゆっくり歩きを交互に繰り返す歩行法)ですと体力がつくので、その方のできる範囲で指導しています。

どの段階の患者も家族の悲嘆ケアも

山崎 薬を処方する場合もあるのですよね。

保坂 もちろんあります。例えばホルモン療法でセロトニンが急激に減ってしまうことでうつ症状が出ている方は、薬でないと治りません。その場合はホルモン療法の薬とバッティングしない抗うつ薬を選んでベストな治療をすると、症状が改善します。一度改善すれば、そのあとに同じ治療を続けても症状は起こりにくくなるので、抗うつ薬をずっと飲み続けるということはありません。

山崎 どんな状態の患者さんが多いですか?

保坂 告知のショックから立ち直れない人。ホルモン療法によるうつ。再発を受け入れられない人など様々ですが、早期で予後が楽観的な方でも、落ち込みから抜け出せない方が結構いらっしゃいます。進行がんの方は2割くらい。末期の方は最期までお付き合いすることになります。

山崎 末期の方のカウンセリングとは?

保坂 例えば、今日診察に来られた方とは、守護霊の話をし、臨死体験の本を貸し出しました。病院ではできないことでしたが、その方にピッタリの本を探して貸し出すこともしています。

山崎 スピリチュアルな話をするんですね。そういえば保坂さんは高野山大学の大学院も行かれていましたね。

保坂 僕の30年間の精神科医時代に、患者さんを目の前で看取るという経験はありませんでした。それが聖路加で緩和ケアチームに入れていただき、毎日のように看取りを体験したことがショックで。自分に死生観とか宗教観が確立されていないことに気が付き、空海の教えを学びに高野山で勉強しました。今はどういう病期の方でも、その方の人生の深みや面白みとともに、患者さんと話しができています。

がん患者の心のケアにも均てん化を!

山崎 幅広い知識が必要なのですね。専門のクリニックを立ち上げられた理由を聞いてもいいですか?

保坂 患者さんからの要望が多かったからです。とくに他院の患者さんはこれまで、治療をしている病院の紹介状を持って受付をし、僕のところへ来ていた。2つの大きな病院にかかるのはハードルが高いですよね。その点、個人クリニックは自分の病院をベースに、心のケアだけ別のクリニックへ来るという感覚。紹介状もいりませんし、すべて保険診療です。少しでもハードルを低くしたかった。

山崎 心がシンドイ患者にとって、気軽さは魅力的です。HPも立ち上がったばかりですが、全国から初診の予約が入っているそうですね。これからは乳がん以外の方も増えてくるでしょう。

保坂 患者さんのSNSで開院前から情報が広がったようで、すでにいろいろな方が診察に来られています。患者さんご本人はもちろんのこと、今日お1人で来られた男性は、奥さまががんになり、亡くなったら耐えられないという「予期悲嘆」の相談でした。奥さまには聞かせられない話ですから。小児がんの子供をもつ親御さんの相談では、ご自分を責めておられることが多いです。もちろん、がんで亡くなった方の家族のためのグリーフケアもやっています。

山崎 家族もがんサバイバーです。

保坂 がん対策基本法ができて10年、国は、全国どこにいても同じ質の治療が受けられる「がん治療の均てん化」をスローガンに掲げています。僕はそのスローガンをいただいて、「心のケアにも均てん化を」をと、やってきました。独立したのは、これまでの経験を生かし、より自由になって今までできなかったことをやるためです。本の貸し出しもそうですし、今後はスカイプなどのツールをどんどん利用して全国均てん化を目指していくつもりです。

山崎 がん患者の心のケアの医療は、必要とわかっていて置き去りにされてきた感がありますが、この分野はもっと充実していってほしいと、サバイバーとして切に願います。

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