困難極めた未受精卵の凍結も、今や凍結していない卵と同等の妊娠率! 抗がん剤や放射線で不妊になる前に考えよう! 卵子の凍結保存法 | ページ 3

監修:桑山正成 加藤レディスクリニック先端生殖医学研究所代表
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2010年3月
更新:2013年6月

生存率は98パーセント超

ガラス化凍結法の大きな特徴は、細胞を破壊する氷の結晶を作らずに凍結させる点にあります。

水は、水素と酸素の分子が結合することで氷になります。そのため、水以外のものが入ると氷の結晶を作りにくくなります。そこで、毒性がなく、中性で、水によく溶けることを条件に選んだのが高級アルコール類であるグリセリン、プロピレングリコールなどを混ぜた凍結保護液です。この保護液を細胞内の水分と置き換えていくのです。腟壁から極細の吸引針を刺して採取した卵子を凍結保護液に浸し、浸透圧差を利用して内部の水分を凍結保護液に置き換えていきます。

[ガラス化凍結法の手順]
図:ガラス化凍結法の手順

桑山さんによると「浸透圧で、梅に塩をかけたように卵子の水分が抜けていくのです。通常の何10倍も浸透圧が高いので、1分以内に脱水して半分以上の水分が保護液と置き換わる」といいます。ここまでに、以前の緩慢凍結法ならば1時間はかかったのです。

こうして内部の水分を凍結保護液と置き換えたことで、卵子は氷晶形成しなくなります。その後、こうした処理を行った卵子をクライオトップと呼ばれる細長い棒状の凍結容器の先端にのせ、液体窒素で急速に冷やします。こうして凍結した卵子の水分子構造がガラスと似ているため「ガラス化凍結法」と呼ばれているのです。

実際にガラス化保存に要する時間は、17分。逆に解凍する場合は、37度の融解液に1分間浸したのち、洗浄して凍結保護液を除去します。解凍に要する時間は、およそ10分だそうです。

[ガラス化凍結保存後のヒト卵子の生存、受精および胚盤胞率]
図:ガラス化凍結保存後のヒト卵子の生存、受精および胚盤胞率

しかも、その方法は「素人でも30分あったら覚えられるでしょう」というほど、簡単だといいます。ここにも、桑山式のガラス化凍結法が急速に世界中に広まった理由があります(世界12カ国ですでに2万症例が実施済み)。

桑山さんによると、「日本は、提供卵子バンクがないので症例数が非常に少ない」といいますが、これまで、同クリニックでガラス化凍結法により凍結保存した一般不妊治療の卵子は152個。解凍後の生存率は98パーセント、ほとんどの卵子が生存しているのです。その90パーセントが顕微授精によって受精し、その半分が分割して胚盤胞()まで進んでいます。胚盤胞まで進めば赤ちゃんまで育つ確率が高いのです。従来の緩慢凍結法との差は、表をみても明らかです。

胚盤胞=卵子が精子と受精後、受精卵の分割が進んで5日程度たった段階のこと

自然妊娠率よりも高い妊娠率

桑山さんたちは不妊治療の経験や最先端の生殖工学を利用し、できるだけ患者に負担の少ない方法で採卵から凍結、解凍、体外受精という過程を進めるために研究を重ねています。

現在、凍結できる卵子は体内で成熟し、受精ができる直前の状態になったものです。そこで、正常な生理周期を持っていることが採卵の条件。そういった方に対して、軽いホルモン剤で卵巣を刺激して排卵を促進し、採卵します。そのため、準備に半月から1カ月が必要です。

卵巣刺激に使うホルモン剤も最低限の量に抑え、子宮や体への負担を少なくします。また、不妊治療では、ふつう3~5個の受精卵を子宮に移植します。そのため、赤ちゃんの数を減らす減数手術が必要になることもあります。しかし、「ヒトの卵子や受精卵を殺してはいけない」というのが桑山さんの信条です。そこで、6年前からは受精卵を胚盤胞まで培養し、1個だけを子宮に戻しています。それだけの自信も裏付けもあるからです。

[ガラス化凍結保存卵子由来胚の移植成績]

受精卵
移植数
妊娠数 流産数 出産数 誕生した
赤ちゃんの数
29 12(41.4%) 2 10 11

その結果、これまでガラス化凍結法で凍結保存した卵子から、解凍、顕微授精後に得られた受精卵を合計29人の子宮に移植。実にその12例(41パーセント)が妊娠し、うち2例が流産。最終的に10例のお産から一卵性双生児を含む11人の正常な赤ちゃんが誕生しています。この妊娠率41パーセントという数字は、自然妊娠より高い数字なのだそうです。全世界では、すでに2万個以上の卵子が凍結保存され、1000人以上の健康な赤ちゃんが誕生しているといいます。

まず協力的な医師を探して!

[卵子バンク保管状況]
(2001年1月10日~2009年8月25日)

疾患名 登録者数(既婚者数・未婚者数)
血液疾患 129 (33・96)
子宮・卵巣がん 10 (4・6)
乳がん 33 (17・16)
悪性リンパ腫 5 (1・4)
その他 18 (4・14)

加藤レディスクリニックの卵子バンクには、現在未婚女性の卵子549個が凍結保存されています。登録者には白血病や乳がん、子宮がんの女性も多くいます。

「がんと闘うだけでも大変だと思いますが、すでに卵子を凍結保存する技術は確立されています。将来のために凍結保存したいと思ったら、まず患者会などに相談して協力の得られる主治医の先生を探してください。主治医から依頼があれば、すぐに対応できます」と桑山さん。

ちなみに、卵子の凍結保存は、同クリニック院長の加藤修さんの善意により技術料は無料、消耗品などの実費のみで行っています。

ケースによりますが、初回の凍結には、卵巣刺激、採卵料(2年間の初期保管料込)などを含めると自費で合計25万円前後かかり、2年間経過後は、卵子保存1セットにつき月に2000円の保管料を支払えば液体窒素中で「50歳まで」卵子を保管してもらえるそうです。

今、桑山さんたちは白血病など血液疾患の未婚女性を対象に、卵子の凍結保存の臨床研究を行っているところで、長期成績などエビデンス(科学的根拠)が出るのはこれからです。しかし、「命が助かったのだから、赤ちゃんができなくてもしかたない」と、諦めなくてもすむ時代になろうとしているのです。

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