がん患者、もう1つの闘い。お金が続かなければ……
ようやく承認されたドキシルも、「包括払い」ですったもんだ
老いも若きも、がん患者さんはお金に困っている
卵巣がん体験者の会スマイリーでの集まりの後、代表の片木美穂さんに患者さんから医療費の悩みがそっと打ち明けられる。
その、片木さん本人も、治療中は医療費に悩んだ。高い薬価、医療費の制度に患者さんたちの悩みは尽きない。
親に全額援助してもらって治療「みんなお金どうしてるの?」

卵巣がん体験者の会スマイリー(東京・三鷹市)の代表、片木美穂さんは04年4月、30歳のときに卵巣疾患の手術を受けた。
当初、良性腫瘍といわれていたが、実際には卵巣がんだった。病期は1a期で、化学療法(抗がん剤による治療)も行うことに。治療をすべて入院で受け、入院期間は79日間におよんだ。
「当初、入院2週間と聞いていたので、『副作用が心配だから、もう2~3週間は入院してね』と医師に言われたとき、頭に浮かんだのはお金のことでした。前年にマンションを買い、その前に車も買っていて、貯金はゼロ。いや、どうしようと」
大阪の両親が事情を察し、入院費を全額出してくれたが、「退院したその足で、『お金ください』と郵便局に行きましたね。入っていたゆうちょの医療保険に支払い申請をするために。幸い百万円くらい戻ったので、両親に全額返しましたが、そのとき思いました、みんないったいどうしてるの? って」
自分のように30歳でがんになる人はごく少数派で、がん患者のほとんどは高齢者だから、きっと資産があるのだろうと考えたが、実際は違った。若いがん患者さんもたくさんいたが、老いも若きもみんなお金にはとても苦労していたのだ。
完治の可能性に賭けて初期治療を断念する人も
たとえば、卵巣がん手術のあと、体内に残っているかもしれないがん細胞を叩くため、最初に受ける標準治療(第1選択薬)は、パクリタキセル(一般名)とカルボプラチン(一般名)の2剤併用療法。3週間に1度、外来で注射するが、1回にかかる費用が3割負担で6~7万円。月によっては2回受けることもあり、その場合は12~14万円かかる。この治療は6クール受けることが標準的だが病状により追加治療が必要になる患者も少なくない。
「ですから、この標準治療をあきらめる患者さんもいます。ある40代シングルの女性は卵巣がんで、腹水にがん細胞がある1c期でしたが、『手術で取りきれたかもしれないから、抗がん剤にお金を使いたくない。再発したとき治療を考える』と治療をやめました。けれども、卵巣がんが再発率の高いがんと知り、『それで本当によかったのか』と悩んでいると聞きます」
抗がん剤治療が必要な患者さんでも、治療費が高くて払えず、治療をあきらめる患者さんは、スマイリーだけで年に1~2人もいる、と片木さんはいう。
体がきつくても仕事は辞められない

「生活できないから仕事は絶対辞められない。副作用がつらくて仕事を休んだり、穴をあけたりしたらクビになるから、抗がん剤治療は受けられないという人もいます。40代で3人のお子さんを抱えるシングルマザーの方は、子どもの学資保険をすべて解約したといっていました。私が生きていなくちゃ、どうにもならないと。長男は母親の治療のため、自分で大学を退学してきたそうです。この方は残念ながら生還できなかったのですが、お子さんたちはどうされているのかと思います」
さらに、最近は夫婦でがん、親子でがんというようなケースも。
「2人とも働けないから、生活保護を受けたいという人もいます。生活保護が受けられれば、保険診療分は無料ですからね。でも、生活保護を受けながら治療を受けたあと、どう社会復帰するかというプログラムが日本にはない。再就職先を見つけるのもむずかしいんです」
お金じゃなく命の問題でしょ、といわれるのがつらい
ときには、「お金借りられませんか?」と相談されることも。
「スマイリーでは分かち合いの会というお話会を開いていますが、そういう方は会のあとにそっと話しに来られますね。『あの頃はたいへんだったという思い出話はできるけど、今困っているという話はここでも話せない。ほかの患者さんからどんな目で見られるか考えると恐怖だし、『命の問題にお金のことなんかいっていられないでしょう』といわれるのがつらい、と」
抗がん剤を使い続けなければならない
再発した卵巣がん患者の選択する治療薬の1つに、抗がん剤ドキシル(一般名ドキソルビシン塩酸塩リポソーム)がある。卵巣がんは再発しやすく、完治のむずかしいがんだが、最近はさまざまな薬があり、これらの薬を次々に変えてがんの活動を抑えていくことになる。しかし、ドキシルは非常に高い。
「1カ月に1度の投与ですが、3割負担でも10万円を超える大変高額な薬です。ですから、高額療養費制度を申請しなくちゃ。自己負担額(一般的に8万100円)を超える分は2~3カ月後に返金されるし、1年に3回以上、自己負担額以上の支払いがあると、4回目から自己負担額がぐっと安くなる(一般的に4万4400円)。私も最初は知りませんでしたが、知らない方が多いのはもったいないと思います」
承認を喜んだはずのドキシルが使えない?
