がんによる急変には、患者は何を心得ておくべきなのか オンコロジック・エマージェンシー対策

監修●清水若子 国保直営総合病院君津中央病院放射線治療科部長
取材・文●伊波達也
発行:2017年12月
更新:2020年3月


オンコロジック・エマージェンシーの3症例

清水さんは、2017年6月に開催された第22回日本緩和医療学会学術大会で「オンコロジック・エマージェンシー:予測可能性と患者の心理状態の推移」という講演をおこなった。そこで清水さんは、実際に経験した数多くのオンコロジック・エマージェンシーの症例のうちの3例について言及した。

1例目は、骨転移で発見された進行乳がんの30代女性だ。化学療法中に左視力障害を発症し、放射線治療により症状が改善したということだったが、これは広がりのあるびまん性骨転移だったため、的確な予測が困難だった例だ。

「この女性はあるとき、視力障害を訴えたので調べてみると視神経とを圧迫するところの骨にがんが転移していました。こういうケースはまれなので、患者さんが症状を訴えてこないと予測不可能です。しかし、どんなことが起こっても不思議ではないということは常に考慮し、早急に診断して対応を考えることが大切です」

画像:乳がん・頭蓋骨の小さな転移による視神経の圧迫
視力障害を来たしたが、放射線治療により改善

2例目は、中咽頭がんの縦膈(じゅうかく)リンパ節転移の60代男性だった。化学療法を拒否したため無治療で経過し、気道狭窄と摂食不能に至った。気道確保のための放射線治療を実施して改善。嗄れ声(しゃがれごえ)などの他の症状もやや改善した。

「この方は、危機的状況が予測される病変があるのに無治療で療養し続けていましたので、その間の精神的負担が大きかったという例です」

画像:中咽頭がん・縦隔リンパ節転移(赤矢印の間のところ)

3例目は、頸部痛で発見された危機的状況の胆管がんの頸椎転移の70代男性。放射線治療とコルセット装着により症状が改善し危機的状況は回避したが、照射終了後、現実的症状認識が少し難しくなった。

「この方もかなり危機的状況でしたが、治療により症状が改善しました。しかし、この方は危機的状態を回避したことで、この先にもっと元気になれるだろうと思い込んでしまいました」

画像:胆管がん・頚椎転移 第1頚椎に腫瘍形成する転移(矢印のところ)

���分の状況を知っておくことが必要

オンコロジック・エマージェンシーについては、可能であればそれが原因で亡くなることや麻痺などの重篤な症状が残ることを極力未然に防ぎ、救済して少しでも症状を緩和することが医療としての大前提だ。

しかし、救命できたり症状を緩和できたときに、患者が、自身の現実の病状に対する認識が薄くなり、良好な状況がずっと続くと思ってしまうことは問題だと清水さんは指摘する。

「オンコロジック・エマージェンシーでは、私は治療がうまくいくたびに、『今回はうまくいきましたね』と説明します。決してその先のハッピーストーリーはお伝えしていないのです。しかし、それはなかなか患者さんやご家族には響かないのです。緊急症から救われたばかりに、最後まで治療を諦め切れずに幸せな最期の時間を逃してしまうことも多々あります」

オンコロジック・エマージェンシーに対応する中では、「たとえうまくいっても、悪い状況を先延ばしにしているだけかもしれないこと」を理解しておくことが大切だという。

「治療に耐えられる状態であれば、その都度、症状の改善を目指しますが、残念ながらほとんどの場合、病状はどんどん進んでいきます。ある時点で、きちんと現実を見つめたほうが、幸せな最期を迎えられることになると思います。もちろん死と向き合うことはつらいことであり、現実と向き合いたくないというのは無理もないことです。しかし、患者さんとご家族は向き合わなくてはならないのです」

オンコロジック・エマージェンシーが起こる時点で、ごく例外的なケースは別にして、ほとんどの場合、生命予後がそれほど長くないということを認識しなくてはならないのだ。

「5年生存率が80%を超えるような根治性の高い状況の方は別として、難治(なんち)がん・進行がんの場合、がんは早いうちからきっちりと向き合えれば、ある意味で、『やさしい』病気だと思っています。死を見つめなくてはならないつらさはもちろんありますが、周りにとってもご本人にとっても残された時間があります。

〝人はいつか死ぬ〟という原理原則を受け入れていただけたとき、自分にとって本当に大切なものも見えてくるでしょうし、いわゆる『意思決定』も妥当なものになっていくことが多いと思います。そうして見えてきた『大切なもの』のために残りの時間を少しでも有意義に過ごしていただきたいです。生きる主体はあくまでも患者さんとご家族ですが、その人生を少しでもよりよいものにするために私共の緩和ケアの活動があると考えて、努力しています」

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