1. ホーム  > 
  2. 暮らし  > 
  3. 食生活  > 
  4. がんと食事
 

世界中の膨大な数の研究から導き出された世界がん研究基金報告書

監修:坪野吉孝 東北大学公共政策大学院教授
取材・文:柄川昭彦
発行:2008年2月
更新:2019年7月

がんを治療した人にも推奨できる食事法

表2の10番目の項目「特別な集団への推奨2」は、がんと診断され、すでに治療を終えた人たちに対するアドバイスだ。ただ、内容はいたって単純で、健康な人のがん予防として推奨されていることにならう(それが可能であり反対の助言を受けていない場合)、となっている。

実は、今回改訂された報告書の第2版には、がん体験者(cancer survivors)に対する章が設けられている。がん体験者とは、がんの診断を受けて暮らす人たちのことであり、がんから回復した人たちも含んでいる。この章は、第1版にはなかったものだという。

「第2版で、がん体験者の章が設けられたのは、1990年代から、がん体験者に対する関心が高まってきたことが背景にあります。報告書によれば、2002年には、世界中のがん体験者は約2500万人ですが、2050年には約7000万人になると予測されています。健康な人ががん予防のためにどんな食事をするかだけでなく、がん体験者が再発予防のためにどんな食事をするかも、重要な問題になってくるわけです」

第2版のがん体験者の章はわずか6ページだが、10年前から前進していることは間違いない。ただ、食物・栄養・運動とがん生存に関する研究は、まだ初期の段階にあるのだという。そのため、健康な人のがん予防とは別に、がん体験者だけに向けて、何かを推奨することはできなかったのだ。

「いろいろな研究を再検討した結果、がん体験者に限って判定を行うのは不可能だということで、委員会が合意したようです。研究の質にばらつきがあったり、解釈困難な結果が出ていたりして、リスクが下がることが一目瞭然というような研究結果は出ていないということですね」

報告書をまとめるため、どのような研究を分析したのかが明らかになっている。

ヘルシーダイエット(低脂肪などの健康的な食事による治療法)に関しては、12件のランダム化比較試験が対象になっている。しかし、研究結果にばらつきがあったり、研究規模が小さかったりして、はっきりした結論は出なかった。

サプリメントに関しては、39件のランダム化比較試験を再検討している。ただし、対象者が少ない、期間が短い、ランダム化のプロセスに問題がある、プラセボ(偽薬)を使っていないなど、質の低い研究が多いのが特徴。また、大半の研究では、「差がない」「有意差がない」という結果になっている。

運動に関しては、23件のランダム化比較試験を分析した。その中で、再発や死亡をエンドポイントとした研究が3件あり、「有意な効果なし」との結果が出ている。しかし、QOL(生活の質)を目標とした20件の研究では、QOLの指標のうち少なくとも1つが改善した研究���18件あった。がん体験者の治療後のQOLに対する運動の効果を示す根拠となっている。

BMI(体格指数)と乳がんの関係を調べた26件の観察研究(前向きコホート研究・症例対照研究)では、診断前の肥満が予後の悪さに結びつく可能性が指摘されている。もともと肥満していた人が乳がんになると、予後が悪い傾向がある、という研究結果が若干あるようだ。

以上のような分析を行った結果、がん体験者に対して独自に何かを推奨することはできなかった。現時点では、「がん予防のための推奨」の1~9にならうのが、最も合理的なアドバイスなのである。

栄養に関するケアを受けることが推奨されている

この報告書のがん体験者の章では、「すべてのがん体験者(治療前・中・後を含む)が、適切に訓練された専門家から、栄養に関するケアを受ける」ことが推奨されている。

「日本のがん医療では、食事に関して、患者さんが専門家からアドバイスを受けたりすることは、あまりありません。しかし、このように推奨されているのですから、がんの患者さんの食事について、専門家が相談に乗ったり、適切なアドバイスをしたりする機会を作ることが、ますます重要になると思います」

前述したように、がん体験者の人数は、今後爆発的に増えていくと予想されている。社会の高齢化が進めば、がんになる人は確実に増えるし、治療法が進歩してがんが不治の病でなくなれば、がんになっても生存している人は確実に増えていくだとう。そういう時代に向かうことを考えれば、がん体験者への食事指導は、確かに重要な仕事と言えるのかもしれない。

また、現実問題として、がん体験者の食事に関しては、サプリメントの問題を含め、さまざまな情報が錯綜し、交通整理が必要な状態になっている。がんの患者や治療を終えた人たちが、食事に関して、専門的な相談をできる機会が必要なのかもしれない。この仕事を担当するのは、がんに関する専門的な知識を身につけた栄養士がよいのではないか、というのが坪野さんの考えだ。

「がん体験者の食事に関しては、まだわかっていないことがあるし、これから明らかになってくることがたくさんあるでしょう。しかし、現在の段階でも、推奨されていることがあるのですから、それに基づいた食事に取り組むことをお勧めします。できることはけっこうあるはずです」

世界がん研究基金による報告書の第2版は、食物・栄養・運動とがん予防に関する世界の叡智を集めたものである。がん体験者の食事に関しても、ここで推奨されていることが、現在最も信頼できる内容なのだということを忘れないでほしい。

1 2

同じカテゴリーの最新記事