「がんの倦怠感」座談会 「倦怠感」からの解放は、がんや治療に伴う症状であることを、知ることから始まります
がんのおかあさんのために子どもの心のケアもする

東口 中村先生、倦怠感の引き金となっている社会的・精神的原因を突き止めるため、先生のところ(聖路加国際病院)では、何か対応をされていますか。
中村 第1に、乳がん専門の認定看護師さんに、患者さんと医療者の間に入ってもらっています。第2に、リエゾン・ナースという精神看護専門ナースがいるので、患者さんのカウンセリングをしてもらっています。第3は患者さんによるサポート・チームをつくり、看護大学で講習会を受けていただき、週1回患者さんの相談に乗ってもらっています。第4は最近ですが、小児心理士の方にサポートに加わってもらいました。乳がんの場合、40代、50代で発症する方が多く、お子さんのことがストレスの原因になっている方もいます。
そこで、お子さんのケアをしながら、おかあさんのサポートも行うことにしたところ、これが比較的、功を奏しています。
ただ、病棟ではある程度できているけれども、外来ではまだまだです。病棟では月に1度、カンファレンス(会議)を開き、栄養士の方に食事面のサポートをしてもらったり、チャプレン(病院や施設などで働く牧師)に来ていただいたりしています。
でも今は、再発の患者さんたちも多くは外来治療で仕事をもち、家事もこなしながら通院されています。そこで、外来でも同様のカンファレンスを開く試みを昨年末に始めましたが時間が限られ、十分に対応できていません。とくに、「介入が必要」と感じる患者さんに対しては、不十分だと思います。
畠 私どものところは、まだまだですねえ。精神腫瘍科がようやくでき、痛みや不安の強い方はチームで見ることになりましたが、リエゾン・ナースも宗教者も栄養士さんも加わっていません。それでも医療スタッフにお願いしているのは、患者さんが前回来院したときより明るくなっているかどうか気をつけてほしい��いうことです。元気がなくなったり、眠れなくなったりしている場合は、精神腫瘍科にお願いしたり、専門ナースに話を聞いてもらったりしています。
また、治療を始めるときや治療が中止になるときなどは、17.9分ではなく、30~40分かけるようにしています。最近は、がんサバイバー(生存者)が自分の経験を話す機会が増えましたが、たとえば副作用を克服された方が副作用のことを話したり、アドバンス・イベント(より進んだ症状)を克服された方が、「こうしたら、だるさがとれた」と話してくれるような機会があると、患者さんも相談しやすいのではないでしょうか。
ちょっとしたことで「転がり落ちる」のをとめられる
東口 がんの倦怠感は局所に原因のあるもの、全身倦怠感という分け方もできるようです。局所に原因があるもの、たとえば骨格筋に細胞変異がある、などの場合、その原因を取り除いて局所の症状がよくなるとADL(日常生活動作)が上がり、倦怠感が薄れることもあると思うんです。中村先生、先ほど蘆野先生が倦怠感にステロイド剤を使うとお話されましたが、抗がん剤の毒性や代謝上の問題で倦怠感が増しているような場合、医師にできることはありますか?
中村 乳がんではかつてホルモン療法でMPA(一般名メドロキシプロゲステロン)という薬を使っていましたが、これはステロイド剤のような作用をもつホルモン剤で、上手に使うと食欲が出たり、生きる意欲がわいたりしました。
それから、全体の治療の中で大きな障害にならない場合、抗がん剤治療に、1~2週間の休みを入れることがあります。すると、あまり倦怠感を感じずに治療を続けていただけるように思います。
東口 抗がん剤の使い方ですね。畠先生はいかがですか?
