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がんになっても快適に暮らすヒント Vol.16 ニューヨークで日系人の乳がん患者支援を行う「SHARE日本語プログラム」
自分に入る情報をN.Y在住の日本人に伝えたい
愛子 実はSHAREの前に、NESTという日系人の乳がんサポート団体の代表を引き受けた時期があります。私はアメリカ人コミュニティの中で暮らしていたので知らなかったのですが、NESTに関わったことで、日系人のコミュニティの中にいて、アメリカのサポートシステムをうまく利用できていない人がとても多いことに気がついたんです。
SHAREに日本語プログラムを作った発端は、日本語でミーティングをするのに、SHAREのミーティングルームを使わせてくれないかと相談を持ちかけたのがきっかけです。そこで私がSHAREのボランティアになることを交換条件に日本語プログラムが始まりました。SHAREは患者を教育しサポートすることに力を入れている団体ですので、私に入ってくる情報を全部、ニューヨークに住んでいる日本人たちに伝えてあげたいと思ったのが始まりです。
山崎 愛子さんと同じように長く住んでいても、日系人のコミュニティにいると違うのですか?
愛子 全く違いました。どれだけ長く住んでいても、とくに日系企業で働いていたり、夫が日本人という方は、価値観も働き方も日本とあまり変わらず、家庭での会話も日本語がメイン。友人も日本人が多いとなると、アメリカの医療情報が入る量も違ってきます。
アメリカ人は病気になれば、権利を当たり前に主張して医療サービスを受け、仕事も、普通に遅く来たり、早く帰ったりしながら続けています。
山崎 日系人はそうではないのですか?
愛子 仕事に支障が出るのを怖れ、自分や妻の病気を職場に黙っていたり、職場に申し訳ないと無理をする人がほとんどです。医師に言われるままで、自分の権利を主張しません。セカンドオピニオンなど、もってのほかと考える人も多いんです。
山崎 今は日本でもセカンドオピニオンは患者の権利として当たり前になっていますよ。
愛子 そうなのですが、私たち日系人の多くは、日本を出てきた時そのままを引きずっていて、日本が変わったことを知りません。とくに厳しくしつけられた団塊の世代は、人に迷惑をかけないようにと、とても礼儀正しいんです。
山崎 日本に住む日本人よりも、礼儀を守っているところがあるんですね。
愛子 そうなんです。そこで、今は日本も変わったのよって言ってあげるのも、私の役目です。問題は、50代、60代でがんになったときに、頼れる日本の両親はもう亡くなっていて、帰国することもできず孤独感を募らせながら治療を受けることです。夫が亡くなった方は、それはもう天涯孤独の心境です。
そういう方たちは、私たちがチームワークを組んで母になり姉になって受け入れなければ、治療がスムーズにいきません。
山崎 では本人や夫の転勤などで一時的にニューヨークに住んでいる女性が、乳がんや卵巣がんの治療を受ける場合はどうなのでしょう。
愛子 その場合はやはり、言葉の壁が大きいですね。仕事英語や日常会話はできても、医学用語が理解できなくて、不要な治療を受けてしまっている人も少なくありません。
最近は、転勤で何年もこちらに住んでいて、会社から帰国命令が出たけれど、子供たちはアメリカ人として育ってしまったために、永住を決める家族も増えています。
英語が堪能だったり、積極性があれば、人種に関係なく情報を得て、サポートサービスを受けられるのですが、そこへたどり着けずに、不安や孤独感、窮屈さ感じている人も多くいることを知りました。
N.Yで苦しむ日本人にSHAREで日本語プログラムを立ち上げる
山崎 日系人の方がそこまで孤独感を感じているとは思いませんでした。そんなに価値観が違うのですね。
愛子 違います。アメリカ人はどれだけ幸せか、幸せでないかで価値を決めます。そのためには個人の権利を主張するのが当たり前になります。子供もそういう教育を受けて育ちますし、この世に生まれてきた人間1人ひとりの主張が成り立つ国なので、障碍(がい)者なんて言葉も使いません。
日本の教育は、周りに迷惑をかけない、というのが土台にあって、多くの親は、自分の子供を「人に迷惑をかけない大人に育てたい」と言います。ただ、「迷惑をかけない」という意味をはき違えると、自分が優先されなくなってしまうんです。
個人的に起きた病気のために、会社のシフトを変えたり、仕事を休むことが、「迷惑」につながってしまい、肩身が狭い思いがして自分の幸せを主張できない。また、こうした自己犠牲が正しいと思う人は、そうしない人を身勝手だと思ってしまいます。
どちらがいい悪いということではなくて、主張が当たり前の国で、違う価値観で闘病するのはつらいことです。
山崎 日本人とアメリカ人両方の考え方を理解しているから比較ができるんですね。確かに私も、迷惑が掛かることはしてはいけないと思っています。でも価値観の違う国にいるために、治療やサポートサービスの壁になるのは、避けたいですね。その橋渡しを日本語プログラムではしているのですね。
どれくらいのペースで開催しているのですか?
