外科手術と感染症 手術前の適切な処置により術後感染症のリスクを軽減する

取材・文:月崎時央 ジャーナリスト
発行:2003年12月
更新:2013年8月

手術の部位によって違う危険率

[感染症のリスクによる外科的創の分類]
[1]清潔 clean (例,甲状腺、乳腺、脳)
非外傷性
手技上汚染がない
呼吸器系、消化管および泌尿生殖器系の
管腔内に入っていない
[2]半清潔 clean-contaminated(例,胃、胆のう)
明瞭な汚染はないが、消化管、あるいは
呼吸器系に入った場合
口腔内、腟内、非感染性の泌尿生殖器系、
あるいは胆道系に入った手技上軽度の汚染が疑われる
[3]汚染 contaminated(例,緊急大腸手術)
手技上汚染が明瞭の場合
外傷による創傷
消化管からの明瞭な汚染
感染源のある泌尿器生殖器系あるいは胆道系に入った

――ではたとえば、乳腺とか甲状腺の手術はどうなのでしょう。

吉田 乳腺や甲状腺は、場所的にも汚い菌のいる消化液などにさらされることが少ないから、清潔な手術と言えます。

つぎに少し清潔度の落ちる半清潔手術と呼ばれる手術は、これは胆のうや胃の手術などですね。胃も、胆のうの中の胆汁も、基本的には無菌ですが、場合によっては高齢者で胆石があったりすると、胆のうの中に細菌がいる場合もあります。

だんだん汚染の度合いが上がって、一番感染の危険性が高い手術を、専門的にコンタミネーティッドサージェリー(汚染手術)といいます。

たとえば大腸がんの手術や腸閉塞の緊急手術などは、腸液が漏れた場合、汚染手術ということになります。

術前に行う感染症予防

外科手術後の体力の落ちた状態では感染症の危険度も高くなる

――ひとつながりの自分の体でも臓器によって汚さの度合いが違う。それは、つまり手術をしたときの感染症のリスクも違うということですね。

吉田 そうです。とくに便をきれいに出せないまま行う腸の手術のときなどは、感染症の危険性も高いですね。ばい菌がいっぱいの便がお腹の中に漏れる、あるいは爆発する可能性があるわけです。そのときは非常に危険な、致死的な状況となります。

――大腸がんの手術などのときには、これをどう回避するのでしょうか。

吉田 完全に閉塞していない大腸がんの場合には、手術前に腸をきれいに洗い流す下剤を飲んだり、浣腸して大腸の細菌の数を10の3乗以下に落としたあとに手術をします。

――あらかじめきれいにしておく方法ですね。

吉田 そうすれば、感染症のリスクが減ります。さらにリスクを減らすためには、メスが入るときに抗生物質を予防的に投与します。

――メスが入るときが肝心なのですね。

吉田 はい。手術中に血液の中の抗生物質の効果が、最大になるようにするんですね。手術が始まったときに、細菌が血液の中に入っても大丈夫なようにするわけです。

――臓器のお掃除をして、なおかつ抗生物質を予防的に投与することで、病原体の侵入を減らすわけですね。

吉田 手術が長い時間におよぶ場合には、3~4時間置きに抗生物質を投与することもあります。でも基本的には、手術直前の1回投与というのが通常です。

感染症が起こってしまったら

――このようにあらかじめ対策をとっておけば、手術中の感染はほぼ完全に防げるのでしょうか。

吉田 いいえ。残念ながら、そういうわけではないですね。

――もし不幸にして感染症がおこったときにはどうするのでしょう。

吉田 感染症にかかってしまったら、治療的な抗生物質の投与が不可欠です。

お腹の中で膿が溜まっている、膿瘍というようなものができてしまった場合などには、針をさして膿を外に出すなどの処置が必要となることもあります。

――肺炎などの場合はどうでしょう。

吉田 肺炎の場合も抗生物質投与だけでなく、理学療法といって痰を出す、痰の通りをよくするなどの方法もあります。

――健康な人が感染症にかかったのと違って、手術を受ける人はもともと病気を持ち、体力も落ちていますね。

吉田 そうですね。手術後の患者さんは手術のストレスによっても、それだけで免疫力がかなり落ちますから。加えてがんの患者さんは、さらにがんによって免疫が落ちているので、それがハンディキャップになるのです。

――創部の感染症の兆候は、どんな風に考えたらいいでしょう。

吉田 お腹を開けたときに傷口に感染症が起こったときには、局所的、つまり傷口に熱の感覚があります。それから傷口周辺が赤い、発赤がある、押すと痛いなどの症状があるはずです。

場合によっては膿瘍という膿が溜まっているので、押すと内側が痛いということもあるかもしれません。

――もし、こういった手術後の不快な症状があったときには、積極的に、我慢していないで訴えていいということですね。

吉田 ええ。いわゆる手術の傷の痛みとは異なる痛みだとは思いますが、気になることがあれば医師や看護師に伝えてください。

病院は感染症源の温床?

――病院というのは医療施設であって、医療のスタッフもいるから安全な場所であると同時に、さまざまな病気を抱えた人の集まる場なので、病原体のたまり場でもあると聞きましたが。

吉田 そうです。病院は汚いところですから、できるだけ入院期間を短くして、手術日の前日に入院にする、というような工夫はしていますね。感染症対策とは別に医療費の抑制という面からも、入院期間が短くなっていますし。

――病院内で感染してしまう院内感染というのは、とても恐いものだと聞いていますが。病院側もいろいろ対策を講じているようですね。

吉田 そうですね。多くの病院には、感染症をコントロールするドクターがいたり、院内感染予防チームというのがあって対策を考えています。

――私たち患者も院内感染については知識を持つべきだと思うのですが、その病院が院内感染対策をどの程度充実させているか、どうしたらわかるでしょうか

吉田 まずたとえば病棟にアルコール系の殺菌剤などがおいてあり、出入りの際に使えるようになっているかなどが、分かりやすいでしょうね。

ただ病院の感染症対策については、なかなか一般の患者さんの目につくようなものは少ないのが現状ですね。

――手術後の感染症については、どのぐらいの期間、手術の影響として気をつけていたらいいのでしょうか。

吉田 手術後の感染症のリスクということで言えば、実際には数週間で解決すると思います。退院してからは、術後感染症が起こる頻度は、あまりないと考えていいでしょう。

念入りな手洗いは、感染症予防の基本だ

――退院すればもう安心なのですね。

吉田 そうですね。ただ感染症として発現するのは、最初に言いましたように病原体の数と、その人の免疫力によるわけです。だから免疫力が下がれば、少数の細菌の数でも感染するかもしれない。1年たっても、手術に関係する感染症で来院するケースもあります。

患者さん自身が気をつける期間は、退院後、数週間でいいと思いますが、個人差もありますね。また何らかの理由で免疫力が低下したときには、感染症のリスクは高くなります。

――感染症を予防するのに、一番大切なことは何でしょう。

吉田 それはやはり、手洗いやうがいを徹底することです。これはやさしいようで難しいものです。感染症予防の基本である手洗いをきちんとすることで、リスクは確実に減っていきます。

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