困難極めた未受精卵の凍結も、今や凍結していない卵と同等の妊娠率! 抗がん剤や放射線で不妊になる前に考えよう! 卵子の凍結保存法

監修:桑山正成 加藤レディスクリニック先端生殖医学研究所代表
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2010年3月
更新:2013年6月

必要だから誕生したガラス化凍結法

桑山さんが、本気で卵子の凍結保存法を開発しなければならないと考えたのは、1999年のことです。実は、桑山さんは動物の生殖工学の専門家として、国内外で活躍をしていました。日本は、動物の生殖工学では世界でもトップレベル。受精卵などの凍結保存法も、もともとマウスやウシなど動物の生殖工学技術から応用されてきたのだそうです。

その経験と知識を嘱望されて加藤レディスクリニックの先端生殖医学研究所に招かれたのが、1999年のことです。加藤レディスクリニックは、年間2万1000件、日本の体外受精の2割強の体外受精を実施する、日本を代表する世界最大の不妊治療専門のクリニックです。

ここで、不妊治療を何度も繰り返し、失敗しては涙を流す女性がいることを知ったのです。「なんとしても、新しい技術を開発しなければ」と桑山さんは考えました。

ちょうどその頃、不妊治療のためにアメリカから来院した女性(37歳)がいました。いい卵子が2個採取できたのですが、ご主人が飛行機のトラブルで来院できず、精子が無いため、体外受精ができない状態になりました。せっかく採取できた卵子をどうするか――。考えたときに、桑山さんの頭に閃いたのが「卵子の凍結保存」だったのです。

実は、90年代に入ると動物の生殖工学では氷の結晶を作らない新しい卵子の凍結保存法が開発されていました。1985年にはマウスの受精卵で新しい凍結保存に成功。桑山さんは91年にはウシの受精卵でも成功し、また翌年にはついにウシの卵子の凍結保存に成功、さらに98年には哺乳類でもっとも難しいブタの卵子で凍結保存に成功していました。

この成果をもとに、ヒトの卵子で新しい凍結保存を試みたのです。この目論みは見事に成功し、凍結保存した卵子を解凍、体外受精によって女性は妊娠します。成功のニュースは新聞でも取り上げられました。ここで、いわば速成で考案されたのが「ガラス化凍結法」といわれる卵子の超急速凍結保存法だったのです。

「ヒトの卵子のほうが、ウシやブタの卵子よりずっと強くて凍結保存しやすいのです」と桑山さんは語っています。

ガラス化凍結法による凍結保存前後の卵子

ガラス化凍結法による凍結保存前後の卵子。保存前と融解直後で、卵子が傷つかず、全く変わらないことがわかる

高校生の卵子を凍結保存

しかし、その後の道のりは順調とはいえませんでした。

新聞報道をみてすぐに、白血病の女性から治療の前に卵子の凍結保存をしてほしい、と連絡がありました。命にかかわる病気なので、主治医の了解を得てくださいと桑山さんは返答したのですが、主治医からは「余計なことをしないでください」と連絡があり、患者女性との連絡もそれっきり途絶えてしまいました。当時、まだ未婚女性の卵子の凍結保存は学会で認められていなかったのです。

しかし、そんな医師ばかりではありませんでした。救える技術があるのになぜ利用できないのか――。もんもんとする桑山さんのもとに、名古屋の病院のある医師からメールが入りました。

「若い女性の人生を救ってほしい」

今卵子を保存しなかったら、一生わが子を手にすることはできない――。こうした想いから、本格的にガラス化凍結法による卵子の凍結保存が始まりました。

第1号の女性の卵子を凍結保存した際に、将来おかあさんにしてあげたいという気持ちをこめて、凍結保存を行う組織に「フューチャー・マザー」と命名しました。そして、2番目の患者さんとなったのが、通称ナギちゃん。ナギちゃんは、当時高校2年生。悪性リンパ腫という診断を受け、造血幹細胞移植を2カ月後に控えていました。卵子を採取できる生理周期はあと1回。幸い2個の卵子が採取できました。ナギちゃんは、凍結保存した卵子に名前をつけて写真を病室に張り、「将来のわが子と一緒に闘う」と宣言したのです。

今、病気を克服したナギちゃんは看護学校を卒業して看護師さんの道を歩み始めました。奇跡的に生理も戻りましたが、ナギちゃんの卵子は今もマイナス196度の液体窒素の中で凍結保存されています。

写真:凍結保存庫
写真:-196度の液体窒素の中に凍結保存してある卵子

-196度の液体窒素の中に凍結保存してある卵子(品質低下なく1000年間の保存が可能)

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