食事は栄養のためだけではない! がんと闘う自信や希望をも生む がん医療の現場で見直される「口から食べる」大切さ
がん患者さんのための食事革命が始まった!
がん患者に限らず、咀嚼障害や嚥下障害、さらには食欲不振で食べられなくなった患者には刻み食や流動食、さらに点滴や静脈注射による栄養投与が、当たり前のこととして行われている。しかし、そうした状況に変化の兆しが現れ始めている。ここ数年の間にがん患者をはじめとする「食べられない人たち」を対象にした、新たな食品が次々に誕生しているのだ。
「口から食べることは、栄養面以外にも唾液の分泌、吐き気の抑制、せん妄の予防などいくつもの大きな利点があります。もっとも従来の流動食は見た目が悪く、率直にいってまずかった。そこで見た目は一般の食品と同じで、口の中に入れると溶けて食べやすい食品を開発したいと、ずっと考えていました。その夢がようやく叶い始めたのです」
と、語るのはイーエヌ大塚製薬との共同研究で、「あいーと」という咀嚼困難な患者を対象にした摂食回復支援食の開発に取り組んできた藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学教授の東口髙志さんだ。
また、「味のよさ」、「見た目の自然さ」に加えてもう1つ患者にとって大切なポイントになるのが「使いやすさ」。その点でも新たな食品にはさまざまな工夫が施されている。
たとえば「グランダぺティ」という食品を提供しているエス・アイ・ティではチューブ入り食品も開発している。
「患者さんには調理が大きな負担になります。そこでだれでも簡単に利用できる料理の方法を考えました」(代表取締役社長、熊田収馬さん)
フレンチレストランでも


10年12月8日、東京のホテルメトロポリタンエドモントのフレンチレストラン「フォー・グレイン」では一風変わったパーティが開催された。「患者さんとみんなで楽しむクリスマス会」――「食べること」が困難になったがん患者さんやその家族を対象に、新たな「食」の可能性を伝えようというイベントだ。この日の参加者は約60人。
「これからはがん患者さんも、自宅で元気に暮らす時代が訪れます。そのために食べることの大切さ、楽しさをもう1度、理解してもらえればとパー��ィを企画したのです」
と、語るのはパーティの主宰者で長年、がん治療に携わってきた前千葉県がんセンターセンター長の竜崇正さんだ。
その日、用意された料理は「帆立貝のマリネ」「エビのチリソース煮」など25種類。そのすべてに一般のフランス料理と、それを患者さん向けに、ピューレやジュレなどフレンチの手法を用いて流動食にした「ケアフード」が用意された。同ホテルでは、10年6月からこのケアフードをランチ、ディナーのメニューに組み入れている。試しにケアフードの「帆立貝のマリネ」を口に入れると、帆立貝の独特の甘みが舌先に広がり美味が実感できる。これなら健常者でも、十二分においしく食べられる――。

利用者はこうした新たな食品をどう受け止めているのだろうか。パーティに参加したある乳がん患者さんは、「これなら家族と一緒に食事ができる。流動食といっても彩りもきれいだし違和感を覚えることもありません」と語る。
こうした新たな食品はまだまだ認知されていない。
「医療者はもちろん、がん患者さんも食をあきらめている人が少なくない。多くの患者さんに優しい食品の存在を伝えなくては」(竜さん)
このがん患者さんのための食事革命は始まったばかり。本番はこれからだ。
ちょっと特別な日はホテルでコース料理を
「ケアフード」

「もともとフランス料理には食材を柔らかく調理し、食べやすくする技法があります。その技法を用いて、誰でも食べられる料理を考案したのです」
ホテルメトロポリタンエドモントのシェフ、石原さんは言う。
フランス料理をペースト状にしたケアフードは、口に入れるとするりと喉を通り抜けていく。これなら咀嚼や嚥下が困難な状態に陥っているがん患者でも気軽に食事を楽しめる。
実際、利用者の中にはがんをはじめとする病気で、食事が困難になっている人たちも少なくないという。
調理の最大のポイントはいかに食材のおいしさを保つかという1点に絞られている。

「個々の食材に合わせて、水加減、火加減を考えて煮つめてペースト状に仕立てていく。つなぎの食材は一切使わない。リピーターのお客様の場合は、その人の好みや体の状態も考えて料理の柔らかさを決めていきます」(石原さん)
そうした工夫により味だけでなく、見た目にも一般の料理と変わらない自然な色合いが現出されている。また、がん患者さんが家族や友人と同じ料理を一緒に楽しむことができるのは、大きな喜び。
特別な日に、食事に出かけるときを楽しむにも打ってつけの料理といえそうだ。
魚も肉も、そのままの味と形。でも舌で崩せる
「あいーと」

「あいーと」の見た目は、一般の食品とまったく変わらない。それが少しの噛む力で崩せて、口の中に柔らかく広がっていく。
「食物の形状を保つ技法としては従来から凍結浸透法がありましたが、それでは凍結によって栄養が破壊されてしまいます。そこで新たに酵素均一浸透法という技術を開発したのです」(東口さん)
食品に含まれる酵素によって、繊維がばらけ、溶けるように柔らかくなる。だが栄養価は破壊されることなく維持される。
「従来、食事が摂りにくい患者さんが食べる、水を加えてミキサーにかけて形を作る再形成食とは大きく異なります。「あいーと」は、酵素均一浸透法で見た目も味も食感も栄養価もそのまま、だけど舌で崩して簡単に飲み込める、患者さんにとって理想の食事といえるでしょう」
食品としての自然さが保たれている背景には、長年にわたる技術の蓄積があるわけだ。
10月から試験的に発売を開始。現在のメニューは15種類。「さばの塩焼き」「鶏むねの旨煮」など魚や肉のメニューも豊富だ。同じ食材を用いた場合でも「照り焼き」「塩焼き」と、異なる調理法で、利用者に飽きさせない工夫も施されている。利用法も簡単で冷凍保存した食品を加熱すればすぐ食べられる。今年の春にはさらに10数種類のメニューが追加される予定という。利用者にとってはまた「食」の楽しみが増えそうだ。
素材がチューブに。250種類のレシピを自宅で簡単に
「グランダペティ」

「10年前、介護事業に携わっているときに、介護するおじいさんが味噌汁とご飯を一緒にミキサーにかけ、病気のおばあさんに食べさせているのを目のあたりにして思わず涙がこぼれたんです。そこで、誰にでも簡単に作れておいしい料理を提供できないかと、新しい介護食の開発に取り組みました」
と、代表取締役社長の熊田さんが語るように、エス・アイ・ティーの新食品、「グランダペティ」は、さまざまな料理を手軽に楽しめるのが特徴だ。
ゴボウ、ニンジン、カボチャなどの野菜や鶏肉など15種類の食材がチューブや冷凍パックに収められている。これらは料理ではなく、あくまでも素材であることが「グランダペティ」の特徴だ。これらの素材は見た目も色鮮やかで、それだけでもおいしいが、組み合わせによって自在に料理を楽しめるのがポイントだ。
「好みに合わせて、何種類かの素材をさらに盛りつけ和・洋・中のソースを加えれば料理が出来上がります。たとえば筑前煮を食べたいと思ったらゴボウ、ニンジン、鶏肉などの素材に和風ソースを合わせるようにすればいい。15種類の素材の組み合わせで250種類の料理が楽しめます。もちろん食材はこれからもどんどん増やしていく予定です」(熊田さん)
治療費がかさむなかで1食あたり300円程度と安価に食事が楽しめるのもありがたい。日々の食事を自宅でおいしく手軽にと願う人にお勧めだ



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