上手につきあうための悪心・嘔吐の管理術講座 悪心・嘔吐のメカニズムを理解しよう

監修:佃 守 横浜市立大学大学院医学研究科頭頸部生体機能・病態医科学教授
発行:2004年4月
更新:2013年8月

悪心・嘔吐が発現する時期や程度にも注目

「セロトニン」や「サブスタンスP」などの発見は、実は悪心・嘔吐の発現時期の違いにヒントを得たのがきっかけでした。

「がん化学療法による悪心・嘔吐の頻度や強さは、実は一定の状態で発現するわけではありません。投与1日目が最も強く、3日後、5日後と徐々に軽減していくのがわかります」

これを現在では、大きく3つに分けて区別しています。抗がん剤投与から24時間以内に起こる悪心・嘔吐を「急性」、24時間以降に起こるものを「遅発性」としています。さらに、時期に関係なく精神的に不安が強い場合や、また前回の化学療法で強い嘔吐が出た影響を受けて、次回の化学療法開始前に起こるものを「予測性嘔吐」として、3つのタイプが存在します。

では「急性」と「遅発性」の発現時期のズレはどこからくるのでしょうか。長年の研究の結果、投与後24時間以内に起こるものは、抗がん剤そのものが小腸のECcellに刺激を与えて放出されるセロトニンが主な原因であることがわかっています。一方、24時間以降になると、抗がん剤により小腸の細胞が壊れたり、小腸の動きが悪くなって、サブスタンスPが放出され、セロトニンとともに吐き気を引き起こすと考えられています。

[急性・遅発性嘔吐の経過概念図]
急性・遅発性嘔吐の経過概念図

注意:これはシスプラチン投与後に起こる嘔吐の強度です。ほかの抗がん剤では、嘔吐が起こる時期が若干異なることもありますが、ほとんどの抗がん剤による嘔吐はこのような経過をたどります。

5-HT3受容体拮抗薬による制吐療法の進歩

この急性から遅発性の悪心・嘔吐を抑える薬(制吐剤)として、現在最もよく使用されているのが、カイトリルなどの5-HT3受容体拮抗薬です。

この薬は迷走神経の末梢にある5-HT3受容体に結合して、セロトニンがCTZに運ばれないようにブロックする作用を持つものです。

この薬剤が開発されたのは1990年代のこと。5-HT3受容体拮抗薬の出現で制吐療法は大きく進歩しました。

「国内にも吐き気止めは昔からありましたが、それは嘔吐を抑えるかわりにさまざまな副作用も発現してしまうものでした。悪心・嘔吐がおさまっても、患者さんはさまざまな副作用でさらに大変な苦労を強いられていました。また、抗がん剤が進歩するとともに、抗がん剤の切れ味をよくするために大量に投与するようになり、その分、悪心・嘔吐の出方も強くなる一方だったのです。

1990年代に入って、5-HT3受容体拮抗薬が出たことで、患者さんのQOLはかなり改善されました。副作用も、多少の���熱感や頭痛がまれにありますが、それを訴える患者さんはほとんどいらっしゃいませんね」

 現在の制吐療法は、5-HT3受容体拮抗薬とステロイドによる治療が主体で、今後注目されるのは、国内には入ってきていませんが、米国で上市されているNK-1受容体拮抗薬です。この3つが、今後の制吐療法の3本柱といえます。

重要なのは急性の悪心・嘔吐を抑えること

心理性、予測性嘔吐に関しては、精神安定剤を服用することである程度は改善されますが、最も重要なのは「急性期の嘔吐を抑えることです」と佃さん。

「がん治療や吐き気への不安から起こる心理性の嘔吐、もしくは前コースの吐き気が強かったことで起こる予測性嘔吐などは、急性嘔吐が原因であるといえます。また遅延性嘔吐に関しても、急性嘔吐が長引いてしまって起こるケースが多いのです。急性の嘔吐を抑えないと、遅発性の嘔吐は抑えきれないのです。つまり急性の嘔吐をきちんと抑えることが、あらゆる悪心・嘔吐を克服する鍵となるのです」

急性嘔吐の原因はそのほとんどが小腸の細胞から放出されるセロトニンにありますので、カイトリルなどの5-HT3受容体拮抗薬をきちんと服用していくことが、悪心・嘔吐を抑えるために最も有効な手段といえるでしょう。

「5-HT3受容体拮抗薬には経口剤もあるので、外来化学療法でも服用が可能です。また副作用もほとんどなく、急性から遅発性の嘔吐までを抑えてくれる効果と安全性とのバランスがいい薬剤といえます。5-HT3受容体拮抗薬をきちんと服用し、是非ご自身が“悪心・嘔吐をコントロールしながら、つきあっていこう”という気持ちで、化学療法を安全、確実に進めていかれるとよいですね」

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