静岡県立静岡がんセンター感染症科の取り組みを追う 感染症対策はがん治療を確実なものにするために必要

取材・文:月崎時央
発行:2004年6月
更新:2019年7月

抗生物質を不適切に使用することのリスク

がん治療中にいつもとは体調が違うと感じたら、
医師に伝えよう

□周囲に同じ症状の人がいないか

□海外旅行や海外旅行をした人と接触していないか

□ペットを飼っているか、ペットの体調はどうか

□性感染症などについて気になることがあれば伝えよう

□山や海などに行くほか、小動物と接触していないか

□過去にかかった病気の時期、経過と診断名を正確に伝える

□飲酒歴、喫煙歴、不法薬物使用歴

□虫歯の治療歴

□日頃から気になる自分の体質(例.おできができやすいなど)

□皮膚関係の疾患について

※感染症になった場合には、何の菌による感染なのか、診断を確定してもらい、抗生物質についても説明を求めよう。抗生物質が処方されたら、その理由と治療方針、副作用などを確かめよう。抗生物質の不適切な使用は、将来的にもマイナスの結果となる

日本では、感染症の治療は、これまで各科の医師がそれぞれの専門領域の範囲内の知識と経験値で対応してきたというのが、現状なのだが、「抗生物質を安易に使い過ぎる」という問題が指摘されはじめたのは、ここ数年だ。

当院で採用している抗菌薬の数は、注射薬にして33剤、経口剤は40剤ほどですが、これでも多いと思います。感染症に力を入れている病院であれば、抗生物質を25種類程度に絞り込んでいるところもあります。それぞれの抗生物質が菌に対して効力や特徴や副作用も持ち、また感染症の部位によっても効き目に違いがあります。

それだけに、患者に感染症の兆候が見られたときには、その人の体のどこに何の菌があるかを検査し、確定し、その病原体に効く適切な抗生物質を、できるだけピンポイントで投与する必要があります。病原体を叩くために、どの抗生物質を使用するのかという戦略を綿密に組み立てて処方することが感染症科医の仕事です」と大曲さんは説明する。

「もし不適切な抗生物質を、誤ったタイミングで処方することで、抗生物質の副作用が起きたり、体内にある菌に無用なプレッシャーを与えることで、その抗生物質に対抗するいわゆる「耐性菌」ができてしまうことは患者の人生にとって大きな損失です」と指摘する。

抗生物質には、菌に対して速効性のあるものも多く、軽い症状でも、発熱や痛みなどの苦痛を取るのについ気軽に使用されがちだ。

しかし抗生物質は、実は人間が、その人生で数ある病原体に襲撃されたとき、それに対抗するときの大切な切り札であり、人の一生を、長い視野で見たときには、どんな抗生物質をどのようなタイミングで使用するかが、健康を守る決め手となるほど重要なのだ。

また病院という場所は、さまざまな��気を持った患者さんが集まる閉じられた空間だ。このために、抗生物質を安易に使用することで耐性を持った菌が、患者さん同士で感染すると耐性菌が院内に蔓延してしまう、いわゆる院内感染という深刻な問題が起きてくるのだ。

(財)日本医薬品情報センターによると、現在、日本で承認されている抗生物質成分は、約120種類、商品アイテム(経口薬、注射薬など異なる形状を含む)にして約660点

各科を横断的な視野で診る感染症科

一般に日本の医療は、臓器別に縦割り体制になっており、がん治療も臓器別に行われている。医師の多くは特定の臓器の治療の専門家ではあるが、専門外の臓器についてはあまり知識がないといったことも珍しくはない。

一方の感染症科医は、病原体が人間の体に引き起こすあらゆるトラブルに対処するという意味で、全身的、横断的であり、また長い時間軸で人間を捉えるトータルな視点を持っている。

「感染症科医は各科を隔てず、人間の体で起こるあらゆる感染症の治療に対応し、各科とコミュニケーションを取ることで、その専門的知識を提供することが特徴です」と大曲さん。

このように、感染症科医の視点は、「私の体は一つ」と考える患者の感覚に近く、患者側の視点に立って、チーム医療をサポートしてくれる役割も担っている。

日本では、例えば胃がんの手術をした場合の担当医は外科医ということになるが、もし手術後に患者の手術の傷口に感染症が起こったときも外科医だけが対応するのが一般的だ。またもし肺炎が起きれば、呼吸器科の医師に応援を要請するだろう。

