患者にも医療者にも同様に危険な院内感染
隔離ではなく標準予防策の徹底を
――インフルエンザやSARSについての医療機関における感染防止策といえば、やはり隔離もやむを得ないというイメージがあるのですが。
柴田 私は1984年から中央滅菌室という、医療機器を滅菌する部署で働いていました。たとえば、当時日本ではB型肝炎の保菌者とわかった患者さんには、使い捨ての食器を使用していた。ところが、85年に渡米したときに、アメリカでは、当時すでに保菌者であるかないかで、対策を分けることに疑問が出ていました。
SARS
「重症急性呼吸器症候群」。38度以上の急な発熱で発病し、咳、呼吸困難などの症状のほか、頭痛、悪寒戦慄、食欲不振、全身倦怠症状が見られることもある。主要な感染経路は患者の咳やくしゃみによる「飛沫感染」と、ほかに患者の分泌物や排泄物等に含まれるウィルスが付着した手で目や鼻、口等を触って感染する「接触感染」が考えられている。物や食品を介しての感染は証明されておらず、空気感染の可能性には否定的である。
(東京都感染症情報センターHPより抜粋)
――えっ? 感染症の種類や状態によって、患者さんの扱いを変えるのは当然ではないのですか? それではSARSはどうするのでしょう?
柴田 SARSもすでに飛沫感染と接触感染であることや、初期症状のときには感染力が弱いなどいろいろなことが明らかになっています。
特別な隔離対策などよりも、日頃から、感染経路別予防策と標準的予防策をすれば、すべての院内感染症対策と同様の、冷静な対応で十分なのです。
――でも、危険はないのでしょうか?
柴田 危険といいますが、感染症であることは、検査で分かったことなのです。他にも保菌者がいるかもしれないですね。
大切なのは、病名や症状の有無ではない。すべての人の血液や体液の扱いに注意する、スタンダードプレコーション(標準的予防策)が必要なのです。医療に関わる人の手洗いの徹底はその基本です。
――なるほど、病院全体の感染対策のレベルをあげることのほうが、特定の病気の隔離対策などを強化するよりも、メリットが大きいのですね。
柴田 そうです。患者さんは、感染症であっても他の病気でも、みな病気で苦しい状態なのですから、ケアする側が差別的な待遇をすることは間違っています。
たとえば、がんの化学療法を行っている患者さんが、白血球値が下がりますね。すると以前は、患者さんのためという理由で隔離されることが多かった。でも今は、骨随移植の患者さんでも、厳重な隔離は減ってきています。空調を整えることは必要ですが、ガウンを着せられたり、無菌食は不必要なんです。
――それは新しい方向性ですね。
柴田 隔離が効果的でないことは、疫学で分かってきているんです。普通にして、なお感染防止に効果のある方法をとったほうがいいですね。
情報をガラス張りにする努力
柴田 日本では、一般の方は医療現場で何が起こっているのか、ご存じないですね。しかし米国の場合インターネットでCDC(米国疾病管理予防��ンター)を開けば、各病院で院内感染がどのくらい起こっているのかを見ることができます。
日本でも感染症情報研究所のHPを開くとありますが、まだきちんとしたデータとして整理されていません。
――米国では各病院が、その病院で起きた院内感染のデータを公表し、「感染は起きるもの」という前提で、それを減らす努力を情報公開しているわけですね。
柴田 手術をすれば、どうしても手術部位が化膿するリスクはあります。今は、80代で心臓外科の手術をするようなリスクの高い患者さんも多い。しかしこの一方で、抗菌薬の投与や、術前に手術の消毒の方法などを工夫することで、感染を減らせることも事実です。
――感染管理というのは、なぜ看護師がしたほうがいいのでしょうか。
柴田 医師は患者様個人を診て治療をします。しかし感染症の問題は、もう少し全体を見なくてはならないのです。感染は理由もなく散発的に起こるのではなく、何らかの共通する要因が背後にある。それを発見するためには第三者が客観的に調査をしていくほうがいいのです。感染症の問題は院内全体を見ないと解決していかないのです。
――日本の感染管理体制は、米国と比較して遅れているという意見も聞きます。
柴田 日本の病院は構造的に、看護のケアがしにくいのです。ナースステーションから遠い病室が多く、トイレやシンクも各部屋にない。
――まだ大部屋も多いですね。
柴田 たとえば、看護師は尿路カテーテルが入っている方の尿バッグをバケツに空け、捨てます。しかし1回ずつナースステーションに捨てに行くには遠すぎる。またひとりの処置が終わるごとに手を洗うこともできず、流れ作業のようになってしまう。こんなことも感染の原因となるのです。
――感染の専門医も不足しているそうですね。
柴田 そうですね。感染症医師は、産科でも小児科でも外科でもすべての科、すべての治療に関わってくる可能性があるのですから、本来各科を横断して担当医とペアになって感染症の専門知識を提供する必要があるのですが、それができる感染症医師は日本にはまだ少ないですね。
――でも現場には危機感もあり、対策を考える医療機関も増えていますね。

柴田 日本医療評価機構が「患者の権利と安全」として、感染管理を具体的な評価項目に入れたことは、大きな前進だと思っています。最近は評価を受ける施設も増えました。いくつかの施設では感染管理を担当する人が、院内感染症サーベイランスを通して、どのようなケアが院内感染防止に効果があるのかを結果から示そうという動きも見られます。
――今後、感染管理のコンサルタントとしてのお仕事の抱負は?
柴田 感染管理のマニュアルとしてはCDCのガイドラインなどもあるわけですが、実は、その病院の構造や設備などの条件ごとに、オリジナルなシステムを作っていかなくてはなりません。基本的な安全対策を実現するために、その病院がどのようなルールを作り、また何にお金をかけていくのかなどを、現場の人々が真剣に考えていく必要があります。大変地道な作業ではありますが、感染管理を徹底することによって、医療の質は確実に向上します。なによりも患者さんが安心して医療を受けられるようになるのです。
※日本医療評価機構
日本医療機能評価機構は、医療機関の機能の第三者評価を実施し、医療機能の評価に関する調査・研究、医療関係者の研修等を行う財団。病院機能評価を実施している。2003年12月15日現在で、認定病院数は1100(全病院数は9239)。
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