心理的に追い詰められないためのケアと専門家へのかかり方 これだけは知っておきたい! 心のケアの基礎知識
がん患者さんへの心のケア
1人で悩まずに誰かに相談する
- 自殺の最大の原因
- QOL(生活の質)の全般的低下
- 家族の精神的負担増大
- 治療コンプライアンス(遵守)の低下
- 入院期間の延長
次に、がん患者さんの心のケアとしてできることを、まとめてみます。
第1に、「1人で悩まずに、誰かに相談すること」です。
ストレスの解消法は人それぞれで、『旅に出る』という人もいれば、『本を読む』という人もいます。誰かに相談することがすべての人によいとは限りませんが、多くの場合、自分のつらい気持ちを誰かに打ち明け、共感してもらうことは、精神的な苦痛を和らげる大きな手段となります。「誰か」は家族や友人の場合もあれば、同じ病気と闘っている仲間のこともあります。
ただ、がんになると、普通の「○○さん」から「がん患者の○○さん」になってしまい、まわりと話をしようとしても、相手も自分も身構えてしまう、といった事態も起こります。
そんなときこそ、専門家の出番です。私たち精神腫瘍科の医師や、患者さんの悩みを聞くリエゾン・ナース(精神看護専門看護師)、カウンセラー(臨床心理士)などに相談してみてください。最近はチームでがん医療に取り組んでいる病院も増え、専門家は皆さんの身近にいることと思います。
精神腫瘍科の受診方法がわからない場合は、主治医や病棟の看護師さんに相談してみてください。
がん拠点病院の相談支援センターに相談する
また、「どうも自分の病院には、精神腫瘍科の専門家がいないような気がする」と思ったら、近くのがん拠点病院を訪ねてみるとよいでしょう。今日、がん拠点病院には必ず『相談支援センター』があり、ソーシャル・ワーカー(社会福祉士)の方などが常駐して、さまざまな相談に乗ってくれます。国立がん研究センターでも1階にソーシャル・ワーカーの方が何人もいて、「何でも気軽に相談してください」と患者さんに声をかけたりしています。
ソーシャル・ワーカーがカウンセリングを担当することもありますし、状況によっては心のケアを受けられるクリニックなどを紹介してくれます。
話すことだけでなく、泣いたり、怒ったり、感情を発散させることは大事です。専門家はそうした感情も上手に受け止めてくれることが多いと思い��す。
また、先ほどふれたように、薬物療法は精神的な苦痛を和らげる1つのよい手段です。抗うつ剤、精神安定剤、睡眠薬など薬の力を借りて、自分の心身の態勢を立て直すのです。
先般、当院で薬物療法に関するデータを集めたところ、適応障害のうち、3割くらいの方に薬物療法を行っていることがわかりました。うつ病の方は、8割くらいでした。ただし、実際には、国立がん研究センターのようながん専門病院でさえ、自分がうつ病と気づかず、心の治療を受けていない方はもっとたくさんいらっしゃると思います。
薬を飲む期間は、半年くらいが多いと思います。がん告知のショックでうつ病に陥ってしまったけれど、抗がん剤が効いたらうつ病が治った、ということもあります。うつ病はストレスから起きる症状、病気ですから、がんの治療が一段落し、もとのストレスがなくなると、心のケアに必要な薬もいらなくなる、ということもあるのです。
いってほしくないことをあらかじめ医療者に伝えておく
- 正直に、わかりやすく、丁寧に伝える
- 患者の納得が得られるように説明をする
- はっきりと伝えるが「がん」という言葉を繰り返し用いない
- 言葉は注意深く選択し、適切に婉曲的な表現を用いる
- 質問を促し、その質問に答える
患者のストレスに関連する要因(乳がん患者100名に調査)
- 病名開示時、治療選択肢提示時の医師の良好な態度
- 精神症状既往歴
- ストレスになるイベント
患者の満足感に関連する要因(乳がん患者140名に調査)
- オープン・クエスチョンの使用
- クローズド・クエスチョンの使用
- 情報提供
- 指示
告知を受けるときも、メンタル・ケアができることはあります。
まず、「何をいわれるのかな、こわいな」と思ったら、受診の前にあらかじめ、看護師さんに「私はこういうことはいってほしくない」とか「これはぜひ聞きたい」といったことを伝えるのもよいかもしれません。
国立がん研究センターでは、看護師さんが医師との間を上手に仲立ちしてくれる場合も少なくありません。
また、患者さんに「次回は大切な検査の結果を伝えるので、ご家族と一緒に来てください」と、事前にある程度気持ちの準備をしていただくなどの配慮を行う医師も増えてきています。
国立がん研究センターでは数年前、患者さんのアンケートをもとに、「悪い知らせを伝える際のコミュニケーション・スキル」を作成し、医療者に向けて研修も行っています。「支持的な環境を設定する(Supportive Environment)」「悪い知らせを伝える(How to deliver the bad news)」「付加的な情報を話し合う(Additional information)」「安心感と情緒的サポートを提供する(Reassu-rance and Emotional support)」という4つの要素が抽出され、頭文字をとって「シェア(SHARE)」と呼んでいます。「プライバシーの保たれた場を設定する」「話をさえぎらない」など、患者さんが「がん」「再発」などの悪い知らせをできるだけ苦痛なく、必要なことを理解しながら受けられるよう、考案されたものです。
患者さんの知りたい度合いには個人差が大きく、「すべての医療情報を知り、自分で治療法を選択したい」という方もいれば、「何ができるかを教えてもらったら、あとは医師におまかせしたい」という方もいます。そうした希望を患者さんに確認したうえで、病気についての情報を提供するのです。
「シェア」自体はまだまだ広く知られていませんが、今年4月の診療報酬改訂では、がん告知の際、医師が患者に治療方針の説明を行うという行為に対し、医療機関に支払われる医療費として手当てがつくようになりました。医師が患者さんへのがん告知や、告知後の治療説明に時間を確保することは、必要な医療行為である、と国が明確化したということだと思います。
進行がん・再発がん
残された時間を大切に「有意義」に過ごす
がんの告知の中でも、早期がんなら、最初のショックは大きくても、患者さんが「頑張って治していこう」という方向に気持ちを立て直しやすい、ということは前にお話ししました。
よりデリケートなのが、進行がんや再発がんの告知を受ける場合です。
進行がんや再発がんの場合、患者さん自身が気持ちを立て直すのは大変なことです。何を支えに、気持ちを立て直せばいいのでしょうか。これも人それぞれで一概にはいえませんが、残された時間を大切に有意義に過ごそう、というところに到達される方が多いと思います。
「有意義」の内容は家族と過ごすことだったり、ずっと取り組んできた仕事を続けることだったり、さまざまです。ご自分が、大切にされていることにまい進される方が多いようです。
告知直後は混乱状態で、私たちの言葉もなかなか耳に入りません。それでも、多くの方は1週間ごとに変わっていかれます。すごいことだと思います。