造血幹細胞移植後に多発する不妊を防ぐために あきらめないで!! 妊娠機能を温存する、放射線から卵巣を守る治療
抗がん剤で異なる卵巣への影響
このように、未受精卵の凍結保存は、生殖技術の進歩もあり、ずいぶん進歩しました。未婚女性にとっては、大きな朗報です。しかし、まだ卵子を採取する時期や採取法が難しいのは、同じです。そのため、神田さんも不妊治療の専門施設に依頼して、卵子の凍結保存を行っているそうです。
がん治療のタイミングと卵子の採取時期をあわせ、感染や出血の危険性をできるだけ減らすためには、血液科の医師と不妊治療の医師が密接な連携をとって準備することが大切なのです。 一方、がん治療の専門家の立場から神田さんが開発したのが、卵巣を遮蔽して放射線治療を行う方法です。
神田さんによると「移植前治療に使う抗がん剤によって、卵巣に対する影響はかなり違う」といいます。
造血幹細胞移植は、血液のがんだけではなく、再生不良性貧血などでも行われます。この場合、エンドキサン(一般名シクロホスファミド)を大量に移植前治療に使っても、男女とも半分ぐらい、26歳以下の女性ならばほぼ100パーセント卵巣や精巣の機能が回復します。つまり、エンドキサンはそれほど生殖機能を障害しないのです。これが大きなヒントになりました。
白血病の移植前治療には、より強力な前処置が必要になるので、(1)ブスルフェクス(一般名ブスルファン)とエンドキサンの2剤併用療法か、(2)エンドキサンと放射線の全身照射が行われます。(1)の方法だと卵巣の機能は廃絶したままで、ほぼ100パーセント回復しません。ところが、(2)の方法だと、若い人ならば10パーセントぐらい卵巣の機能が復活するのです。
「再生不良性貧血の移植前治療の結果から、エンドキサンは卵巣や精巣にあまり影響を与えないことがわかっています。それならば、(2)の方法で卵巣に悪さをしているのは放射線治療であるはずです。だとしたら、卵巣を遮蔽して放射線が当たらないようにして治療をすればいいのではないかと考えたのです」と神田さんは説明しています。
性別 | 移植種類 | 前処置 | 症例数 | 性腺機能回復 |
---|---|---|---|---|
男性 | 同種 | シクロホスファミド | 109 | 61% |
男性 | 同種 | シクロホスファミド+全身放射線照射 | 463 | 17.50% |
男性 | 同種 | ブスルファン+シクロホスファミド | 146 | 17% |
男性 | 自家 | カルムスチン+シタラビン+エトポシド+メルファラ��� | 13 | 0% |
男性 | 自家 | カルムスチン+シタラビン+エトポシド+メルファラン | 10 | 0% |
女性 | 同種 | シクロホスファミド | 43 | 74%(26歳未満は100%) |
女性 | 同種 | シクロホスファミド+全身放射線照射 | 74 | 13.50% |
女性 | 同種 | シクロホスファミド+全身放射線照射 | 532 | 10% |
女性 | 同種 | ブスルファン+シクロホスファミド | 73 | 1% |
女性 | 自家 | カルムスチン+シタラビン+エトポシド+メルファラン | 10 | 60% |
卵巣を遮蔽して放射線治療
実は、このとき20歳の女性の慢性骨髄性白血病が移行期に進展しました。ただちに治療をしないと急性に転化して治療は極めて厳しくなります。しかし、彼女は「造血幹細胞移植をして不妊になるぐらいならば、治療は受けない」というのです。
そのため、神田さんは当時在籍した東京大学で放射線科の医師にいい方法がないか相談しました。その結果、一緒に卵巣を遮蔽する方法を開発することになったのです。2002年2月のことです。
東大の放射線照射装置は、天井から照射するタイプだったので、患者さんには可動式のベッドに寝てもらい、卵巣部分をタングステンの円柱で遮蔽して放射線を照射しました。こうすると、「全身照射の場合、普通12グレイぐらい照射します。こうして卵巣部分を遮蔽しても反射はあるのでゼロにはなりませんが、卵巣にかかる放射線は3グレイぐらいになるのです」と神田さん。卵巣が耐えられる放射線量は5~6グレイですから、これならば十分機能を温存できるのです。
照射時間は20~30分ほどで、これを朝夕2回ずつ、3日間行うのが普通です。抗がん剤治療は、この前か後に行います。

通常の移植と再発に差はなし!?