世界約75カ国で標準治療薬として使われていたドキシルだが、日本ではなかなか承認されず、患者さんから「早期承認を!」との声が上がっていた。片木さんは仲間と一緒にスマイリーを立ち上げて署名運動を展開。18万筆もの署名が集まり、09年4月、ドキシルは卵巣がんの治療薬として日本でも承認された。
ところが、承認から1年後、入院医療費の計算方法が変わり、DPC(包括払い方式)という方法が導入された。それまでは、各診療にかかった費用を合計して入院医療費を計算する方法(出来高払い方式)が使われていたが、DPC方式では病気ごとに薬も注射も入院料もひっくるめて、1日あたりの定額が決められる。ドキシルもこのDPC方式に組み入れられたが、片木さんはある医師からの質問にふと気がついた。
「ドキシル投与で最も一般的なのは、2泊3日の入院だけど、2泊3日入院投与をDPCで計算すると、病院側の赤字が25万円に上る。ええっ、そんな薬、病院が使い続けてくれる?」
ある医師は「日帰りで打てばいいよ」といい、またある医師は「利益が出るまで入院してもらうしかない」といった。しかし、地域によっては体力を使う抗がん剤治療を日帰りで受けるのは不可能というところもある。
片木さんは急遽論文を出し、厚労省や議員、マスコミなどに訴えた。当初、政府は「秋には解決を図りたい」としたが、「間に合わない患者さんがいる」とさらにプッシュ。この6月1日、元の出来高制に戻るという、異例の速さで解決を見た。
それでも、ドキシルの値段の高さに変わりはない。
- 出来高払いとは?
- 検査や治療、薬などの種類ごとに点数が決まっているもの
- 検査や治療などの種類毎に点数が決まっていて、合計により医療費が計算されるもの
- 包括払い(DPC)とは?
- 病気の分類ごとに、1日単位で点数が決まっているもの
- 病気(診断)の分類毎に、あらかじめ医療費が定められている方式。包括払い方式では、検査を何回受けても、1日あたりの医療費がさだめられている。分類された定額料金に入院日数をかけた医療費を支払うことになる。ただし、手術、放射線治療、リハビリテーションなどのように、包括払いに含まれない治療は出来高払いとして加算される
がんは損だ。患者自身が自衛を
「がんになったから優しくなれた、がんが贈り物をくれたという人がいますが、基本的に病気はやっぱり損です。治療で体も損をし、通院・入院で時間的にも損をし、出世ができなくなるなど社会的にも損をする。そのうえ、経済的にもすごい損で、損のオンパレード。だからこそ、自分がどれだけの医療費を負担して、どういうメリットを得られるか、どんなリカバー策があるか、患者側も自衛したほうがいいと思うんです」
体調が悪くて働けない患者さんでも安心して治療を受け、生活できる道がないものかと、片木さんは今日も厚労省を訪ね、議員会館に出かけて行く。
卵巣がん体験者の会「スマイリー」
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