抗がん剤の副作用 「下痢」のセルフケアで快適に!

監修・アドバイス:飯野京子 国立看護大学校成人看護学教授
文:池内加寿子
発行:2005年7月
更新:2019年7月

抗がん剤治療を受けるときは?
まず、医師や専門ナースに相談し、症状の目安を知る

下痢は患者さんにとって苦痛であるだけでなく、栄養や水分の吸収を阻害して栄養状態を悪化させ、全身状態を悪くする要因になります。

「苦痛をやわらげ、体力を維持して治療を継続させるためにも、食事の工夫等のセルフケアをはじめ、医療者の指導のもとで薬物療法を受けるなどの積極的な対策が必要です。抗がん剤治療の際は、医師に、(1) いつごろ、どんな症状が出るか、(2) だれにでも起こりやすい症状か、(3) 症状が出たらどう対処すればよいか、(4) いつごろ改善するか、(5) いつごろ白血球が減少するか、白血球の数がいくつ以下になったら注意が必要かなど、なるべく具体的に予測を聞いておくことが大切です(表2参照)。

患者さんは不安が強いものですが、ある程度の目安を知り、その症状が自分だけに起こるのではなく、いずれは改善されることがわかっていれば、適切に対処しながら乗り越えていくことができるでしょう」と飯野さんはアドバイスします。

一度にまとめて医師の説明を受けても、理解しきれないこともあるでしょうから、治療のつど、知りたいことを積極的に質問してみましょう。

「医師が忙しそうなときは、がん専門看護師、がん化学療法の認定看護師など、専門的な教育を受け、実践をつんだナースに相談することをおすすめします」

かかっている病院で、専門のナースはいませんか、と聞いてみるとよいでしょう。

今後、がん専門病院や大学病院などの拠点病院と地元の診療所がデータを共有し、患者さんの診療・治療にあたる「病診連携」がさらに進み、心配な症状が起こったらいつでも地元の診療所で相談できる態勢づくりがのぞまれます。

[表2 抗がん剤治療中の症状プロセス]
治療前:予期的悪心・嘔吐


抗がん剤治療の経験がある患者さんは、前回の治療を思い出し、抗がん剤の点滴ボトルを見たり、治療を受けることを連想するだけで、予期的悪心・嘔吐を生じることがある。
当日:急性期の悪心・嘔吐、下痢、便秘


治療後、抗がん剤が脳や消化管粘膜へ影響を及ぼし急性期の悪心・嘔吐を生じる。イリノテカン(CPT-11)使用の場合は、コリン作動性の下痢を生じる。一方、制吐剤のなかでも、5-HT3受容体拮抗剤(カイトリル)は便秘を生じる。
2-3日目:悪心・嘔吐症状の軽度持続、味覚異常、口内炎→複合的な原因による食欲不振


悪心・嘔吐の強さは緩和するが、症状が軽度持続し食欲が出ない患者さんも多い。味覚異常や口内炎が、徐々に出現し、複合的な問題で食欲が出ない場合がある。
7-14日目:下痢、口内炎、倦怠感、味覚鈍麻など→さらに複合的な原因による食欲不振


食欲不振が持続している場合がある、骨髄抑制や粘膜障害による下痢、口内炎、倦怠感、味覚鈍麻などの症状が重なり、食欲不振の原因はさらに複雑となる
14日目以降:継続する食欲不振
何となく食べられないという症状が持続したまま、次の治療に移行する場合もある

賢いセルフケアの方法は?
症状や食事を記録し、肛門の皮膚を清潔に

さて、実際に下痢が始まった場合はどのように過ごしたらよいのでしょうか。

●下痢止めを処方してもらう
「下痢には薬物治療が効果的なので、医師に適切な止痢剤(下痢止め)を処方してもらいます」(表3参照)。
同じ抗がん剤治療でも、副作用の現れ方には個人差があり、また、イリノテカンは下痢、シスプラチンに用いる制吐剤は便秘を起こしやすいなど、組み合わせる抗がん剤や制吐剤によって便秘と下痢というように正反対の副作用が同時に出ることもあるので、自己判断せず、必ず医療者と相談して各自の症状に合わせた薬剤で副作用を抑えることが大切です。

