不安、不眠、食欲不振などのうつ症状は、抗うつ薬で改善できる もしかしたら、あなたもうつになっていませんか?

監修:松島英介 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科心療・緩和医療学分野准教授
取材・文:半沢裕子
発行:2011年4月
更新:2013年4月

新たな抗うつ薬が登場治療の選択肢が増えた

積極的に治療を受けてほしい理由はもうひとつある。ホルモン療法を受けているがん患者さんのうつ症状に効果があり、副作用の少ない薬が登場しているためだ。ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)と呼ばれるカテゴリーの薬、レメロン()である。

現在、うつ病にも診療ガイドラインがつくられているが、うつ病治療の中心は薬物療法。そして、うつ病治療に使われる抗うつ薬はこの10数年、めざましく進歩している。最も劇的に治療が変化したのは、日本では1999年。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)と呼ばれるカテゴリーの薬が認可されたときだ。

うつ病などの心の病は主に、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの脳内物質の過不足によって起こると考えられている。簡単にいうと、こうした脳内物質を薬物によってコントロールするのが薬物療法だが、SSRIは脳内物質セロトニンが脳のシナプス(神経細胞間の接合部)に再吸収されるのを妨げることで、セロトニン濃度を維持する薬。SSRI以前の抗うつ薬に比べ、副作用が少なく、効果が変わらないのが特徴だ。「SSRI以前の抗うつ薬はセロトニンだけでなく、ほかの不必要な部位にも影響するため、心臓への負担が大きいなど、副作用も強かったのです。しかし、SSRIはセロトニンに選択的に効くことから、効果が得られやすく、副作用は非常に小さくなりました。精神科以外の医師も気軽に処方できるほど、安心して使える薬が登場したのです。うつ病治療史上、特筆すべき出来事でした」

と松島さん。SSRIに続いて、セロトニンだけでなくノルアドレナリンの濃度もコントロールするSNRIが登場。さらに2009年、SSRIやSNRIとは違う機序(働き方)で脳内物質をコントロールし、神経に直接働きかけるNaSSAの治療薬、レメロンが日本でも認可になって、うつ病治療は「治療の幅が広がり、患者さんの状態に合わせて、薬が使い分けられるよ���になった」

と松島さんは、言う。

レメロン= 一般名ミルタザピン

不安、不眠を解消し、食欲が戻った

では、これだけ出そろったうつ病の薬は、どんなふうに使い分けられているのだろうか。「がんの患者さんに抗うつ薬を処方する場合、私たちはどちらかというと効果より、副作用を重視して使い分けてきました。がん患者さんの多くはただでさえ、治療に伴う副作用に苦しんでいます。それがうつ病の原因にもなっているにもかかわらず、さらに副作用が加わるのでは意味がありません。たとえば、肝機能や腎機能の落ちている患者さんに、主に肝臓で代謝されたり、腎臓から排泄されたりする薬は使えません。つまり、これ以上、マイナスを増やさない方向で、治療を考えるということです」

その点、レメロンは「副作用が少なく、問題となる飲み合わせもない」という抗うつ薬のため、ほとんどの患者さんに使える。だから、副作用軽減を重視せず、不眠や不安など、がん患者さんに多くみられるうつ症状を積極的に改善するために使うことができるのだという。

また、ホルモン療法の副作用としては、吐き気や嘔吐、食欲不振などの胃腸症状に悩む患者さんは少なくないが、レメロンにはこれらの症状を和らげる効果もある。松島さんは言う。

「実際のところ、レメロン自体の副作用が眠気や食欲増進なので、うつ症状を抑えると同時に、それが副次効果になるというおまけがつくわけです」

抗うつ薬で更年期障害のホットフラッシュも改善

[図7 がん患者に対するレメロンの利点]

  • 不眠をともなううつ症状
  • 不安をともなううつ症状
  • 薬物相互作用がほとんどない
  • 1 日1 回の服用でいい
  • 食思不振や嘔気、不眠をもつうつ病患者に効果がある
    ( Kim Sung-Wan et al. Psychiat Clin Neurosci, 2008)
  • ホルモン療法を含む化学療法などで嘔気、嘔吐が出現している
    ( Thompson DS. Psychospmatics, 2000)
  • ホルモン療法によりホットフラッシュがある
    ( Biglia N et al. Breast J, 2007)

さらに、更年期様症状の代表であるホットフラッシュに対しても、レメロンは改善効果があるという。ホットフラッシュは前述したように、若い女性患者さんや前立腺がんでホルモン療法を受ける男性にも起きる。いわば「心構えのある」年配女性に比べ、更年期障害など想像もできない若い女性や男性にとって、こうした症状が出ることは大変なショックだが、これもまたレメロンの副次的効果として、一石二鳥で和らげることができるのだ。

レメロン自体の効果はホルモン療法を受ける患者さんに対しても、一般的なうつ病の患者さんに対しても変わらない。が、まさに副作用を重視する観点から考えると、ホルモン療法を受ける患者さんには大きなメリットをもっているということができる。

飲み始めて1週間くらいで効くなど、抗うつ薬としては「即効性」があり、1日1回の内服薬なので扱いが簡単。これも、さまざまな薬を飲まなければならないがん患者さんにとっては、大きな利点だろう。

なお、レメロン自体の副作用は、すでに挙げた眠気や食欲増進のほか、めまいや倦怠感、便秘など。副作用が出たら、すぐに医師に告げることが大事。「眠くてどうしようもない」という人などは、薬を替える必要があることも。

うつ病の薬に共通する注意としては、薬を飲み始め、元気が出てきたあたりにしっかり見守るという点だ。それまであまりにうつ症状がひどく、何もする元気もなかった人が、少し元気が出て、自殺という行動に出てしまうことがある。患者さんの様子に、医師も家族も一緒に気をつけることが必要だ。

このように、「がんだから仕方がない」、「ホルモン療法の副作用だからあきらめよう」と思わず、積極的にうつ症状を改善することが大事だ。松島さんはこう強調する。

「うつ病になると、体調が悪くなり生活の質が落ちて、肉体的にも精神的にも社会的にも支障が出ます。そのためにがん治療が続けられなくなることもあるので、影響は深刻です。もちろん、家族への負担も重くなります。しかし、今はレメロンに代表されるようないい薬がたくさんあり、ホルモン治療や抗がん剤治療などを受けながら、効果的なうつ病治療が受けられます。どうか、治療を受けることをためらわないでください。治療することで体調がよくなり、生活も軌道に乗って、本来のがん治療に専念することができるはずです。私たち精神腫瘍医はそのためにいるのですから、ぜひとも活用していただきたいと思います」

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