精神的苦痛に苛まれる患者さんとご家族へ がんに伴う不安や落ち込みへの対処法

監修とアドバイス:吉川栄省 静岡がんセンター精神腫瘍科医長
取材・文:池内加寿子
発行:2007年8月
更新:2013年8月

心の専門家の対処法は?
患者さんの気持ちを聴き、リラクセーションや薬など、その人に合わせて対処

写真:静岡がんセンター精神腫瘍科受付とロビーの風景
静岡がんセンター精神腫瘍科受付とロビーの風景

「落ち込みがひどいと感じたり、日常生活に影響がある状態が2週間以上続くようなときは、精神腫瘍科や心療内科、精神神経科など、心の問題の専門家を受診することをお勧めします(グラフ参照)。ご自身もしくはご家族が必要と思われたときにはいつでも、受診していただくとよいでしょう。精神腫瘍科でも患者さんそれぞれに合わせて、対応を考えさせていただきます」

静岡がんセンターの精神腫瘍科ではどんな治療が行われているのでしょうか。

「初診時には、患者さんがどんな状態なのか、現在の様子をお聴きします。ずっと誰にも話すことができず、1人で悩まれていたときなどは、それだけで気持ちにゆとりが出てくる患者さんもいます。また、臨床心理士と知恵を出し合いながら、その患者さんに合った方法で、不安や落ち込みを和らげていきます。たとえば、どうしようもなくつらい気持ちや考えから抜け出せなくなったときや、眠れなくなったときはお薬を使ったり、ときには人生を振り返ったり、ときにはリラクセーションをともに行ったり、気分転換の方法をともに模索したりしています」

患者さんが落ち着きを取り戻すまでのプロセスは、人それぞれだといいます。

「がんという病気だけでなく、仕事や家庭などその人の抱えているものや立場によって、立ち直るまでの時間や変化の仕方が違いますね。でも、必ずしもよくなると言う表現は適切ではないかもしれません。人生観や価値観が深く関連していることですから」

「グループ療法」も、効果があると聞きますが――。

「グループ療法は精神的苦痛の軽減に有効であるということが示されています。一時期、グループ療法によって、生存期間が延びるという研究がありましたが、その後の追試では、否定的な結果がでています。ですから、無理にグループ療法に参加しなくてもよいのではないかと思います」

患者会や「ウエルネス・コミュニティ」などの社会的サポート機関も増えてきました。

「患者会などのグループ療法としての効果についてはわかりません。人によって合う、合わないはありますが、病気のことを話せる仲間がほしい方がソーシャルサポートを得る1つの方法としては、よいのではないでしょうか」

薬物については、常習性を心配する人もあります。

「お薬が必要なときは、睡眠導入剤のほか、抗不安薬(精神安定剤)、抗うつ薬などを適宜用いています。抗不安薬などは、確かに依存などの問題は���りますが、比較的安全な薬ですし、適切に使えば気持ちを楽にすることができるので、専門医に相談されることをお勧めします。また抗うつ薬に抵抗感を持つ方もいらっしゃいますが、ゆっくり眠れるようになったり、落ち込みを軽くしたりするのに役に立ち、適切に使えば安全な薬です」

落ち込みを防ぎ、軽減するために自分でできる方法は?
気持ちをラクにする「5つの対策」でセルフケアを

毎日の暮らしのなかでできる落ち込み軽減法について、吉川さんは5つのポイントを挙げています。

対策1 正しい知識を持つ

治療についてよく知らなかったり、誤解していたりすることが、落ち込む要因になることがあるので、まず、正しい知識を得ることが大切です。情報開示が進み、インターネットなどで調べることもできますが、どれが正しいか、自分にとって何が必要かを見極める必要があります。

自分で調べても限界があるとき、それを補うのがドクターです。わからないことをきちんと聞きましょう。医療者は、質問されればなにかしらの反応はするはずです。しばしば「医師が忙しそうだから聞きたくても聞けない」と言われますが、「聞いてはいけないのではないか」「先生の前に行くと圧倒され、緊張して聞けない」ということもあるでしょう。でも、それではそこでコミュニケーションが終わってしまいますから、まず、聞こうという気持ちを持つことが大切です。その場で忘れないように、聞きたいことに優先順位をつけてメモして持っていくとよいでしょう。医師が忙しそうなら、そのうちの一部だけ聞き、後は次回にまわすこともできます。