ただ、「怖かったのは、再発です」と神田さんはいいます。卵巣を遮蔽すると、骨盤にある腸骨の骨髄も遮蔽板の影になり、白血病細胞が残存する可能性が考えられたのです。卵巣機能が維持されても、白血病が再発したのでは意味がありません。
しかし、ここでミニ移植の報告が力になりました。高齢者は、通常の造血幹細胞移植に伴う前治療には耐えられないことが多いので、抗がん剤や放射線治療の程度を軽くして移植を行います。これがミニ移植です。その中で、完全寛解に入っていれば、放射線は2グレイに抑えても移植後の再発は防げる、と報告されたのです。「それならば、完全寛解に入った人であれば、骨盤にかかる放射線の量が3グレイぐらいになっても大丈夫なのでは」と考えたのです。
実際には、まだ再発率のデータはありませんが、「今のところ、10例に卵巣遮蔽を行って再発したのは2例。普通の前処置による造血幹細胞移植と差はありません。治療効果は大きくは変わらないだろうと思います」と神田さんは話しています。
8割で卵巣機能が復活
そして、肝心の卵巣機能は10人中8人が回復。そのうち、2人が出産しています。
「卵巣の機能が回復するかどうかは、年齢の影響がかなり大きいので、原則として30歳以下が対象」です。ただし、年齢の影響は大きく、27歳と29歳の女性にも卵巣遮蔽を行っていますが、27歳の女性は卵巣機能が回復しなかったそうです。また、16歳の少女は治療後半年で卵巣機能が回復しましたが、29歳の女性は回復までに2年を要しました。
では、生まれた子供に問題はないのでしょうか。強い治療を行っているだけに心配な点です。神田さんによると「海外でのデータをみると、移植後に出産した場合、先天性異常や発育の遅れなどは、とくに増加していません。ただ、通常の出産と比較すると帝王切開や早産、低体重児の頻度が高いという報告はあります」。
卵巣機能が復活して生まれた2人の赤ちゃんは、2500グラムと2700グラム。小さめとはいっても、それほど差があるわけではなさそうです。
年齢 | 疾患 | 病歴 | 治療歴 | 前処理 | TBI | 卵巣機能 | |
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1 | 20 | 慢性骨髄性白血病 | 7年 | ハイドレア+ インターフェロン | シクロホスファミド+ 全身放射線照射 | 12グレイ | 2年後回復 |
2 | 25 | 慢性骨髄性白血病 | 6カ月 | ハイドレア | シクロホスファミド+ 全身放射線照射 | 12グレイ | 1年後回復5年後出産 |
3 | 27 | 急性リンパ性白血病 | 6年 | 多剤併用化学療法 | エトポシド+ シクロホスファミド+ 全身放射線照射 | 12グレイ | 未回復 |
4 | 29 | 急性骨髄性白血病 | 10カ月 | 多剤併用化学療法 | シクロホスファミド+ 全身放射線照射 | 12グレイ | 2年後回復 |
5 | 22 | 急性骨髄性白血病 | 2年半 | 多剤併用化学療法 | シクロホスファミド+ 全身放射線照射 | 12グレイ | 未回復 |
6 | 20 | 慢性活動性 EBウイルス感染症 | 9カ月 | 多剤併用化学療法 | シクロホスファミド+ 全身放射線照射 | 12グレイ | 未回復 |
7 | 22 | 骨髄異形成症候群 | 7年 | なし | シクロホスファミド+ 全身放射線照射 | 12グレイ | 7カ月後回復 現在妊娠中!! |
8 | 16 | 急性リンパ性白血病 | 8カ月 | 多剤併用化学療法 | シクロホスファミド+ 全身放射線照射 | 12グレイ | 6カ月後回復 |
新しい手法も研究中
こうした結果から、神田さんは(1)若い女性の造血幹細胞移植の前治療にブスルフェクスは使わないで欲しい、(2)卵巣の遮蔽はどの病院でも可能、と国際雑誌でも訴えています。
ブスルフェクスを使えば、卵巣機能はほぼ100パーセントダメになります。これを知っているかどうかだけでも、治療方針は大きく変わってくるのです。
また、一般の病院では放射線照射は水平方向から行われます。そこで、神田さんは患者さんにベッドに横向きに寝てもらい、マットに入れた切れ込みに肩を入れる方法を考えました。これならば、体が動かないので卵巣部分に遮蔽板をあてて、放射線照射を遮ることができます。それだけで、卵巣機能が回復する率が、若い人ならば10パーセントから80パーセントにまで上がるのです。
「放射線科が忙しいので、まだあまり普及はしていませんが、患者さんからの問い合わせが多いので、その方向から卵巣の遮蔽が広まるかもしれません」と神田さん。
今、世界では排卵周期に関係なく卵子が採取できるという意味で、卵母細胞を採取して育てる方法や固形がんでは卵巣そのものを凍結保存して治療後に戻す方法なども研究されています。がん治療でも、ようやく女性の妊娠機能まで考えて治療法を選択できる時代が来ようとしているのです。
男性患者 |
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女性患者 |
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