愛子 月に2回。第2金曜日の昼と第4金曜日の夕方に開催しています。お子さんがいらしたり主婦の方は昼間が動きやすく、マンハッタンで仕事をしている女性にとっては仕事帰りの夕方に立ち寄るほうが都合がいいので。
山崎 参加費は無料だそうですね。
愛子 はい。SHAREは参加費もセミナーも無料です。医師や病院のお勧めや紹介をしてはいけないというルールがあります。ただ、経験者同士の会話から、たくさんの情報が得られます。ファシリテータの私は誤った情報を軌道修正したり、困っている方を必要な場所へつなぐなどのサポートをしています。
山崎 ウェブや電話対応もされているのですね。しかも驚いたことに、愛子さんはじめ、みなさんボランティアで活動されているんですって?
愛子 SHAREからは月に2回のミーティングの場所提供と、必要経費は出ますが、それ以外はすべてボランティアです。ほかにJAMZNET(日本医師会と日本総領事館で運営。アメリカで暮らす日系人を医療的に助ける非営利団体)に私がSHAREの日本語プログラムとして加盟して、助成金をもらっていて、それが唯一の収入源です。もちろん私の懐には入りませんが(笑)。
夢はSHAREの本部で日本語プログラムを運営してもらうこと
山崎 愛子さんは今、コーチングという職業をお持ちですが、日本語プログラムを継続するというプレッシャーは大きいのでは? 何が愛子さんを突き動かしているのですか?
愛子 そうですね。1つに、1年半サポートを続けたMさんの存在は大きいと思います。彼女が単身ニューヨークに渡り、夢を叶えようと頑張っていたときに乳がんが分かり、相談を受けました。日本の家族に病気を打ち明けることもなく、不安や孤独と必死で闘いながら前向きに生きたのですが、突然急変して私が看取るという経験をしました。53歳でした。彼女に寄り添いながら過ごした濃密な1年半の間に、色々なことを学ばせてもらったんです。
そして「私は一番いづらい空気を一緒に吸ってあげられる人になりたい」と思いました。1人ひとりがその日安らかになれることが、私にできるサポートの仕方なんだと確信したんです。
これも主人のサポートがあるからやっていけるんですけれどね。皆さんを助けているうちに、これをもっと極めようと思ったのがコーチという仕事につながったと言っていいのかもしれません。
山崎 天職なんですね。それにピアサポート活動は大変ですが、尊いものを得られる機会は多いですね。
愛子 ただもちろん、ボランティアで後に続く人が育たないので、SHAREの本部に日本語が話せる人を雇ってもらい、日本語プログラムを運営してもらうことが私の夢です。
山崎 他に日系人向けのサポート団体はないのですか?
愛子 他に日系人を対象とした団体では「BCネットワーク」という、日米で乳がんの情報発信や啓発をしている団体があります。ニューヨークにはそれ以外はないと思います。
山崎 日系人が多く住んでいるので、もっとたくさんあるのかと思っていました。
では、これからニューヨークで暮らすことになり、乳がんや卵巣がんになってしまったという人の相談にも乗ってもらえるのですね。
愛子 もちろんです。日本でがんとわかってこちらで治療を受けるという場合は、日本からカルテをこういった形で持ってきてくださいとアドバイスができるので、ぜひメールで問い合わせください。
山崎 日本人が海外でがんの闘病をする孤独感は想像以上に大変だと、よくわかりました。ニューヨークに限った話ではありませんが、愛子さんのような活動がボランティアではなく、仕事になり、ずっと続けられる道を探る必要がありますね。
読者の皆さん、ニューヨーク近郊で乳がんや卵巣がんの治療を受けている友人知人の方がいらしたら、ぜひこのプログラムを紹介してあげてくださいね。
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