上手につきあうための悪心・嘔吐の管理術講座 悪心・嘔吐対策の実際~乳がん治療の場合~

監修:田口哲也 大阪大学大学院医学系研究科機能制御外科学 講師
発行:2004年5月
更新:2013年8月

実際の乳がん化学療法のメニューでみる悪心・嘔吐

では、乳がん化学療法の主な抗がん剤の組み合わせについて具体的に見ていきましょう。

「もっとも悪心・嘔吐を引き起こしやすいのは、アントラサイクリン系抗生物質、つまりファルモルビ(EPI)やアドリアシン(ADM)などが入っている化学療法です。

[FEC療法]

治療法 投与法 投与日数
1・・・・・・・・・・・・・・・ 22・・・・・・・・・・・・・・ 43(日)
FEC療法
(入院/外来)
5-FU
500ー600mg/m2/日
静脈注射(i.v.)
ファルモルビシン
60-100mg/m2/日
静脈注射(i.v.)
エンドキサン
500-600mg/m2/日
静脈注射(i.v.)
カイトリル
3mg/日(抗がん剤投与30分前)
点滴静脈注射(d.i.v.)
カイトリル
1mg/日×5日間
経口(p.o.) ↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑
デキサメタゾン
16-20mg/日
(抗がん剤投与30分前)
点滴静脈注射(d.i.v.) ↑(2日目以降経口漸減)
副作用と効果判定の結論が出るまで継続

乳がん治療においては、薬剤の投与量がかなり増えてきています。特にファルモルビシンに関しては、用量が増えれば増えるほど効果が上がるということが明らかになってきていますので、国内でも化学療法のキレをよくするため徐々に投与量が増えてきています(60mg/m2から100mg/m2まで)。

「このように悪心・嘔吐の発現頻度の高い化学療法に関しては、予防的に制吐剤としてカイトリルなどの5-HT3受容体拮抗薬とステロイド(デキサメタゾン)を投与します。これで抗がん剤投与後24時間以内に起こる急性の悪心・嘔吐を抑えることが可能です。実は急性の悪心・嘔吐を抑えることは、2日目以降の遅延性の悪心・嘔吐や、不安などから起こる心理性の悪心・嘔吐を抑えるにあたってもきわめて重要なことがわかっています。ですから、QOL向上のためにも、急性・遅延性の悪心・��吐を5-HT3受容体拮抗薬の予防投与により抑制することが重要になります。5-HT3受容体拮抗薬は遅延性の悪心・嘔吐にも有効性が認められているため、実際2日目以降の制吐治療としては、5-HT3受容体拮抗薬を引き続き投与し、ステロイドは副作用等の問題もありますので、徐々に減らしていくことで対応しています」

嘔吐リスクが中等度・低度のメニューにも5-HT3受容体拮抗薬を必ず投与

次の化学療法はCMF療法、悪心・嘔吐の頻度は中等度です。この中等度の化学療法も、多くの患者さんに悪心・嘔吐がみられますので、必ずカイトリル等を投与しています。

[CMF療法]

治療法 投与法 投与日数
1・・・・・・ 8・・・・・・ 15・・・・・・・・・・・ 29・・・・・(日)
CMF療法
(外来)
メソトレキセート
40mg/m2/日
点滴静脈注射
(d.i.v.)
5-FU
600mg/m2/日
点滴静脈注射
(d.i.v.)
エンドキサン
100mg/m2/日
(150mg/body/日)
経口(p.o.) ↓――― ―――― ↓―――
カイトリル
3mg/日
(抗がん剤投与30分前)
点滴静脈注射
(d.i.v.)
カイトリル
1mg/日×3-5日間
経口(p.o.) ↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑

また最近、非常に汎用されるタキサン系の抗がん剤を使用した化学療法は悪心・嘔吐の強度は中等度以下のリスクです。アントラサイクリン系の化学療法に比べると、たしかに悪心・嘔吐は少ないのですが全く起こらないわけではありません。

[ドセタキセル療法]