[表3 おもな下痢止め薬]
腸蠕動抑制剤 阿片アルカロイド(アヘンチンキ)、抗コリン薬(副交感神経遮断薬)、ロペラミド(ロペミン)
収斂剤 ヒスマス製剤、タンニン酸アルフミン(タンナルピン)
吸着剤 アルミニウム薬(アドソルピン)、ジメチルポリシロキサン(ガスコン、ガスオール)カルシウム製剤
殺菌剤 塩化ベルベリン(フェロベリン)
乳酸菌製剤 ビオフェルミン、ラックB、ミヤBM等

●おなかを冷やさない
下痢の症状が出ているときは、腹部の圧迫を避け、夏でも下着を1枚増やすなどして、おなかを冷やさないようにします。下痢がひどいときは、湯たんぽやホットカイロなどを下着やパジャマの上からおなかにあててもよいでしょう。

●肛門の炎症は、清潔&保湿で予防
「患者さんがもっともつらいのは、下痢による肛門痛でしょう。肛門の粘膜は皮脂という天然のバリアで、乾燥や細菌感染から身を守っていますが、下痢が重なるとバリアが損なわれ、アルカリ性の便で容易に傷つき、炎症を起こして痛みます。これを防ぐには、まず肛門を清潔にするのが一番。さらに軟膏などで保護します」
まず、ウォッシュレットやシャワーなどの温水で優しく洗い、やわらかいタオルかティッシュで押し拭きします。洗えない場合はベビー用の清浄綿で拭いてもよいでしょう。
「アルコール入りのものは刺激になるので逆効果。介護用濡れティッシュはアルコールが入っているものもあるので避けてください」
肛門を清潔にした後は、ベビーオイル、アロエ軟膏など刺激の少ない保湿剤で肛門に潤いを与えて保護します。
「顔用の乳液などは、刺激性の成分が入っていることがあるので避けたほうが無難です」

●食事は刺激が少ないものを
「抗がん剤治療中は平常時よりエネルギーを必要とするのに、下痢が起こると栄養や水分、電解質が流出し、栄養不良や脱水症状を起こしやすくなります。下痢の症状があるときは消化吸収されにくい食品を避け、消化がよく刺激が少ない食品や水分を補給して、栄養不良と脱水症状を防ぐのがポイントです」
避けたほうがよい食品は、香辛料、高脂肪食、高塩分、アルコール、コーヒー、紅茶、緑茶、ウーロン茶などタンニン入りのお茶、柑橘系など酸味の強い果物やジュース、冷たいものなど。お勧めの食品は、りんごやバナナなど酸味が少なく消化のよい果物、おかゆ、ゼリータイプの栄養補助食品(ヴィダーインゼリーなど)、プリン、スポーツドリンク、麦茶などが挙げられます(表4参照)。
「りんごやジャムに含まれるペクチンは、水分を吸収し、胆汁酸を吸着して下痢を緩和させる働きがあります。スポーツドリンクやゼリータイプの食品は、吸収速度が速いので、電解質や栄養補給に好適です。水分は室温に戻して飲むとよいでしょう」

[表4 下痢に適する食品と適さない食品]
適した食品 適さない食品
主食 軟らかい米飯
下痢の程度によって絶食→重湯→5分粥→全粥
麦飯、そば類
魚類 白身魚の煮物
脂質の少ないもの
貝類、タコ、イカ、海老、鰻、その他脂質の多い物、干し物
野菜類 繊維分少なくやわらかいもの
じゃがいも、かぼちゃ、人参、ゆり根、かぶ、トマト、白アスパラガス
繊維が多く、コリン、ヒスタミンを多く含むもの
ごぼう、れんこん、筍、ねぎ、さつまいも、こんにゃく、なす、キノコ、ほうれん草
その他 果物の缶詰 炭酸飲料、香辛料、牛乳

●症状と対策の記録をつける
「初回の治療時から、患者さん自身が下痢の状態、便の色、硬さ、回数、そのほか、腹痛、肛門痛、吐き気、口内炎などの具体的な症状や食事の記録をつけておくことをおすすめします」と、飯野さん。
「前回は、あのつらい時期に白血球がいくつくらいだったから、これを乗り越えれば大丈夫」とか、「あのときはこの食事で成功したから今度もこれで行こう」などと、次の治療時の参考になり、医療者に症状などを適切に伝えるうえでも役立ちます。
「抗がん剤治療が終われば、下痢自体はおさまりますが、食欲不振が残ることがあるので、口に合う食品のメモも残しておくとよいですね」

1 2

同じカテゴリーの最新記事