がん治療中のインフルエンザについてどう考える?

南イリノイ州大学医学部感染症科
アシスタントプロフェッサー
五味晴美さん
免疫力の下がった状態のがん患者さんに、インフルエンザは大敵
――インフルエンザを考えるとき、がんの患者さんと一般の人では、その条件に違いはありますか?
五味 はい。がん患者さんの場合は、やはり健康な一般の人に比べて、免疫機能が低下していることが多いですね。とくに化学療法、放射線治療、ステロイド薬の使用、骨髄移植などの治療を受けている方は、免疫力が低下しているので注意が必要です。インフルエンザは、ウイルスによる病気で、免疫機能が正常な人なら、何も治療しなくても自然に治ることが大半です。それに比べ、がん患者の方は、いろいろな病原体に対する“武器”(免疫力)を持たずに、戦わねばならない状況にあります。
――弱い状態ということですね。
五味 そうです。免疫力が弱っている場合、患者さんによっては、インフルエンザによって、重症な感染症に発展する危険があります。そのためワクチンで予防することが重要なのです。
――今からでも予防接種は受けるべき? また、ワクチンの効果が出るまでの時間は?
五味 今からでも受けておいたほうがいいです。ワクチンの接種とは、病原体と戦う武器のひとつであるミサイルに相当する「抗体」を、体がつくるのを期待するわけです。それができるまでに2週間ぐらいはかかります。
――ワクチンで必ず抗体ができますか?
五味 がん患者さんが受けている骨髄移植後の免疫抑制剤などの治療によっては、この抗体ができにくい状態になっている場合もあります。ワクチン接種に関しては、主治医や感染症専門家の意見を聞くのがいいでしょう。
――受ける受けないの判断の基準は?
五味 私の普段の診療は、米国疾病管理予防センター(CDC)の予防接種諮問機関(ACIP)が出したガイドラインに準じたものです。インフルエンザワクチンの接種が推奨されているのは、成人の場合、50歳以上、小児では、生後6カ月から23カ月の子ども、インフルエンザにかかると重症化するリスクの高い人、つまり、心臓、肺の病気をもっている人、がんなどの免疫不全がある人、妊娠後期の妊婦さん、医療従事者、免疫不全のある患者さんの周囲の人(家族など)、小児で、アスピリンを常時服用している子どもなどです。
以上の方は、ワクチンの接種が最優先される方で、毎年10月上旬の接種が望ましいです。上記以外の方にも、外来で、ワクチン接種の重要性と必要性を説明し、希望者には接種します。以前インフルエンザワクチンに対して、重篤なアレルギー反応などを経験した人、卵アレルギーがあるため、普段卵を食べることができない人、小児では6カ月未満、妊娠初期の方などは安全性が確立されていません。
――予防接種を受けるときに、患者が気をつけたほうがいいことはありますか?
五味 がん患者さんでしたら、ご自分の診断名、現在使用している薬名、化学療法をいつから始めて、いまどのあたりにいるのかなど、治療の流れをノートな��にまとめておくのが望ましいでしょう。これまで受けたワクチンを、母子手帳などを参考にして、まとめておくと便利です。
――がんの治療によって免疫力が低下している場合の予防接種は?
五味 使用している薬によってはウイルス攻撃のための「抗体」ができないことがあります。つまり、ワクチンを接種しても、期待したようには「武器」を持てないことがあるのです。
――家族の協力なども必要ですね。
五味 本人が予防接種を受けられない状態でも、家族からの感染を防ぐことは大切です。

外出から帰宅したとき、就寝前などにはうがいを習慣づける
――冬の日常生活の注意点は?
五味 もし、免疫不全が重篤な状態なら、人ごみに混じるのを避けるのがいいでしょう。
――インフルエンザ脳症と解熱剤の関係が、とくに小児の場合は危険とされていますが、がん患者にとってはどうでしょう。
五味 この問題については、誰も回答を知らない、というのが現実です。
臨床試験などで、この問いに関するものが、これまで行われていないからです。がん患者にかかわらず、一般に、成人でも子どもでも、発熱時の解熱剤には、*アセトアミノフェンという薬を使用するのがいいでしょう。
――解熱剤はインフルエンザ流行時は慎重に使用したほうがいいということですね。もしかかってしまった場合の治療は?
五味 がん患者のような免疫不全のある方が、インフルエンザの診断が確定すれば、インフルエンザ治療薬を使用することが望ましいです。
○インフルエンザ治療、およびタミフル
日本ではタミフルという抗インフルエンザ薬が、2000年12月に治療薬として承認され、2001年2月から使われるようになった。インフルエンザを迅速に診断するキットも使用されるようになり、診断が確定すれば、48時間以内にタミフルを飲むことで症状が抑えられる、とされている。タミフルについては「積極的に処方する」「重症感の強い患者さんだけに慎重に処方する」「症状を1日短くするだけなので健常者には勧めない」など医療現場の医師の考え方によって、その処方にも違いがある。

――タミフル(商品名)という抗インフルエンザ薬を使用することも多いようですね。
五味 抗インフルエンザ薬は最新の物が2種類あって一つは吸入薬でザナミビア(商品名リレンザ)というもの。一つは飲み薬であるオセルタミビア(商品名タミフル)というものがあります。いずれも発症から48時間以内に内服を開始すると症状が1日短くなると言われています。これらはインフルエンザが重症化するリスクの高い人に限定して使用すべき薬です。健常者の場合には服用する必要はありません。免疫不全のある方は、症状が一般の健常者に比し、重症化するリスクが非常に高いからです。がん治療薬とインフルエンザ治療薬の薬物相互作用の問題では、がん担当医に相談し、相互作用がないかどうか、確認することが必要です。
――複数の医師にかかる場合は、どんな注意が必要ですか?
五味 薬AはX医師から、薬BはY医師から、という状態は頻繁に起こると思いますが、それぞれの医師が、全部の薬の名前と量を把握する必要があります。さもなければ、薬物同士で、同時に使用してはいけないようなものを、知らずに処方してしまう危険があるからです。一般に、複数の医師にかかっている場合は、いま自分が飲んでいるすべての薬の名前と量を、ノートなどに記載して受診の際にもっていくか、あるいは、飲んでいる薬そのものを持参することをお勧めします。
*アセトアミノフェン(一般名)=非ピリン系解熱・鎮痛剤。子どもには座薬として使われることもある。
○接種要注意者

撮影協力/葛飾区・永寿堂病院

接種要注意者とは、接種の判断を行うに際し、注意を要する者を指すものであり、禁忌者ではない。この場合、接種を受ける者の健康状態及び体質を勘案し接種の可否を判断し、接種を行う際には被接種者に対して、改めて十分に効果や副反応などについて説明し、被接種者が十分に理解した上での接種希望であることを確認し、注意して接種を行う必要がある。接種要注意者は以下のとおり。
(1)心臓血管系疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、血液疾患等の基礎疾患を有することが明らかな者。
(2)前回のインフルエンザ予防接種で2日以内に発熱があった者、または全身性発疹等のアレルギーを疑う症状を呈したことがある者。
(3)過去にけいれんの既往のある者。
(4)過去に免疫不全の診断がなされている者。
(5)気管支喘息のある患者
(6)インフルエンザワクチンの成分又は鶏卵、鶏肉、その他鶏由来の物に対して、アレルギーを呈するおそれのある者。
【平成13年11月(平成15年9月改編)厚生労働省インフルエンザ予防接種ガイドライン等検討委員会より】
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