苦情の嵐の中から考え出された「坊っちゃん食」「漱石食」「マドンナ食」 患者さんの「食べたい」願いを叶えた「副作用対策食」
しみる人には「漱石食」、嚥下障害には「マドンナ食」
ただし、「坊っちゃん食」を出すには、タイミングが大事という。抗がん剤治療を受けると、2日目くらいから食べられなくなる。病院では患者さんに何とか食べてもらおうと、あの手この手で食べ物を勧めるが、
「あたり前のことにやっと気づいたんです。本人に食べたい気持ちが出ないのに、勧めても食べるはずがありません。でも、激烈な吐き気が少しおさまったとき、患者さんが気を取り直す時期が必ず来ます。なぜなら、患者さんは『治療を乗り越えるためには、食べなければ』という気持ちが出てくるからです。
そのとき、多くの患者さんがいうのが、『フルーツなら食べられるかもしれない』。四国がんセンターには、3~4種類の果物を組み合わせたフルーツセットがありますが、これが少しでも食べられると自信につながり、次は、麺セット。日替わりの麺メニューですね。これが食べられると、患者さんはさらに『麺以外でも食べられるかも』と感じます。ここで『坊っちゃん食』を出す。これがいちばん効果的なタイミングです」
「坊っちゃん食」が好評だったことから、副作用で口内炎や歯肉炎ができ、しみて食べられない人のために「漱石食」をつくった。塩やしょう油や酢、唐辛子などを使わず、だしをふんだんに使って味を出す。さらに、食道がんなどでものが飲み込みにくい嚥下障害の人のために、食べ物をムース状にするなどの工夫を凝らした嚥下障害対策食、「マドンナ食」もつくった。
これまでは、抗がん剤や放射線の副作用で食べられないと患者さんが訴えても、極端に言えば「副作用だから仕方がありません」と放置されてきた。あるいは、栄養士が必死に対応しても、「個別対応できる数には限界があり、調理業務がパンク状態になる」(石長さん)。そんながん治療時の食事にはじめて本格的に取り組み、結果を出したのが、石長さんによる副作用対策食だった。
事実、副作用対策食を開始したのち、再びアンケート調査をしたところ、前回は10パーセントに満たなかった「おいしい」が25パーセントに増え、逆に「おいしくない」は約20パーセントから数パーセントまで減った。食事がおいしくないという苦情そのものも、163件から14件に劇的に減っている。


8割が満足できるシステム食
2割の人には個別に対応
そして、石長さんがもう1つのポイントとして挙げたのは、副作用対策食を「病院システムに乗せたこと」だった。患者さんの食事の不満に個別対応するため、病院の栄養管理スタッフの業務がパンク状態にあることは先に書いた。石長さんは言う。
「だからこそ、8割の患者さんを満足させられるメニューをつくろうと考えました。そして、それでも納得できない2割の患者さんに対して、個別に対応すればいい。これで私たちにも個別対応する余裕が生まれ、患者さんの不満も減らせました。看護師も、患者さんの症状をもとにメニューを選択できるようになりました」
看護師に広く副作用対策食が知られるにつれ、別の要望も高まってきた。「在宅治療のがん患者さんやご家族に、食事のアドバイスをしてほしい」という要望だ。飲み薬の抗がん剤や効果の高い吐き気止めなどが開発され、在宅での抗がん剤治療が増え、今後もますます増えていく見込みだ。そんな中、「何を食べたらいいのか」という患者さんや、「何を食べさせたらいいのか」という家族もまた増え、看護師が相談を受けている。
石長さんは四国がんセンター勤務時、スタッフの協力を得て、『食事でお悩みのあなたへ』という冊子を完成させた。在宅治療の患者さんとご家族が、家庭でも副作用対策食をつくれるよう、詳細に解説した手引書だ。
がん治療中の患者さんの「食べる」意欲を守るために
現在、四国がんセンターの外来にはこの小冊子が置かれ、石長さんは現在、東京医療センターで「総合病院における副作用対策食」のシステム化に挑戦。約1年後の09年2月、ここでも食欲不振と吐き気・嘔吐の対策食がスタートした。その名前は、病院の近くの公園に咲く桜にちなみ、「ソメイヨシノ食」と名づけられている。
四国がんセンターに赴任当時、怒鳴られ、罵倒されていた日々の中で、石長さんには忘れられないがん患者さんが何人かいる。その1人である年配女性は、「私は選択食で食パンを選んだのに、ロールパンが来た。いったいどうなっているのか」と激怒した。どうなだめても怒りはおさまらず、石長さんはスタッフをコンビニに走らせ、食パンを買ってこさせたことがある。
けれども、病気が進行したある日、この女性がつぶやいた。
「そろそろお迎えが来とるわい。最近は食パンも吐き気がして食べられなくなった。食パンだけはいつも食べられていたのに」
石長さんは大きなショックを受ける。女性はルールにしたがって食パンを選んでいた。ロールパンはバターの香りがして、食べられなかったからだ。
「決してわがままや不機嫌ではなく、『食パンだけは食べられる』というのが、患者さん唯一の食事への希望だったのです」
がん治療中の患者さんが食べることに対して抱く思いの深さを、石長さんは決して忘れないよう、強く意識している。
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