畠 患者さんには「健康なときにやっていたことで、自分が気持ちいいと思うことは、抗がん剤の妨げにならなければ、やってください」といっています。
東口 蘆野先生はいかがですか。
蘆野 できるだけ居心地のいい場所にいることができるようにすることや、鍼灸などの提案、栄養不良にともなうアドバイスなどを行っています。作業療法士(医師の指示のもとに作業療法を行う者)の出番も、ますます出てくると思います。
ちょっとしたことでいいんです。それで、坂道を転がり落ちていたのをとめられることもあります。
その意味では、先のステロイド剤のほか、GFO療法(腸管免疫細胞の活性化を目的にグルタミン、食物繊維、オリゴ糖を投与)なども、悪くないと思いますね。
サイトカインの量と倦怠感は必ずしも相関していない
東口 終末期で、腫瘍から各種サイトカイン(生理活性物質)が血液や組織中へドッと分泌されている状況下でグルタミン(アミノ酸の一種)を投与したらどうか、といった研究もありました。
中村 神経刺激物質は、アメリカで2種類くらい臨床試験が行われていたと思いますが、効果判定がむずかしくてエビデンス(根拠)が出ないようですね。
東口 薬剤と食物の中間に位置するような物質にも、効果を期待できるものがあるようです。普通に食べているものや、体の中で作られたり、代謝されたりするものの中に、倦怠感を抑制する物質があります。それが欠乏すると筋の萎縮が起きるとか、神経物質の伝達に阻害が起きて機能障害を起こすとかね。
もし、そういうものを日本で使えるようになったら化学療法の前に投与することもありえますか。
中村 倦怠感に関しては、薬物療法はあとに行うものだと思うので前もって投与することはないと思います。貧血や脱水などの身体的なものを解決し、なおかつ精神的サポートをやり、それでもだめなら薬物という感じです。
畠 がん終末期の悪液質(栄養失調にともなう全身の衰弱状態)を改善する薬については、いくつか開発の相談を受けています。私自身、悪液質の原因を副甲状腺ホルモン関連タンパク(PTHrP)と考え、PTHrP抗体薬も投与してみましたが、カルシウムは正常化されるのに、どうもだるさがとれない。この場合に何をもとに評価するか、むずかしいですね。
東口 ぼくもサイトカインのネットワークを調べていますが、ラット(実験用ネズミ)だと悪液質と予後がきれいに相関するのに、人間の場合は全然相関しません。数値がものすごく高くても平気で過ごしておられたり、逆にほんの少しの量でもダメージを強く受けたり。つまり、悪液質が起きても人は何らかの代償作用によってそれを改善するのでしょうね。結局、予後と最も強い相関がえられたのが臨床症状でした。臨床症状が出ないようにすると、命も長らえることができる。
つまり、サイトカインという物質を何とかするより、むしろ倦怠感が起きないようにするだけで、死への道程は抑制できるんです。
蘆野 日本では問題視されているサリドマイドも、欧米では悪液質の改善に使われていますね。
東口 結局、薬剤的にはまだ開発中という感じですがマッサージで筋肉中の乳酸値を下げる、ビタミンの抗酸化作用でだるさをとるなど、物理的にも代謝学的にもできることは少なくないと思います。
何をやったらよくなったという経験を集め、解析する

「倦怠感」解決のために、6人の各界の第一人者たちが集い、話し合った
蘆野 今まで抗がん剤で倦怠感があった人が、何をやったらよくなったかという経験を集め、解析したらいいと思います。
東口 ぼくのところは、化学療法も行えなくなった患者さんがほとんどですが本当にがんで調子が悪い人は全体の20パーセントくらいだと思います。あとの80パーセントの方は、「がんがもとで種々の栄養障害に陥り、倦怠感をきたしている」という感じです。最初にそれをつかんでいれば、ひどくせずにすんだのに不眠になり、食欲不振になり、栄養障害をきたして味覚聴覚が落ち、筋力が落ち……というようにどんどん悪くなってしまう。早めに手を打つことが大事ですね。そのノウハウを何とか見つけたいと思うのですが、蘆野先生がおっしゃるようにアンケートをとるとか、このような機会を利用して名医や名スタッフのノウハウを引っ張り出すしかないと思って皆さんにしつこくお聞きしています(笑)。「この人は元気だ」と思う患者さんに、何かヒントを見つけられませんか?
中村 笑顔を絶やさないこと。また、絵を描くことや歌を歌うことなど外に向かって感情を表出できる人は元気だと思います。
畠 価値観がしっかりできている患者さんには、倦怠感が少ない気もします。がんになっても、生き方は変えない。だけど、今後は70パーセントくらいの力でやっていこう、とかね。
田中 気持ちが元気な人は「これがしたいので、治療計画をあわせてください」といえるようです。「(氷川)きよしのコンサートに行きたいから、よろしく」とかね(笑)。
東口 たしかにそうですね(笑)。キャンサーリボンズで倦怠感に関するアンケート調査を行う予定ですので、その結果をお待ちください。
岡山 このプロジェクトの中で患者さんのために具体的に使えることを行っていきたいと思います。ありがとうございました。