がん患者、もう1つの闘い。お金が続かなければ……

取材・文:半沢裕子
発行:2010年8月
更新:2013年8月

ようやく長期処方が解禁され、少しは負担軽減へ
高価なサリドマイドが高額療養費制度を使えなかった謎!?

多発性骨髄腫の患者さんにとってなくてはならない薬、サリドマイド。ただ、薬の長期処方が認められず、患者さんの多くは高額療養費制度を利用することができなかった。しかしその状況に変化が見られてきた――。

骨髄腫にもたらされた福音と現実

上甲恭子さん

日本骨髄腫患者の会副代表の上甲恭子さん

多発性骨髄腫は高齢者に多く、化学療法が効いたとしても生存期間3~4年という非常に厳しいがんである。米国では前々からサリドマイド(商品名サレドカプセル)の多発性骨髄腫に対する有効性が明らかになっており、日本での承認が待ち望まれていた。

そして患者さんに福音がもたらされたのは2008年。それと同時に、日本骨髄腫患者の会副代表・上甲恭子さんの携帯電話にサリドマイドに関する相談が入らない日はなくなった。

「患者さんはまず『生き延びたい』と訴えられます。そのためにどこでサリドマイド治療が受けられるのかといった問い合わせ、また多くの患者さんが『治療にお金がかかりすぎる』とおっしゃいます」

サリドマイド製剤はがん治療に使われる薬剤のなかでもきわめて異質だ。というのも、重要な薬であるにも関わらず、非常に限られた施設で、短期間の処方しか許されなかったのだ。

それはなぜか――。

「かつて薬害を引き起こした薬で、その再発防止の安全管理システムのためです」と上甲さん。

1958年にサリドマイド製剤が販売され、睡眠薬などとして飲んだ妊婦から手足に奇形をもつ赤ちゃんが多数生まれるという薬害が起こったのだ。この負の歴史は、サリドマイドががんの治療薬となった今も患者さんに多大な影響を及ぼしている。

安全管理システムが患者を苦しめる?

サリドマイドが日本国内で承認されるにあたっては、非常に厳格な「安全管理システム」が定められているが、上甲さんは日本のものは他国と比べて独特の厳しさがあると指摘する。

「まずは処方できる施設が少なすぎること。青森県や鳥取県では、県内に現在数カ所しかなく、遠距離通院となります。病気の性質上、付き添いも必要だから交通費は2人分。治療にかかる医療費は、病院の窓口で支払う診療費や薬代だけではありません。そのような見えないお金もかさんできて、払えなければ治療を諦めることを意味します」

さらに同意書、申請書、登録書……等々、治療にあたっての書類が多く、煩雑この上ない。

また性交渉や避妊方法などのプライバシーに立ち入った設問がずらりと並んでいる。

「多発性骨髄腫の患者さんの平均年齢は60歳代。骨髄腫特有の合併症である骨の病変で、ほとんど寝たきりに近い人に性交渉についてたずねるなんて現実的とはいえません。若い女性の場合はもっと悲痛です。治療でダメージを受けて妊娠できるような体ではない��に、毎回妊娠検査が求められます。こんな屈辱的な思いをするなら治療をやめたいという声もあります」

これは前述したとおり「奇形の赤ちゃんが生まれないように」という社会的な視点からで、決して本人の副作用のチェックのためではない。患者さんの安全のためではない安全管理システムにランニングコストがかかることで、サリドマイドの薬価は高い。ゆえに患者本人に経済的負担が重くのしかかっているのだ。

高額療養費制度に谷間がある

写真:要望書を提出

09年上甲さんたちは、当時厚生労働大臣であった舛添要一氏にサリドマイド治療にかかる医療費の負担軽減を求めて要望書を提出した。左端が上甲さん

新薬の処方は発売から1年間だけ2週間分という制限があり、以降長期間処方できるようになる。ところがサリドマイドは、09年の発売以来2010年3月まで2週間分しか認められていなかった。

かかる薬剤費はどうなるのか。サリドマイドは、1カプセル6570円。70歳未満で3割負担なら約2千円。毎日1カプセルを1カ月飲むと約6万円、その他の診療費等に月1万5千円かかったとすると、毎月の自己負担額は7万5千円。年間にすると約90万円となる計算だ。

頼みの綱は高額療養費制度なのだが、ここにも落とし穴があった。この制度の対象となるのは自己負担額が月8万100円を超えた場合。つまり、サリドマイドの2週間処方で計算した場合、8万100円に届かず、高額療養費制度が利用できない場合が多かったのだ。

そうした中、ようやく念願の長期処方が叶い、12週間分の処方が受けられるようになった。

それならばと上甲さんらが考え出したのは「処方のある月」と「処方のない月」を作るという方法だ。12週分まで認められたことで可能となった手法だ。

しかし、そんな手法さえも通用しない場合がある。よほど状態が安定しているケースでないと長期処方が難しかったり、国民健康保険などの保険者から査定が入ったりすることもある。

「はたして8万100円は妥当なのでしょうか。この自己限度額は社会の経済状況によって変わりますが、天井となる額はいずれにせよ設定されます。もし仮に限度額が5万円になったとしても、月々の医療費が4万9千円の人たちは制度の恩恵を受けられません。限度額の見直しと、制度設計の見直し、両方が必要です」

全調査から安全性が明らかに

日本骨髄腫患者の会ではサリドマイド治療にかかる医療費の負担軽減を求めて要望書を当局に提出している。当時の舛添要一厚生労働大臣は、上甲さんらの訴えに深い理解を示し、次のように提案した。

「安全管理システムの妥当性を調査させてほしい。対象者はサリドマイドを使用している全患者さん。患者さんには調査協力費を支払う。それを薬代の一部に充ててはどうか」

とても賢いやり方だと上甲さんは思った。ほとんどの患者さんが調査協力を惜しまなかったのは、お金がほしかったというより、下手をすれば治療の断念につながりかねない安全管理システムをなんとかしてほしいという強い思いがあったのだ。

「調査結果によってサリドマイドが安全に管理使用されていることも明らかになりました。処方が12週に延びたのもこの調査の成果の1つです」

2010年5月、日本骨髄腫患者の会は前述の調査で実態が明らかになったことを根拠として、安全管理システムをさらに見直す要望書を出した。「お金の切れ目が命の切れ目」などといっていたのが早く過去の話になるように願う。


「日本骨髄腫患者の会」
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ここでは、サリドマイドの処方日数延長の話や、高額療養費制度の見直しに向けた取り組みなどの情報がのっている

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