治療法 投与法 投与日数
1・・・・・・・・・・・・・・・・ 21(日)
ドセタキセル療法
(入院/外来)
タキソテール
60-70mg/m2/日
点滴静脈注射
(d.i.v.)
カイトリル
3mg/日
(抗がん剤投与30分前)
点滴静脈注射
(d.i.v.)
デキサメタゾン
8mg/日×3日間
(前日夕より服用開始)
経口(p.o.) ↑↑↑ ↑↑↑

「実際に我々が調査した結果、悪心・嘔吐のリスクが中等度以下といわれるタキソテール3週1回投与でも、悪心の影響で食事量の低下が明らかになっています。これは患者さんにとって非常につらい症状となります。たった1日だけの強い嘔吐よりQOLを低下させることもあるのです。中等度以下の発現頻度であっても、高リスク群と同じく初日からの予防的な制吐剤投与が望まれます」

悪心・嘔吐の発現頻度分類に“高度”と書いてあっても、実際に患者さんのQOLがそれに比例するのか、というと必ずしもそうでないところが悪心・嘔吐ケアの難しいところといえます。

「急性期に悪心だけでとどまった人の場合、比較的2日目以降もずっと悪心が続いて、結局気持ちが悪くて食事が半分も取れなくなるといったこともあります」

このようにQOLの面から見ると悪心・嘔吐は、その症状の強度だけでは判断できないという微妙な性質を持つものなのです。

「微妙な性質を持つものだからこそ、抗がん剤の悪心・嘔吐の頻度が高度であろうと中等度であろうと、予防的に5-HT3受容体拮抗薬を投与することが重要だといえます。予防的に5-HT3受容体拮抗薬を投与することで急性期の悪心・嘔吐を抑え、2日目以降の遅延性・心理性の悪心・嘔吐も抑えることが可能になるのです」

自分でできる悪心・嘔吐対策

いずれにしても、悪心・嘔吐は程度に関わらず患者自身にとってつらい症状ですから、5-HT3受容体拮抗薬をきちんと服用することが最大の防御になります。

「さらに患者さんご自身でできるケアは、メンタル面から引き起こされる悪心・嘔吐をいかに予防できるか、だと思います。

特に前回の治療で急性期の悪心・嘔吐が強く出てしまった場合に、次回の治療で予測性の悪心・嘔吐が出てくる患者さんがいらっしゃいます。これは、いくつかの研究報告にもあるように、やはり心配性の患者さんは予測性嘔吐が出やすい、ということだと思われます。

患者さんにもよりますが、ご自身のメンタル面のケアを一人で解決していくのが難しいケースもあるのではないでしょうか。そういう場合は一人で抱えこまずに、医師・看護師、場合によっては臨床心理士などの手を借りて話を聞いてもらう、というのもひとつのアイディアとして覚えておいていただきたいですね。

最近、心理ケアの専門家を置いている病院も増えてきました。これはとても良いことだと思いますが、もっと増えてほしいのが正直なところです」

外来化学療法におけるケア

今、医療のひとつの流れとして外来化学療法を行う患者さんが増えています。外来化学療法ではご自宅と外来での治療が可能になるため、患者さんにとって精神的には非常に安定した生活を送ることができます。

「家族といっしょに過ごせる、というメリットは言うまでもありませんが、それにも増して、仕事や家事など入院前の社会生活をほとんど変わらずに続けることができる点でも安心できますね。

外来化学療法による悪心・嘔吐に関しても、カイトリルなどの5-HT3受容体拮抗薬には経口剤がありますから、十分なコントロールが可能です。経口剤をきちんと服用して頂き、在宅での化学療法も完遂していただきたいですね」

ご自宅での治療中に悪心・嘔吐が起こると、患者さんは不安になります。しかし悪心・嘔吐のケアは、入院中でもご自宅でも同じこと。つまり5-HT3受容体拮抗薬の経口剤をきちんと服用して、まず急性期の悪心・嘔吐を抑えることが肝心なのです。

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