しかし、実はどちらの専門医も臓器に由来しているので、感染症対策をメインに考える立場にはなく、感染症全般に専門知識を持っているわけではない。

免疫力が低下しているとき、患者はさまざまな病原体に侵食されやすい状況にあり、もし感染が他の臓器などに及んだときの対応はどうしても手薄になる。

ここにもし感染症科医の存在があれば、病原体によって引き起こされるあらゆる部位の感染症にトータルに対応してもらえるはずなのだ。

感染症の治療と感染管理は車の両輪

待ち合室

待ち合室やロビー各場所に洗面台がある

洗面台

病院には設置されていることが少ない、ペーパータオルや温風乾燥機つきの洗面台。感染症対策に十分配慮していることがうかがえる

感染症に関するリスクを減らすために必要なことは、感染症専門医による適切な診断と治療であることを今回の取材では実感した。

またさらにもう一つ重要なのは、やはり院内の感染管理体制だ。いくら感染症科医の診断と治療が適切であっても、院内の感染管理体制が整っていなければ、感染は防げない。

がんセンターを訪れてまっ先に感じるのは、その規模の大きさと設備の豪華さだが、感染管理という視点で院内を見てみると、その意識が各所に行き届いていることに感心する。院内の各所には洗面所が設けられており、手洗を推奨するポスターが貼られている。

トイレにはペーパータオルやハンドドライヤーがあり、感染管理を重視し、そこにコストをかける姿勢がうかがえる。

院内の感染管理を担当するのは、前出の感染管理看護師の工藤さんだ。

「院内で起きる感染症に関して、感染症科医である私の専門家としての知識を提供し、患者さんの回復に貢献していきたいです。そのためには、日々更新される感染症の治療に関する世界標準の情報を把握することも欠かせません。感染症はチーム医療ですから、感染症に関して専門性を持つ若い医師や看護師を育て、私たちのあとに続く感染症科を国内で育てていくことも大切な課題ですね」と大曲さんは抱負を熱く語る。

感染症科がその力を効果的に発揮するには、各科とのコミュニケーションとチーム医療が不可欠だ。

きちんとした検査に基づいて、確実な治療法を選び、その情報を医療チームや患者が共有していくこと、院内感染症防止意識を高めることなどが、今医療には切実に求められている。

感染症科と院内感染症対策の充実は、がん治療という医療をよりオープンで確実なものにして行くために、私たちが医療機関をジャッジする試金石とも言えるだろう。

感染症対策から見たあなたの病院チェックシート 20

(○は5点 △は2点 ×は0点で小計を出し、バランスシートに記入しよう)

医療システム

□院内に感染症科がある
□感染症専門医がいる
□院内感染症防止チームがある
□院内感染症専門看護師がいる

小計   点

アメニティ

□見た目に病院がきれい。ほこりが目につかない。トイレの臭いや、異臭がなく換気がよい。
□病棟にはアルコール系の消毒剤が置いてあって、一般の人にも使用法が説明されている
□トイレや洗面所が清潔である。ペーパータオルやドライヤーがあれば理想的。石鹸も補充され、洗面台の周囲も清潔である
□洗面台が各所にあり、そこに手の洗い方を説明したポスターがはってあるなど、手洗いに力を入れている

小計   点

スタッフの意識

□看護師、医師の服装がきれい。説明を十分にしてくれる。必要なことは指導し、プロ意識が感じられる。
□注射をする現場では、赤や黄色の危険物を廃棄する入れ物が目につく。これは、針刺し事故を防ぐ対策の基本。
□治療の前後に医師や看護師が手を洗っている姿をよく見る
□感染症を予防するため必要に応じてスタッフがマスクやガウン、手袋を着用することもある

小計   点

説明

□治療の前に感染症のリスクを説明される
□過去の病歴や体質、生活習慣などについて細かく質問される
□抗生物質の処方と副作用についての詳しい説明がある
□感染症が疑われた時の対応が、誠実ですばやい

小計   点

入院生活

□面会者は面会の前に手を洗うように指導を受ける
□面会者に白衣やマスクの着用は強制されない。
□ICUに入る場合でも患者は特別な隔離体制などは取らず、できるだけその人らしい生活が保障される
□手術前には長い入院は感染対策の観点から見てリスクが多い。入院は手術に近い日に設定されている

小計   点

各項目の合計     /100点

(監修/大曲貴夫医師)

バランスシート

(編集部作)


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