抗がん薬によるしびれ・痛み 有効な薬の登場で、症状の軽減が可能に
対症療法には限界が

抗がん薬治療を受けている患者さんが、しびれや痛みを訴えてきた場合には、それががんそのものによる痛みか、抗がん薬によるものか、あるいは別の原因なのかをきちんと見極めます。その上で、抗がん薬による副作用とわかったら、症状を評価し(表4)、それに応じて対応策を講じます。
「ただ、やっかいなのは、末梢神経障害によるしびれや痛みには、一般的な消炎鎮痛薬やオピオイドなどがほとんど効かないこと。このため、治療薬の選択肢は限られます」と細川さん。
選択肢が限られるなかで、現在、対症療法として比較的多く用いられているのは、グルタミン、ビタミンE、漢方製剤の牛車腎気丸などです。グルタミンはアミノ酸の1つで、タキソールなどによる末梢神経障害の症状を和らげると考えられています。ビタミンEも、タキソールやシスプラチンを用いた臨床研究で、併用すると末梢神経障害の発生を低く抑えることが報告されています。
また、牛車腎気丸もタキサン系抗がん薬による末梢神経障害に対する効果が認められています。しかし細川さんによると、いったん症状が進み、しびれや痛みが強くなると、これらの薬剤では制御が難しくなるといいます。
新しい機序の薬が登場有力な選択肢に

そうしたなか、いま大きな期待を集めているのがリリカ*という薬剤です。末梢神経から中枢へ痛みを伝える物質を「神経伝達物質」といいます。リリカは、その過剰放出を抑え、過剰に興奮した神経を鎮め、痛みを和らげます。これまでの鎮痛薬とはまったく違う仕組みを持つ薬で、2年ほど前、抗がん薬による末梢神経障害への適応が世界で初めて認められ、最近では日本でも広く用いられるようになっています(図5)。
細川さんも、実際にリリカを使って効果のある症例が数多くあるといいます���
「もちろん、末梢神経障害によるしびれや痛みの原因は多彩ですから、リリカ1剤だけで対応することは難しい。しかし、この薬が有力な1つの選択肢になることは確か。とくに、しびれや痛みのためQ OL(生活の質)が低下していた患者さんにとっては、福音をもたらすことになるでしょう」
一方、注意したいのは副作用。「ふらつき、眠気、体重増加などがみられることがあります。服用中は、自動車の運転は絶対に避けること。また、日常生活への影響を少なくするため、少量投与から開始するのも1つの方法」と細川さんはアドバイスします。
*リリカ=一般名プレガバリン
早めに薬を使うとより効果的
抗がん薬による末梢神経障害は、投与量や投与回数が増え、薬が蓄積するにつれて、症状が重くなります。このため、患者さんが手足の指先に少し違和感を覚えたり、ごく軽いしびれや痛みを感じたときから、リリカなどの末梢性神経障害性疼痛に効く鎮痛薬を併用することが勧められます。細川さんも、こうした使い方で、症状を和らげ、抗がん薬投与を継続できたケースをいくつも経験しており、「痛みを抑える薬は、できるだけ早めに使うのが望ましい」とアドバイスします。さらに一歩進んで、しびれや痛みが出る前に予防的に薬を投与する方法も模索され、すでに米国ではミノマイシン*という薬を使った研究が始まっています。ミノマイシンは感染症などを治療する抗生物質の1つで、昔から広く用いられています。これを、抗がん薬と同時に投与すると、しびれや痛みの発症を抑えられるというのです。まだ検討段階ですが、細川さんは「実現すれば、治療の幅は大きく広がるだろう」と期待を寄せます。
*ミノマイシン=一般名ミノサイクリン
しびれや痛みはがまんしない
先にも触れたように、抗がん薬によるしびれや痛みは、個人差が大きく、同じ治療を受けていても、この症状の生じる患者さん、生じない患者さんがいます。また、吐き気などと違って、初めのうちは我慢できるので、主治医に訴えない方も少なくありません。
この点について患者さんに尋ねてみると、「症状がそれほどひどくないから」という人がいる一方で、「しびれや痛みを訴えると、いま続けている治療を中止されてしまうのではと不安」、「主治医から質問されないのに、こちらから聞くのは失礼になるのではないか」という答えが少なからずあるといいます。
しかし、そんな遠慮は無用と細川さんは強調します。
「しびれや痛みが軽いうちに対処すれば、症状を緩和させることもできます。ところが、進行してしまうと対応が難しくなり、場合によっては抗がん薬治療を中止せざるを得なくなることもあります。決して我慢せず、早めに主治医に症状を伝えてほしい。しびれや痛みは、早期発見、早期治療、できれば予防がとても大切。それが、日常生活への悪影響を防ぐことにもなります」