対策2 体のつらさは我慢しない

強い痛みや吐き気など、体のつらさが続くと、気分が落ち込むことがあります。体のつらさをがまんしすぎず、主治医に相談して、できる限りつらさを軽減しましょう。

対策3 気分転換して悪循環をストップ

落ち込むと、いつまでも考え込んでしまうことがあります。これからのことを悪い方にばかり考えると落ち込む、落ち込むと今までにあったつらいことばかりを思い出して、いっそう落ち込み、また悪いほうに考え込む…といった悪循環に入り込んでしまうこともあります。考え込みすぎないように、好きなことや楽しいことを積極的に試みて、気分転換してみましょう。

また、病気によって行動範囲がせまくなると、頭で考えてばかりいることが多くなりがちです。体がつらいときや、医学的な理由で体を動かせなくなるときもあるでしょうが、もし可能ならば、散歩をするなど、軽く体を動かすことで、気持ちのつらさが軽くなることもあるかもしれません。歩けないときや動けないときでも、車いすを使ってみたり、テレビを見たりラジオを聴いたり、雑誌をめくったり、身体を拭いたり、パズルをしてみたり、と気持ちを変えていける方法を探してみましょう。

もう少し積極的に、リラックス法を試すのもお勧めです。呼吸を整えるだけで気分が変わることもあります。 いすに腰掛けて、お腹を膨らませるようにして、鼻から大きく息を吸って、ちょっとの間息を止めて、口からゆっくり吐く、といったことを数分間続けるといいでしょう。

知らず知らずのうちに、肩や首に力が入っている患者さんを見ることもあります。肩を耳につけるように上げた後、ストンと落としてしばらくそのままでいる、ということを何度か試すこともいいかもしれません。詳しいやり方は臨床心理士や精神科医など専門家に相談することもできます。

対策4 相談できる人を見つける

家族でも友人でも、信頼できる人に自分の気持ちを吐き出し、受け止めてもらうだけで、心が軽くなり、ラクになることもあります。また自分の考えや気持ちを整理できる場合もあります。もし誰にも相談できないなら、専門家に相談することをお勧めします。

対策5 今できることに集中する

今やるべきことは何なのか考え、ここでできることに集中するのもよいでしょう。あとの不安はひとまず棚上げにしておき、今やるべきことを終わらせてから悩むことにしよう、と。今できることに集中して取り組んでいると、混乱した考えや知識が整理されていきます。

たとえば、とりあえず部屋を片づけるとか、料理を作るなど、できそうなことをやってみます。部屋から青空を見上げるだけでも、自分がとらわれている考え方から心を離すことができて、元気が出てくることもあります。また、大きな問題は一度に解決しようとせずに、分割して考えることもよいかもしれません。

心の負担が少しでも軽くなるように、できることから試してみてはいかがでしょうか。

読者の声より
Q がんになると人の言葉で傷つきやすくなるのはなぜ?

A いろいろな理由が考えられますが、不安を感じていると、相手の言葉に敏感になるからかもしれません。

家族や友人、ドクターなどの何気ない言葉で傷つくなど、周りの人との関係のなかで落ち込むこともあるようです。友人に、「元気そうね、まだ大丈夫ね」と言われ、「まだ」という言葉に抵抗感を持った人、妻に「遺言状を書いておいてね」と言われて落ち込んだ人、「乳がんだったの、よく離婚されないね」との近所の人の言葉が忘れられないという人もいます。

「不安でいると、周りの人の言葉に敏感になりますし、温かい言葉を待ち望んでいることもありますよね。それだけに、何気ない言葉に傷つきやすくなっているのでしょう。また、落ち込んでいるときは、人間関係そのものが煩わしく感じられ、聞きたいことを聞けなくなり、周りの人や医師との関係が悪くなって、それがまた気持ちの落ち込みにつながるという悪い連鎖になることもあります。現実に比べて著しく偏った考え方になり、白黒をつけるように、AがダメならBしかないと思ってしまったり、自分の心のなかの世界で、現実以上に悪いほうに取ってしまったりして、傷つきやすくなることもあるかもしれません」(吉川さん)

周囲の方も、がんという病気についての理解を深め、自分がそう言われたら、そうされたらどう感じるか、当事者の気持ちを想像することも必要なのではないでしょうか。

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